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まだ見ぬ地へ5
正門さんが帰った後、俺はさっそく飛行機とホテルを検索した。どこから行こうかと考えて、パリから行ってデュッセルドルフ、ローマを回ることにした。シアトルはヨーロッパから直行便がないことから今回は外した。
期間は1週間もあればいいだろうか。現地に行ってもカフェに行ってコーヒーを飲むだけだ。観光やショッピングをするわけではない。だからそんなに日数もいらない。現地へ着いたらカフェに行ってコーヒーを飲んで、そうしたら次の地へ行く。それだけだ。
夕方、お客さんが途切れたので俺はスマホで飛行機を抑え、次にホテルを探していた。そこに優馬さんが来た。
「こんにちは。湊斗くんがスマホ見てるって珍しいね」
「あ、いらっしゃいませ。今日はなににしますか?」
「今日のブレンドはなに?」
「今日はブラジルとコロンビアをベースに苦みのあるものにしました」
「そしたらそれで」
「わかりました」
ネルをセットしてコーヒーを落としていると優馬さんに話しかけられた。
「湊斗くんがお店でスマホ見てるのを初めて見たよ」
「すいません。いつもは見ないんですけど、来月1週間お店をお休みにして海外に行こうと思ってて」
「海外?」
「はい。コーヒーを飲んで来ようと思ってて」
「来月のいつぐらい?」
「下旬です」
そう答えると優馬さんは目を見開いた。なんだろう。なんか変なこと言っただろうか。それとも1週間もお店を休むからだろうか。
「どこへ行くの?」
「ローマ、パリ、デュッセルドルフです」
「僕、20日過ぎならパリにいるよ」
「え?」
「パリコレがあるから。パリには20日〜27日までいる」
「俺は22日にパリに行きます」
まさか海外での日程がバッティングするとは思わなかった。でも、優馬さんがパリコレに行くのはおかしなことじゃない。ファッションデザイナーをしているのだから行って当然だ。それでも、自分が行く日程で優馬さんも向こうにいるというのはすごい偶然だ。
「そうしたら向こうで食事でもどう? もちろん、カフェ込みで。1人で食事は寂しいでしょう」
「優馬さん、フランス語わかりますか?」
「簡単なフランス語ならわかるよ」
「優馬さんが神々しく見えます! 俺、英語しかわからなくて」
英語なら日常会話には困らないけれど、フランス語、イタリア語は挨拶とコーヒーの注文の仕方しかできない。なのでいつも食事には困るのだ。大学生のときはどんなものが出てくるのかドキドキした覚えがある。
「じゃあ助けてあげる代わりに一緒に食事して貰えるかな?」
「もちろんです! いや、言葉云々なくても食事くらいご一緒しますよ。というかこちらからお願いしたいです」
「良かった。1人旅は慣れてるけど、異国での1人ご飯はちょっと寂しいんだよね」
「わかります、それ。とくに言葉がわからないとそれを強く感じます」
1人でカフェでコーヒーを飲むのはコーヒーに集中してるからそんなことはないのだけど、きちんとした食事をレストランでしようとすると1人だと浮いてしまうし、心細い。言葉がわからないと余計に。
「じゃあフランスで湊斗くんと食事するのを楽しみにしているよ。フランスには何泊いるつもり?」
「2泊の予定です」
「じゃあ2日は一緒に食べれるね。にしても駆け足だね」
「はい。あまりお店を休むわけにもいかないし、コーヒーを飲む以外にすることもないので」
「いつも海外へ行っていたっけ?」
「いえ。お店をオープンさせてからは初めてです。以前は大学生の頃と専門学校を卒業して正門さんのお店で働いているときに」
「そのときもコーヒーを飲むために?」
「はい。あ、でも大学生の頃は有名な観光名所だけは行きましたけど。2回目のときは見るものもないのでほんとにカフェに行くだけで」
「コーヒーを飲むためだけに海外に行くってすごいね。って、服を見るだけのために海外に行くのと同じか。仕事だもんね」
「そうですね。優馬さんと同じですよ」
お店をやっていなければもう少しどこかへ行ったりするのかもしれないが、今回はお店を休むわけだからほんとに駆け足になる。でも、現地で知った顔に会えるのは少し嬉しい。
「ホテルは決めたの?」
「いえ、まだです」
「そうしたらお勧めがあるよ。僕も泊まるんだけど」
そこは小さなB&Bでマダムがとても愛想が良くて立地も良く、パリでの優馬さんの定宿だという。ネットで空室を調べると部屋は空いていたので、その場で予約をした。
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