12 / 18

2-4

 鳥の魔物は全く怯む様子がなかった。  体勢を立て直し、僕の心臓を狙うかのように一直線に飛んでくる。  寸前のところで避け、僕は鳥の魔物に火球をぶつけた。威嚇とは比べものにならない威力のものだ。 「――っ!」  しかし、鳥の魔物は火球を潜り抜けてきた。  僕のほうにまっすぐに飛んでくる。接近戦は苦手というか、やったことがない。 「ジェリー!」  後ろから名前を呼ばれた。瞬間、キリアンさんが僕のほうに飛んでくる。  彼はその剣先で鳥の魔物の核となる部分を貫こうとする。もちろん魔物だってバカではないので、身を引いて剣を避けた。 「キリアンさん!」  彼の左肩には深い傷があるみたいだった。衣服にべっとりとおびただしい量の血がにじんでいる。  深い傷を負った状態で動くのは絶対にダメだ。 「キリアンさん! 休んでてください。この魔物は僕が――」  せめて、一体くらいは倒さなくちゃ――!  僕の気持ちなど知りもしないキリアンさんは、「うるさい!」と叫ぶ。  反射的に身を縮めた。 「これは俺が自己満足でやっていることだ。お前のためじゃない!」  きっと、彼の心の底からの叫び。ただ、僕には彼の悲鳴に聞こえてしまう。 (苦しいって、言ってるみたい)  意識がキリアンさんのほうに向きかけて、僕は首を横に振る。今はこの状況をなんとかするほうが先決だ。  なにかヒントはないか。僕は周囲を冷静に観察する。 (全部がおかしい。大体ここら辺はまだ安全地帯。……魔物が現れること自体がまれだし、こんなに強い存在なんていないはず)  これが魔物が活性化しているということなのだろうか?  ううん、今はこんなことを考えている場合じゃない。 (あんまり、やっちゃダメだけど……)  師匠はいつも僕にくぎを刺していた。 『キミが本気を出すと、大変なことになるだろう。私からの忠告だ。キミは決して人前で全力を出してはならない』  師匠の言いつけは僕にとって絶対だ。でも、この場合では仕方がないだろう。  僕が周囲に漂う魔力の量を増やそうとしたとき、不意に気が付いた。 (魔物の核が、光ってる――?)  魔物の核とは、いわば人間の心臓。あれがあるからこそ、魔物は動き考えることが出来る。  核が光条件はいくつかあると言われている。そして、もっとも多いとされている理由が――強化魔法がかかっているということ。 「キリアンさん! 伏せてください!」  大きな声で叫ぶと、キリアンさんが驚いたように僕を見て、すぐに伏せた。 「――状態解除――」  小さくつぶやき、光の玉を魔物に飛ばす。  身をひるがえし、四足歩行の魔物にも同じものをかけた。 「キリアンさん! エカードさん! 今なら、攻撃が効くはずです!」  腹の底からの大きな声で叫んだ。二人は僕に視線を一瞬だけ向ける。  信じたのかはわからない。物は試しとばかりだったのかもしれない。  二人は魔物に切りかかる。魔物たちは先ほどまでの素早い動きが嘘だったかのように、鈍い動きで逃げ出そうとした。 「――はっ!」  だからって、逃げることが出来るわけがない。  二人は勇者と剣士に選ばれているほどの確かな実力者だ。 「――強化」  遠くから二人に強化魔法をかけ、魔物を倒す後押しをする。 (一体、二体。あと、三体!)  次から次へと剣を突き立てられていく魔物たち。残った核に手早く魔法をかけた。もちろん、今後復活することが出来ないように。 (幸いにも、僕には多少の聖なる力がある)  本当に微々たるもので、弱っている魔物にしか効果はないけど。  声をかけようとキリアンさんのほうを見て、僕は気が付いた。彼の左肩から出ている血が、増えていることに。 (あのままだったら!)  ――助からない。  嫌な予感が脳内をかすめ、僕はキリアンさんを止めるために声をかけようとして。  彼の目が血走っているのに気が付いてしまった。僕の喉がごくりと鳴って、なにも言えなくなる。 (まるで、憎しみがこもっているみたいっだ)  心の底からのあふれんばかりの憎しみを、魔物にぶつけているかのようだった。  僕みたいな存在に止めることは許されない。  そう錯覚してしまいそうなほどの迫力。魔物も怯み、キリアンさんを怖がっている。 「おい、キリアン!」  エカードさんもキリアンさんのただならぬ様子に気が付いたらしい。声をかけた。 (ダメ、ダメだって!)  キリアンさんは止まることなく、魔物たちを消滅に追い込んでいく。  痛みも辛さもちっとも感じていない。鮮やかな動きに僕は見惚れてしまう。  不謹慎なのはわかっていた。
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!