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「二十年ほど前だったかな。彼女は前触れもなく姿を消したんだ」  カップの持ち手を握りしめ、店主さんはうつむく。表情は見えない。 「みんなで、そこら中を捜した。だが、どれだけ捜しても彼女は見つからなかった」  嗚咽が聞こえる。それだけ、辛かったのだろう。  それでも、店主さんは僕にこのことをお話してくれた。 「あんたを見たとき、おぼろげになっていたクラーラさんの姿が一瞬でよみがえった。雰囲気は全然違うが、顔立ちはそっくりだ」  ここまで言わせるということは、相当僕にそっくりなんだ。それこそ、見間違うほどに。 「クラーラさんのことを、もう少し詳しく話してくださいませんか?」  身を乗り出した。店主さんはちょっと驚いたけど、穏やかに笑ってうなずく。 「あぁ、いいよ。彼女のことはたくさんの人に知ってほしいんだ」 「ありがとうございます」  頭をぺこりと下げる。店主さんは僕の態度を見て口元を緩めた。  店主さんの視線が窓の外に向く。見えるのは青々とした木々だけだ。 「そうそう。クラーラさんはいなくなる前に、一人の男と親しくしていたんだよ」 「男の人ですか?」 「そうだ。人間味のない不思議な男だったよ。誰とも深くかかわろうとしなくて、ひたすらアトリエにこもるような男だったさ」  お茶を一口飲んだ店主さんの表情は、昔を思い出して懐かしんでいるみたいだった。 「ただ、クラーラさんは彼とよく一緒にいてね。街の外にもよく二人で出かけていたみたいだ」 「……ほぇ」 「だから、街ではクラーラさんとあの男が恋仲だってうわさまで出てきてね。若い男連中はそれはそれはがっかりしていたよ」  ……クラーラさん、相当な美人さんだったんだろうな。  僕にそっくりだと店主さんはいうけど、本当はそこまで似ていないんじゃないだろうか? 「あの男も、クラーラさんと同時期に姿を消していたんだ。そのこともあって、いなくなったのは街の外で事故にでも遭ったんじゃないか――というのが、一番有力な仮説になっていたよ」  デートの最中に事故に遭ったということ、かな? 「まぁ、これもしょせんは仮説さ。真実は知らないよ」  多分、店主さんからお話を引き出すのはこれが限界だろう。  判断した僕は、お茶を飲み干して立ち上がる。 「お話、聞かせてくれてありがとうございました」  もう一度頭を下げると、店主さんは手を横に振る。 「あんたに話せてよかったよ。クラーラさんに再会できたみたいで、こっちも嬉しかったし」 「お役に立てたなら光栄です」  この返事で正しいのか。それは僕にはわからないけど……。 「あ、一つ言い忘れていたことがあった」  僕が立ち去る準備をしていたときに、不意に店主さんが呼び止めてくる。  きょとんとして視線を戻すと、店主さんは真面目な表情を浮かべていた。 「今、彼女の姓を思い出したんだ。それは確か――」  店主さんがつむいだ家名に、僕は目を見開いた。  だって、そうじゃないか。まさか、その姓をここで聞くなんて。 「――デルリーン」  それは、僕が持つ姓と同じだった。

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