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「冗談は、やめてください……」  冗談だってわかっているはずなのに、僕の頬には熱が溜まっていく。  この間。可愛いとかきれいとか言われたときは、なんとも思わなかったのに。 「冗談じゃないぞ。――心の底から、本気で思っている」  キリアンさんが僕の頬を優しく撫でながら言う。  頬をするりと撫でられてしまうと、変な気分になってしまいそうだ。  さらに彼の指が僕のかさついた唇を触った。親指で撫でられてしまうと、いたたまれなくてたまらなくなる。 「キリアンさん――」  身を引こうとするのに引けなかった。  まるで磁力かなにかでき引き寄せられているかのように、彼から距離を取ることが出来ない。  彼をじっと見つめて、ごくりと息を呑んでしまう。 「いい加減呼び捨てにしろ。――ジェリー」  彼が僕の名前を呼ぶ。どこか甘ったるい空気になって、僕の鼓動が早足になる。  え。ど、どう、なっているんだろうか? (なんでこんなおかしな空気になってるの――!?)  僕はキリアンさんの治療をしただけだ。それ以外はなにも、していない。あ、もしかして。 (これは僕が怒ったことに対する仕返しでは?)  そうだ。そうに決まっている!  僕が柄にもなく強い口調で彼を怒ったから。彼はそれが気に食わなかったんだろう。  彼の命がかかっていたんだから仕方がないと思うのは、僕だけなのか。 「き、キリアンさん」 「さんはいらない」  繰り返されて、僕は息を呑む。  キリアンさんの黒色の目が僕を見つめて、射貫いてくる。心臓がバクバクと大きく音を鳴らす。  もう、どうすればいいかわからないよ――。 「それともなんだ。俺の言うことが聞けないのか?」 「ひっ」  滅相もございません!  首を横にぶんぶんと振る。すると彼は僕の唇を撫で「キリアン」と自身の名前を口にした。  これは繰り返せということんだろう。 「き、りあん」  彼の名前をゆっくりと口にしてみた。彼は満足そうにうなずく。  唇を緩めた表情はどこか艶めかしくて、僕の鼓動は加速するばかり。 「これからはそうやって呼べ。いつまでも他人行儀にするな」 「あ、はい……」  ようやくキリアンが僕の唇から指を離した。  なのにどうしてか僕はそれがさみしくて、視線が自然と彼の指を追っていた。  彼は僕の視線に気が付いたのか、息をふぅっと吐く。 「なんだ」 「い、いえ」  先ほどよりも優しいキリアンの声。慌てて首を横に振った。  もう、首がちぎれてしまいそうなほどの勢いだ。 「あのな、俺はいつ死んでもいい存在なんだ」  しばらくして彼がしみじみと言う。 「だから、この役割だって引き受けた。死に場所を求めている」  さも当然のように言うから、僕はなにも返せない。  薄々感じていたことは真実だったらしい。 「まさか、怒られるとはな。しかも、お前みたいな気の弱いちっこいやつに」 「う……」  気が弱いのもちっこいのも真実だけど。人から言われると、なんか無性に腹が立つ。 「でも、案外心配されるのも悪くはない。お前の表情がころころと動くのも見ていて面白い」 「お、面白いって」  それはいわば、珍獣扱いじゃないか。不本意すぎる。 「可愛いその顔が、俺の言動や行動一つで目まぐるしく動くんだ。面白いとしか言えないだろ」  彼の手が僕の手首をつかみ、自身のほうに引き寄せた。気が付いたら、僕はキリアンの胸にダイブしていた。  たくましい腕が僕の背中に回され、抱きしめられているような体勢になる。 「――お前は、俺のことが心配か?」  問いかけられて、困って、うなずいた。  心配なのは間違いないから。 「そうか。じゃあ、もっと心配してくれ」 「え、えっと」 「俺の手綱はお前が握れ。ジェリー。お前の言うことなら、俺は聞いてやるよ」  えっと、えぇっと。意味が、よく、わからないのですが。 「きり、あん?」 「――俺に命じればいい。自分のために生きろって」  彼の両手が僕の両頬を挟み込む。  絡み合う視線はねっとりとしているように感じた。 「な、ジェリー」  吐息さえも当たるような距離に、キリアンがいる。  黒曜石のような目には、ぼくの戸惑う顔だけが映っていた。

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