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切なくて残酷で綺麗で7

 帰っていく大輝の背中を、なにも言わずに見送った。いや、泣いていてなにも言えなかったんだ。2週間後大輝はドイツへ旅立つ。その間に大学に退学届を出し、バイトも辞めてドイツの語学学校へ入学届けを出すという。その間に会えるだけは会う約束をした。  バイトを辞めた大輝は時間が自由に取れるようになったので、俺のバイトのシフトが入っていなければずっと一緒に過ごせる。こんなに大輝に会えるなんて高校生のとき以来だ。だけどそれが別れのときだなんて皮肉だ。俺はとにかく大輝と会うことを優先にした。バイトだってシフトを減らした。そこまでして大輝と会う時間を作った。だって、その後は会いたくたって会えなくなるのだ。何年も。連絡だってしないと言われている。だから今だけ。今だけは全てのことを後回しにしても大輝を優先する。 「ほんとに待つの?」  今日は久しぶりに涼も交えて3人で食事に行く日だ。大輝は明日にはドイツへ行く。俺は明日はバイトを入れていないけれど、見送りはしないという約束だから会えるのは今日が最後だ。そして、大輝がビザの関係で大使館へ行くので少し遅れてくることになっている。その間に涼は俺に訊いてきた。 「うん」 「でも、向こうへ行ったら会えないどころか連絡もしないって言われてるんだろ? それでいいのか」 「いいもなにも、別れるかそうするかの2択だよ。そしたら待つしかないじゃん。別れたくなんてないんだから」 「湊斗……」 「そんな顔するなよ。待っててくれって大輝に言われたわけじゃない。待たなくていいって言われたんだ。それを待つって決めたのは俺だから」 「辛くなったら言えよ? 会いたいって言えよ? お前は自分の中に抱え込む癖があるから。だから、どんな小さいことでも俺に言えよ。それは約束な」 「ありがとう。でも、大輝がいなくなって寂しいのは涼も同じだろ」 「まあな。小さい頃からずっと一緒にいたから、いなくなるのは寂しいかな」 「そしたら、涼も寂しかったら言えよな」  大輝と離れて寂しいのは俺だけじゃない。大輝の幼馴染みでもある涼だって寂しいのだ。だから俺だけじゃない。だからきっと待てる。 「せめてテレビでドイツのサッカー見れればいいけど、さすがにドイツのローカルな試合は観れないからなぁ」 「CSにサッカーチャンネルあるけど、さすがにそれでも難しいかもね」 「だよなぁ。チームだって沢山あるんだから」  離れていたってちらりとでも姿が観れればいいけれど、ドイツのローカル試合なんて日本で観れることはほとんどないだろう。 「でも、観れない方がいいかも。ちらっとでも観れたら会いたくなっちゃうから。だから迎えに来てくれるのを待つよ。確かさ、サッカー選手の寿命って25か26歳くらいだろ? だったらきっと待てるよ」 「だけど、中には長い選手だっているんだぞ」 「うん。だけどいつまでも会えないわけじゃない。迎えに来てくれるって約束したんだ。大輝は約束は守ってくれるだろう。だから俺は待てるよ」 「湊斗……健気だな」 「健気かな? ただ大輝が好きなだけだよ」  笑顔を作る俺に涼は辛そうな顔を見せた。そんな顔しなくていいのに。そう思っていると大輝がやって来た。
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