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まだ見ぬ地へ2
静かにドアを開けると、ちょうど正門さんがコーヒーを淹れているところだった。真剣にコーヒーを淹れているその顔はまさしく職人だ。
「優馬さん、あそこ座りましょう」
俺が指指したのはカウンターが見える窓際のテーブル席だ。ここはコーヒーを淹れる正門さんが見えて、かつ陽当たりが良くてリラックスできる俺のお気に入りの席だ。
「なににしますか?」
「さっきブラジル飲んだから同じのにするよ。そうしたら比べられるし」
「そうですね。俺はグァテマラです」
なにを頼むか決めて正門さんを見ると、淹れたコーヒーを奥の席のお客さんに出していた。そしてカウンターに戻る前に俺たちのところに来た。
「こんにちは、正門さん」
「来たか。久しぶりだな。どうだ、店は」
「ありがたいことに生きていけてます」
「それは良かったな。今日はまた随分と色男と来たな」
「はじめまして。吉澤といいます」
優馬さんがにこやかに笑顔で挨拶をすると、正門さんは目を大きくして優馬さんを見る。そうだよな。優馬さんは黙っていてもイケメンだけど、笑顔を見せたらほんとにヤバいくらいだ。
「俺の店の常連さんです」
「いっちょ前に常連がついたか」
「ありがたいことに。正門さんのおかげです」
そう言うとにやりと笑った。
「鍛えてやったからな。で、今日はなに飲む」
「ブラジルとグァテマラをお願いします」
「よし、ちょっくら待ってろ」
正門さんがカウンターへ行くと、優馬さんが小さい声で言う。
「喋った」
その感想につい笑ってしまう。
「俺が若くして店をオープンさせたので、俺の顔を見ると必ず訊いてきますよ」
「心配なんだろうね」
「自分が散々しごいたから、やっていけてなかったらきっとまたしごかれると思います」
大学生の頃から、お店をオープンさせた25歳までの間、正門さんには散々しごかれた。それはそれは厳しくて、もう十分しごかれたと思うから、もう二度とあの頃には戻りたくない。でも、もしまたコーヒーでなにかあれば正門さんに教えを請うんだろうなと思ってはいる。俺にとってコーヒーの指針で師匠だ。
「コーヒーって資格あるの?」
「国家資格じゃないけど、いくつか民間の資格があります」
「湊斗くんも持ってるんだよね」
「はい。正門さんに鍛えられてそこそこには」
「正門さんはもっと凄いんだ?」
「はい。全国で5、60人しかいないコーヒー鑑定士っていう資格を持っている人ですから」
「え。そんなにすごいんだ」
「正門さんに比べたら俺なんてまだまだなんです。いつか追いつきたいけど」
そんな風に優馬さんと話していると、正門さんがブラジルとグァテマラを持ってやって来た。
「こいつの淹れるコーヒーと比べてみてください」
コーヒーをサーブしながら優馬さんにそんなことを言う。正門さんの淹れるコーヒーと比べられたらたまったもんじゃない。絶対に負けるのがわかってるんだから。コーヒーインストラクター2級の俺が1級より上の鑑定士の正門さんと比べて勝てるはずがない。でも、そろそろ1級を取らないとな。
優馬さんは、いただきますと小さな声で言ってからコーヒーに口をつけたかと思うと目を輝かせて口を離した。
「美味しい!」
「ありがとうございます。お前もまだまだだな」
「まだ2級までしか受けてないんですよ。それで正門さんと比べて遜色なかったら怖いですよ」
「湊斗くんや氷見谷さんが美味しいって言ってたのがわかるよ」
「市内では間違いなく一番美味しいと思いますよ」
「そうだね。でも、次に美味しいのは湊斗くんだ」
優馬さんがそう言うと正門さんは頬を緩めた。
「こいつの淹れたコーヒーはそこまでいけてますか」
「はい。僕の知っている限りでは」
「じゃあ近いうちに飲みにいくか」
「お待ちしてます」
正門さんに飲んで貰うのはすごく緊張する。それでも、少しでも美味しいと言って欲しいから、それまで練習しよう。そう思った。
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