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(っと、キリアンさんは怪我人なんだ!)
あんな無茶を許すわけにはいかない。
僕は首を横に振る。僕とエカードさんの気持ちも知らないキリアンさんは、魔物を倒していく。
彼の存在はこの場でもっとも異質で、常軌を逸していると感じてしまう。
魔物は弱い。強いのは強化魔法があるからではないか――。
歪んだ認識を持ってしまいそうなほどに一方的だった。
「キリアン! 無茶をするな!」
エカードさんが叫ぶ。キリアンさんは彼のほうを一瞥し、すぐに魔物に向き直った。
魔物が怯んだように一瞬動きを止め――僕のほうに飛び掛かってくる。
(魔物には子供程度の知能しかない。だから、弱く見えるほうに来る)
僕は素早く火球を作ろうとするのに。キリアンさんのほうが早かった。
彼はほぼ真上から垂直に魔物を切ってしまう。魔物の核も粉々となり、復活することも出来そうにない。
「――これで全部だな」
キリアンさんが魔物の血に濡れた剣をしまい込む。自身の身体を見下ろし、浴びた返り血を拭う。
魔物の真っ黒な血を浴びたキリアンさんには恐怖を抱いてしまうような迫力がある。強面が三割増しだ。
(わぁ、強いなぁ……)
僕は素直に感心してしまうけど、エカードさんの「キリアン!」という大きな声に現実に戻ってくる。
彼は大股でキリアンさんのほうに近づき、彼の右肩に触った。
「お前、これはさすがにないだろ!」
顔を近づけ、エカードさんが叫ぶ。キリアンさんはなにも言わない。
彼の表情から推測するに、彼は自分がどうして怒られているのかがわかっていない。
「なにがだ。一体残らず倒してしまっただろ。感心されることはあれど、怒られることはない」
「――キリアン!」
今にも突っかかっていきそうなエカードさんを見て、僕は慌てて二人の間に割り込んだ。
邪険な空気は、やっぱり嫌いだ。
「え、エカードさん。落ち着いて――!」
「これが落ち着いていられるかっての! こいつ!」
キリアンさんを睨みつけ、言葉を吐くエカードさん。
彼は頭に血が上っている。しばらく離れてもらい、一度冷静になってもらったほうがいいかもしれない。
「僕、治癒魔法も使えます。治療します」
「必要ない」
僕の言葉をキリアンさんが突っぱねる。でも、僕にも譲ってはならないと思うことがある。
「エカードさん。新鮮なお水を持ってきてくれませんか?」
「……あぁ、わかったよ」
エカードさんにお願いをすると、彼は僕の言葉の意図を理解したようだった。少し戻った場所にある川へと足を向ける。
五分か十分くらい、彼は戻ってこないはず。
「キリアンさん、あそこに行きましょう」
僕はキリアンさんの背中側に回って、大きな背中を押す。――びくともしない。
考えてみるとそりゃそうだ。僕は非力だ。比べ、キリアンさんは体格もがっしりとしていて、大きい。彼が踏ん張ってしまうと、僕に勝ち目などない。
「お前らはなにをそんなに焦っている。大体、これくらい放っておいても大丈夫だ」
彼は当然だとばかりに言葉を口にした。
なんか、エカードさんが怒った理由がわかったような気がした。
(キリアンさんは、自分を大切にしない人だ)
そんな人が一定数いるのはわかっている。僕だって片脚を突っ込んでいるようなものだと理解もしている。
ただし、彼ほどじゃない。
「キリアンさん」
真面目に彼に声をかけた。キリアンさんが鬱陶しそうに僕を見た。そして、目を大きく見開く。
「あんまり僕だって強くは言いたくない。けど、治療はしなくちゃダメです」
人の目を見るのは怖いけど、今、彼の目を見ないと説得力が薄れてしまう。
「――お前はっ!」
「キリアンさんがなにを考えているのか、それは僕にはわかりません」
彼の態度や言動からするに、彼は自分の身が滅んでも構わないと思っている。いつ死んでも構わないと考えている。
「だって、僕とキリアンさんは別の人間だから。あなたの考えなんて理解できない」
「だったら、口を出すな」
「じゃあ、逆も同じですよね。あなたも僕の考えを理解できない」
僕もキリアンさんも。互いの考えを理解することは出来ない。だから、否定することも出来ない。このままいっても平行線のままだということもわかるだろう。
「僕たちは大人です。子供じゃない。どこかで譲り合わないとダメです」
キリアンさんの黒色の目を見つめ、続けた。彼が息を呑む。
これ以上は言わないという選択肢もあった。ただ、僕はそれを拒んだ。このまま言葉を続けることにした。
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