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向けられた刃6
俺がインターネット掲示板に書き込まれていると話してから優馬さんは平日の17時以降になるとお店に来るようになった。なにかリアルで行動を起こされないようにだろう。
そして定休日明け3日目の金曜日、ことは起こった。時間は18時。会社勤めの人は仕事が終わって帰宅前に、残業の人は残業前の休憩にお店を訪れている人がチラホラいる。優馬さんはこの時間の前に来ているけれど、今日はまだ来ていない。仕事が終わっていないのかもしれない。そこに、女性客が1人入って来た。
「いらっしゃいませ」
「アメリカンひとつ」
「かしこまりました」
こういったコーヒー専門のカフェに来てアメリカンを注文する人は珍しい。少なくともうちの店ではストレートの銘柄を注文する人が多く、次にウインナコーヒーやカプチーノといったアレンジものの注文がたまに入る。でも、アメリカンは少ない。こういったコーヒー専門のカフェに来るのはあまりないお客さんなのかもしれない。そう思いながらアメリカンを淹れた。
「お待たせいたしました。ごゆっくりお召しあがりください」
そう言ってアメリカンをサーブした。そうして数分後、その女性は席を立ち、大きな声をあげた。
「なに、この不味いの!」
その声に俺はすぐに女性の方へと行く。そして他のお客さんはびっくりして女性の方を見る。それはそうだろう。静かなカフェの中を切り裂くかのように怒声が響いたのだから。お店を開いて2年。お店でこんな大きな声を聞いたのは初めてだ。
「いかがいたしましたか?」
「いかがいたしましたかじゃないわよ。なに、このコーヒー薄めたような不味いの!こんなのでお金取るなんてぼったくりじゃない!」
正直、金切り声が耳に痛い。でも、場を治められるのは俺しかいない。
「申し訳ございません。ただいますぐ代わりをお持ちいたしますので、少々お待ちください」
「いらないわよ、代わりなんて!」
そういうと女性はテーブルの上のカップを払いのける。
カシャン!
カップが床に落ちて割れた。それを見た俺は一瞬固まってしまった。いや、固まっている場合じゃない。掃除、掃除しなきゃ。でも、その前にコーヒーの代わりを淹れた方がいいのか? あまりのことに冷静さを失ってしまった。しかし、その後女性が発した言葉に俺は完全にフリーズした。
「男を寝取ることしか頭にないんじゃないの? だから、こんな不味いコーヒー平気で出せるのよ!」
その言葉で動きだけじゃなく、頭もフリーズしてしまう。そしてそこに人が飛び込んでくる。
「湊斗!」
「湊斗くん!」
店に飛び込んで来たのは涼と優馬さんだった。俺は2人の顔を見たもののなにも言うことはできなかった。
「湊斗! 大丈夫か?」
そう言って涼は俺の方へと来る。そしてそれと同時に優馬さんさんが声を発する。
「深河さん、なにをやってるんだ!」
「吉澤さん……」
女性は優馬さんを見ると、さっきまでの勢いはどこえやら呆然とその場に立ち尽くしている。
「このカップをやったのは君?」
「……」
「インターネット掲示板に書き込んだのも君なんだね?」
「……」
優馬さんの問いに女性はなにも言わない。俺はただそれを見ていた。
「湊斗、割れたカップ片付けようぜ」
すぐ傍から涼の言葉が聞こえてきて、俺は我に返った。カップを片付けなきゃ。そして、他のお客さんがこちらを見ていることも思いだした。
まずはカップを片付けて、それからお詫びのコーヒーを淹れよう。そう思ってほうきとチリトリを持って来たところで涼に取られる。
「ここは俺がやっておくから、他のお客さんのフォローしろよ。あ、警察呼んだから、そのうちくるよ」
涼の言葉に一瞬固まったけれど、確かにこれだけ騒ぎになったら警察を呼ぶのも当たり前だ。その前に他のお客さんのフォローをしないと。そう思って俺はお詫びのコーヒーを淹れ始めた。
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