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3-12
宿の人に簡易の寝台をお部屋に運んでもらった。
元々一人用のお部屋は、寝台が二つあるだけで手狭となる。僕は静かになったお部屋で、簡易の寝台に腰掛けて息を吐いた。
「ごめんね、キリアン」
謝罪の言葉を口にすると、キリアンが僕のほうを見る。
彼の目はどうして僕が謝っているのかわからないと言いたげだ。
「その、うん。僕に気を遣ったんだよね。だから、相部屋なんて……」
キリアンはエカードさんと相部屋なんて絶対に嫌だと言っていた。
僕もエカードさんと相部屋はちょっと気まずいなぁって思っていた。
だから、キリアンは妥協案を提示してくれたんだ。
感謝してもしきれない。
「別に気を遣ったわけじゃない。妥協案っていうのは真実だが」
キリアンが移動して僕の隣に腰を下ろす。腰を下ろした衝撃で、僕の身体が一瞬だけ宙に浮いたような感覚に襲われた。
「エカードさんがね、キリアンはこういうとき真っ先に一人部屋を選ぶ人だって、言ってたんだ」
僕がエカードさんの言葉を口にすると、キリアンは顔をしかめた。もしかしたら、余計なことを言ってしまったのかもしれない。
微かな心配を抱く僕をよそに、キリアンは「そうだな」と僕の言葉を肯定する。
「確かに俺はそういうやつだよ。今だって、そうだ」
「けど、キリアンは」
「ジェリーとだから、相部屋でもいいって思っただけだ」
僕の言葉を無視したキリアンが、はっきりと言う。驚いて目を見開いた。
キリアンを見つめると、彼は口元をふっと緩めている。やっぱり、とっても色っぽい。
「ほかのやつとだったら、相部屋なんて死んでもごめんだ。ジェリーは俺にとって特別だ」
「特別?」
「だって、俺の保護者だろ?」
――保護者になると了承した覚えは、ないんだけど。
心の中で付け足しつつも、言葉にする勇気は僕にはなくて。僕はあいまいに笑うことしか出来なかった。
「俺は、これをお前に尋ねるべきか悩んでいるんだ」
不意にキリアンが真剣な面持ちになって、話題を切り替えた。
僕は俯いた。
「お前は迷子のガキの母親を見たとき、逃げたな」
「そ、れは」
「知り合いだったのか?」
僕を一瞥したキリアンが問いかけてくる。
――答えたくない。
この答えは許されるのだろうか。
「キリアン、あのね」
「答えたくない。そう言いたいのなら、別に俺は構わない」
僕の言葉を遮って、キリアンは告げる。
彼の腕が僕の腰に回った。強い力で引き寄せられ、胸がドキドキとしてしまう。
「ただ、俺は好奇心から聞いているわけじゃない。――心配だから、聞いているんだ」
自身の胸に僕の顔を押し付けて、キリアンは言葉を付け足す。
心配、だから。
「お前は俺を心配した。それと同じくらい、いいや、それ以上に俺はジェリーが心配なんだ」
「キリアン」
「お前の不安を俺は取り除きたいと思っている。――だから、教えてくれ」
まるで縋るみたいな言葉。僕の心臓がぎゅうっとつかまれたみたいに、苦しくなる。
懇願されても、僕には過去を口にする勇気が出ない。
「ジェリー」
頭上からキリアンの声が降ってくる。顔を上げることが出来ない僕の身体を、キリアンはただ抱きしめた。
彼の力は僕を逃がさないと伝えているようだった。ぎゅっと抱きしめられてしまうと、決意が壊れてしまいそうだ。
「き、りあん」
「残念なことに、俺は物わかりが悪くてな。思い込んだら、一直線なんだ」
それくらいは、理解しているつもりだ。
この短い付き合いで、僕はキリアンの本質を知ってしまった。
「な、ジェリー」
キリアンの手が僕の腰を撫でる。
――っていうか、これは、その。なんだか、危ない雰囲気ではないだろうか?
(ただでさえ、キリアンは色気がすごいのに)
僕みたいになよなよとしていない。それだけじゃなくて、顔立ちも整っていて、精悍で。身体もすっごくたくましい。
男の僕でもドキドキとしてしまう。心臓が爆発しそうだった。
「そのね、キリアン」
「――あぁ」
「少し、近すぎるんだけど……」
とにかくまずは逃げようと思って。僕はキリアンに自分の気持ちを伝える。
けど、キリアンは僕のことを放してはくれない。それどころか、僕の後頭部に手を回した。
「俺のことは、信頼できないか?」
そして、キリアンは僕に優しい声で尋ねた。
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