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 僕はなにを言えばいいかわからなくて、ぺこりと頭を下げた。彼は「ふぅむ」と声をあげ、僕に向かって手招きをする。 「おいで。少し話をしよう」  彼の誘いに乗ってもいいものだろうか?  困ったけど、彼の態度から悪意は感じない。僕は彼のほうに足を運んで、言われるがままに彼の隣に腰掛けた。 「今更だが、自己紹介をしよう。私はトリスタンだ」  胸に手をあてて、彼――トリスタンさんは微笑んだ。  魔性の笑みといっても過言じゃなさそうな美しい表情。僕は困ってしまう。 (僕はどんな表情をするのが正解なんだろう)  少し迷って、僕は引きつったような笑みを浮かべた。これが今の僕の精いっぱいだ。 「ジェリーです。ジェリー・デルリーン」  一応家名も名乗っておく。まぁ、僕はあの家とはもう無関係に等しいんだけど。 「そうか、ジェリー。キミは本当に異質な存在だな」  トリスタンさんが僕に顔をぐっと近づけて、ささやいた。  互いの吐息が当たりそうなほどに近い距離にある、端正な顔。キリアンとはまた違う美形だからか、免疫がない。 「この世に存在する数多の生物。そのどれもに当てはまらない」  僕の手をトリスタンさんの手がつかんだ。強い力で握られるけど、不思議と痛みは感じなかった。僕はぽかんとトリスタンさんの顔を見上げる。彼はふっと口元を緩めている。 「キミを表す言葉はこの世にないんだろう。そして、キミこそが平和の架け橋になる可能性を秘めている」  意味がわからないどころの話じゃない。  彼の言葉の一つ一つに意味があるのか、疑わしいレベルだ。 (僕を表す言葉がない? 平和の架け橋? 僕はそんな存在じゃないよ)  どこにでも転がっている平凡な魔法使い。それが僕なのに――。 「私はキミが欲しい。この手の中に収めたい」  トリスタンさんの長くてきれいな指が僕の手の甲を撫でた。彼の指が撫でた場所からじぃんと甘い熱が広がっていくような感覚に襲われる。僕の心臓がどんどん早足になる。 「トリスタンさん、あの」  ちょっと待ってほしい――と伝える間もなく。  トリスタンさんが僕の目を覗き込んだ。すると、身体が動かなくなる。 (なにこれ、縫い付けられたみたい……)  指一本動かすことができなかった。 「キミを守りたいんだ。どうか私を信じてくれないか?」  鋭いのに甘いささやきだった。僕の心に突き刺した刃から、甘い毒がしみ込んでくるような感覚。  彼の言葉に逆らうことができない。ごくりと息を呑んだ。僕は、僕は――。 「ぼ、くは――」  口を開こうとしたとき、バシッと渇いた音が響いた。  一瞬で僕の意識が現実に戻ってくる。目を数回瞬かせると、僕の意識は完全に覚醒した。 (さっきまで、まるで毒に侵されていたみたいだった)  この人の言う通りにしなくちゃ――って気持ちだった。まるで洗脳だったのかも。 「おや、随分と早い到着だ」 「おかげさまでな。随分と質の悪いことをしてくれるな。俺とジェリーを引き離すなんて」 「別に引き離したつもりはない。私が彼と二人きりで話がしたかっただけさ」  前髪を掻き上げたトリスタンさんが、挑発的に笑う。彼の視線は僕を助けた人――キリアンに注がれている。 「それを引き離すというんだ。お前の頭の中に辞書があるならば、刻み込んでおくんだな」 「そうか。ご忠告どうも。だが、私という存在は人間には手の届かない存在だ」  キリアンの額をトリスタンさんが小突く。 「キミという存在がたとえ勇者であろうとも。私には敵うわけがないだろう」 「好き勝手に言ってくれるもんだな」 「わかるからな。キミでは私に敵うことはないと」  トリスタンさんが目を伏せる。そして、次に目を開いて。彼は自身の胸に手を当てた。 「申し遅れたな。私はトリスタン・アーベレ。キミたちが倒すべき魔王という存在だ」

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