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幸せに向かって6
「ご馳走さまでした」
「ありがとうございました」
20時45分。最後のお客さんが出て行って、少し早いけれどドアの札をCLOSEにする。21時を過ぎたら優馬さんが来るはずなので、それまでに洗い物とお店の掃除を済ませなくては。
涼はあの後もなにか言いたそうにしてはいたけれど、結局なにも言わずに帰っていった。なにが言いたいのか訊きたかったけれど深追いするのもどうかと思い、俺からはなにも言わずにいた。ただ、優馬さんのことかなとは思った。優馬さんのこと好きかって訊かれたから素直に答えたけれど、それがなにか関係するような気がした。だけど、俺の幸せを祈ってるって言ってくれてたから悪いことではないだろう。
奥のテーブル席を拭いているとドアベルの音がカランカランと音を立てる。優馬さんだろうか。でもまだ21時にはなっていないはずだ。
「すいません。もうおしまいなんですが」
そう言いながら顔をあげると、そこにいるはずもない人物の顔があり、テーブルを拭いてる手が止まった。
「大輝……」
手には薔薇の花束を持ってそこに立っている。
「誕生日おめでとう」
なんで?
なんで来るの?
もう俺のことなんて忘れたんじゃないの?
「なんで……」
「約束しただろう。辞めるときには誕生日に迎えに来るって」
した。
約束した。
でも、もう迎えには来てくれないと思ってた。
だって、女の人と腕組んで歩いていたから。
「だって……女の人と……歩いてた。腕、組んで」
「デュッセルドルフで見かけたって? それは誤解なんだ」
「……」
「友だちの誕生日パーティーに行くのに、友だちの妹が一緒に来ただけ。腕を組んでいるように見えたかもしれないけど、俺は離せと言ってたんだ。それでも誤解させてしまったけど、付き合ってるとかそんなのじゃない」
「嘘だ……」
「ほんとだよ。湊斗のこと忘れたことなんて1日もない」
嘘だ。
誤解だなんて。
俺のこと忘れたことないなんて。
「それとも、もう遅かった? 他に好きな人できた?」
優馬さんのこと、知ってる?
知ってるとしたら涼だ。
俺は涼が大輝と連絡を取っていたのかは知らない。訊かなかった。涼と連絡を取っていたとしたって俺に連絡をしてくれないのは変わらないから。
俺はなんて答えたらいい? 好きな人ができたと言えばいい? まだ大輝のことが好きだ。本人を目の前にするとその気持ちが強くなる。ドイツへ渡った頃よりも精悍な顔つきになって格好良さに磨きがかかった。でも……。
「涼から話しは聞いてる。告白されたって。もう来るの遅かった?」
遅い。
そう言え。と頭の中で声がする。でも、俺の口は開かない。だって、まだ好きなんだ。優馬さんのことはいい人だと思ってる。でも、まだ好きとは言えないんだ。それくらい大輝は俺の心の奥深くにいたから。だけど、もう忘れるって決めたんだ。大輝のことは忘れて優馬さんのことを好きになるって。
「なんで……。なんで今来るんだよ……」
もう少し早ければ戸惑うことなく腕に飛び込んでいけた。
もう少し遅ければ、もう他に好きな人が出来たと言えた。例えそれが嘘でも。
だけど、今はどちらもできない。
「もう他の人好きになった?」
念を押すように訊かれて俺は下を向いて立ち尽くしたまま首を横に振った。
嘘でも頷くべきだった。でも、そう気づいたのは遅かった。それは温かい腕に抱きしめられたから。
「誤解させて、来るのも遅くなってごめん。告白されたって涼に聞いたんだけど諦められなかった。もう遅い?」
なんでそんなふうに訊くんだよ。腕を払えないんだからわかるだろう。
「泣かせてごめん」
「……ばか! 大輝のばか!」
「うん。ごめん」
「もう、他の人好きになろうって思ったのに」
「でも、まだ間に合った?」
「ばか! ばか、ばか!」
「ずっと好きだったよ」
「……俺も……俺も、好き、だった」
言ってしまった。好きじゃないって言わなきゃいけないのに。ばかだ。ばかは俺だ。
泣きながらそう思っていると、ドアベルの音がまたした。え、と思って顔をあげると、そこには優馬さんが立っていた。そして少し悲しそうに笑って言った。
「幸せにね」
「優馬さん!」
大輝の腕から離れて優馬さんを追いかけるけれど、優馬さんは静かに微笑んで去って行った。
「今のが告白された人?」
そう大輝に問われて頷く。
「幸せにする。もう泣かさないから。だから、俺の隣にいて」
「いいの? 俺で。女の人じゃなくて」
「男とか女とか関係なく、湊斗じゃないとダメだから」
「じゃあ、もう離さないで。1人にしないで」
「離さないし、1人にもしない。今まで1人にした分も、あの人の分も俺が幸せにするから」
そう言ってくれる大輝に俺は泣きながら抱きついた。
END
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最後までお読みいただきありがとうございます。
ずっと一途に待っていた湊斗が幸せになれました。
優馬さんを泣かせてしまいましたが💦
次作は現在執筆中で、少し間はあきますが、それほどお待たせはしないかと...
また次作でもお会い出来ることを願っています。
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