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「キリアンさんが痛みに強いのは、よくわかりました。そのうえで、僕は治療します」
彼はどれだけ動こうとも、悲鳴一つ上げなかった。
痛みに強いのか。はたまた――自分が傷ついて当然の人間だと思っているか。
(多分、後者だろうな。今指摘することは出来ないけど)
だって、僕たちの間にそれを言うことが出来る信頼関係はない。今のところは前者ということにしておいたほうがいいような気した。
「意地になっていても、いいことなんてありません。特に痛みなんて我慢するようなものじゃない」
彼の左肩に視線を向け、僕は言う。
キリアンさんはなにも返してこなかった。
「痛みなんて、ないほうがいいに決まっているんです」
もう一度彼の背中を押した。すると、少しだけ彼が動く。
「身体も心も。痛いと無駄な消耗をしてしまいます。ないほうがいいんですよ」
キリアンさんを先ほど示した木陰に押していく。いや、連れて行くんじゃない。押していくんだ。
僕に彼を連れていけるような力はない。
「どうぞ、座ってください」
「……あぁ」
彼が僕の言葉に渋々という風に木陰に腰を下ろす。治療できるのならば、渋々でもいい。
(治療を受けてもらうほうが大切だしね)
僕は彼の左腕を衣服から抜きにかかる。彼の腕に触ったとき、彼が眉間にしわを寄せた。やっぱり、痛いんだ。
「治癒魔法をかけますね。傷口を引っ付けます」
「あぁ」
上着とシャツから腕を引き抜かせ、僕は傷口の上に温かい光を放つ。
傷口を引っ付けるのに必要なのは、治癒魔法の技術。そしてある程度の医療知識。
『いいかい、ジェリー。なんでも勉強をして吸収しておくに越したことはないんだ。というわけで、今日は医学を学ぼう』
師匠は口うるさいほど僕に勉学に励むようにと言っていた。
『治癒魔法を使いこなすためには、医学の知識があったほうがいい。治癒自体も早くにできるし、なによりも消耗する魔力が少なくて済むんだ』
師匠はいつだって正しい人だった。
だって、その証拠に師匠が僕に与えた知識が現在、役に立っている。
(あと少し……かな)
目を瞑って、再度意識を集中させた。少し息を吐いて、呼吸や気持ちを整える。
治癒魔法でもっともやってはいけないことは、術者が焦ること。焦るだけでなにもかもがロスになる。
ゆっくりと瞼を上げると、キリアンさんの傷口はきれいにふさがっているようだった。
「痛みとかありますか?」
さすがにべっとりとついた血は消えないので、エカードさんに持ってきてもらうお水で洗おう。
僕がこの後どうするべきかを思案していると、キリアンさんが左肩を動かす。
「痛みは、ないな」
彼がぽつりとつぶやいた。
「そうですか! よかったです!」
心の底から安堵したためなのか、僕の口から大きな声が零れた。
笑っていると、キリアンさんが僕のことをぼうっと見ていることに気が付いた。
――あ、見るに堪えない笑みだったのかも。
「そ、その。はしゃいでしまってすみません。顔を、あんまり見ないでください――!」
謝罪をして、必死に身を縮めた。恥ずかしくてたまらなくなって、顔を手で覆う。
「なぁ」
キリアンさんが声をかけてくる。僕は彼を見る勇気が出ない。
だって、どういう顔をして彼と視線を合わせればいいのだろうか。
「手をどけろ」
しびれを切らしたのか、彼が高圧的な口調で命じてくる。
首を横に振る。無理、無理、無理――!
「どけろって、言ってるだろ」
再度キリアンさんが言うと、今度は強引に僕の手をつかんだ。口調とは裏腹に、僕の手をつかむ彼の力は弱くて優しいものだ。
心臓が跳ねたような気がした。
彼のもう片方の手が僕の前髪に触れ、掻き上げる。視界を狭くするものがなくなり、心もとなくなる。
「き、キリアン、さん――!」
精悍でカッコいい彼の顔。見ていると恥ずかしくてたまらなくなる。僕みたいな日陰の人間には眩しすぎる!
「お前、本当にきれいな顔をしているな」
「え、へっ!?」
この人はいきなりなにを言っているんだ!
「きれい系かと思ったが、案外可愛いな」
「か、かわ、可愛い!?」
意味がわからない。この人、血を流しすぎて頭がおかしくなったの!?
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