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 宿の人に簡易の寝台をお部屋に運んでもらった。  元々一人用のお部屋は、寝台が二つあるだけで手狭となる。僕は静かになったお部屋で、簡易の寝台に腰掛けて息を吐いた。 「ごめんね、キリアン」  謝罪の言葉を口にすると、キリアンが僕のほうを見る。  彼の目はどうして僕が謝っているのかわからないと言いたげだ。 「その、うん。僕に気を遣ったんだよね。だから、相部屋なんて……」  キリアンはエカードさんと相部屋なんて絶対に嫌だと言っていた。  僕もエカードさんと相部屋はちょっと気まずいなぁって思っていた。  だから、キリアンは妥協案を提示してくれたんだ。  感謝してもしきれない。 「別に気を遣ったわけじゃない。妥協案っていうのは真実だが」  キリアンが移動して僕の隣に腰を下ろす。腰を下ろした衝撃で、僕の身体が一瞬だけ宙に浮いたような感覚に襲われた。 「エカードさんがね、キリアンはこういうとき真っ先に一人部屋を選ぶ人だって、言ってたんだ」  僕がエカードさんの言葉を口にすると、キリアンは顔をしかめた。もしかしたら、余計なことを言ってしまったのかもしれない。  微かな心配を抱く僕をよそに、キリアンは「そうだな」と僕の言葉を肯定する。 「確かに俺はそういうやつだよ。今だって、そうだ」 「けど、キリアンは」 「ジェリーとだから、相部屋でもいいって思っただけだ」  僕の言葉を無視したキリアンが、はっきりと言う。驚いて目を見開いた。  キリアンを見つめると、彼は口元をふっと緩めている。やっぱり、とっても色っぽい。 「ほかのやつとだったら、相部屋なんて死んでもごめんだ。ジェリーは俺にとって特別だ」 「特別?」 「だって、俺の保護者だろ?」  ――保護者になると了承した覚えは、ないんだけど。  心の中で付け足しつつも、言葉にする勇気は僕にはなくて。僕はあいまいに笑うことしか出来なかった。 「俺は、これをお前に尋ねるべきか悩んでいるんだ」  不意にキリアンが真剣な面持ちになって、話題を切り替えた。  僕は俯いた。 「お前は迷子のガキの母親を見たとき、逃げたな」 「そ、れは」 「知り合いだったのか?」  僕を一瞥したキリアンが問いかけてくる。  ――答えたくない。  この答えは許されるのだろうか。 「キリアン、あのね」 「答えたくない。そう言いたいのなら、別に俺は構わない」  僕の言葉を遮って、キリアンは告げる。  彼の腕が僕の腰に回った。強い力で引き寄せられ、胸がドキドキとしてしまう。 「ただ、俺は好奇心から聞いているわけじゃない。――心配だから、聞いているんだ」  自身の胸に僕の顔を押し付けて、キリアンは言葉を付け足す。  心配、だから。 「お前は俺を心配した。それと同じくらい、いいや、それ以上に俺はジェリーが心配なんだ」 「キリアン」 「お前の不安を俺は取り除きたいと思っている。――だから、教えてくれ」  まるで縋るみたいな言葉。僕の心臓がぎゅうっとつかまれたみたいに、苦しくなる。  懇願されても、僕には過去を口にする勇気が出ない。 「ジェリー」  頭上からキリアンの声が降ってくる。顔を上げることが出来ない僕の身体を、キリアンはただ抱きしめた。  彼の力は僕を逃がさないと伝えているようだった。ぎゅっと抱きしめられてしまうと、決意が壊れてしまいそうだ。 「き、りあん」 「残念なことに、俺は物わかりが悪くてな。思い込んだら、一直線なんだ」  それくらいは、理解しているつもりだ。  この短い付き合いで、僕はキリアンの本質を知ってしまった。 「な、ジェリー」  キリアンの手が僕の腰を撫でる。  ――っていうか、これは、その。なんだか、危ない雰囲気ではないだろうか? (ただでさえ、キリアンは色気がすごいのに)  僕みたいになよなよとしていない。それだけじゃなくて、顔立ちも整っていて、精悍で。身体もすっごくたくましい。  男の僕でもドキドキとしてしまう。心臓が爆発しそうだった。 「そのね、キリアン」 「――あぁ」 「少し、近すぎるんだけど……」  とにかくまずは逃げようと思って。僕はキリアンに自分の気持ちを伝える。  けど、キリアンは僕のことを放してはくれない。それどころか、僕の後頭部に手を回した。 「俺のことは、信頼できないか?」  そして、キリアンは僕に優しい声で尋ねた。

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