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幸せに向かって5

 そしてやってきた俺の誕生日。昨年の今日、優馬さんに告白された。そして1年後の今、まだお試しで付き合っている。大輝がドイツへ行ったとき、こんな未来は想像もつかなかった。これで優馬さんを好きになれるといいのだけど。  昨年は朝1で優馬さんが来店したけれど、今年は仕事が忙しいので来れない。後は会社がお休みだからと舞さんが来たな。でも今年は休みじゃないから、と昨日1日早いけどと言って、誕生日おめでとうと言われた。後は夜、涼が来てくれるかな。夜、お店が閉店したあとは優馬さんとディナーに行く約束をしている。少しいいお店に予約を取っているからと言われている。なので、衿のあるシャツを今日は着てきている。ジャケットも着てきているからドレスコードがあっても大丈夫だ。不思議だな。昨年は今年こそ大輝が来てくれるかもと思って待っていた。でも、今年はもう待っていない。だって、大輝にはもう他の人がいるから俺を迎えには来てくれない。  昼間はいつもどおりに営業する。そして18時を過ぎた頃、涼が来た。 「誕生日おめでとう」  そう言って小さい紙袋を渡される。 「開けてもいい?」 「いいよ」  丁寧に開けると中にはスリムな本革のキーケースが入っていた。   「湊斗、キーケース持ってないだろ」 「うん」 「お店の鍵と家の鍵つけておけよ」  そう。俺はキーケースを持っていなくてそれぞれにキーホルダーを付けて持っている。 「ありがとう。さっそく後でつけるよ」 「使ってくれよ」 「で、今日はなににする?」 「んー。ブラジル」 「了解」  ゆったりとコーヒーを落としていくとコーヒーの香りが濃くなる。カップに注いで涼の前に静かに置く。涼はそれを熱いと言いながら飲む。 「うん、やっぱり美味くなったよな。正門さんの味と変わらないんじゃん?」 「いや、まだ後一歩足りない。でも、追いつくよ」 「そうかな。変わらないと思うけどな、俺の舌的には。ま、そんなに繊細な舌じゃないけどな」  そう言って涼は笑う。店内は一組のお客さんがいるだけなのでゆったりしていて、俺も涼と話す時間がある。 「今日、この後出かけるんだろ?」 「うん。食事に行く」 「そっか。あのさ……」 「ん?」  涼はなにか言いかけて口を閉ざす。なんだろう。いつも言いたいことはハッキリと言う涼が、こんなふうに口ごもるのは珍しい。 「どうかした?」 「いや……」  俺から目を離し、コーヒーカップに視線を一瞬落とす。ほんとにどうしたんだろう。 「食事、楽しんで来いよ!」 「え。あ、うん。ありがとう」  涼らしくないなと思うけど、それ以上は言わなさそうなので俺も敢えて追求はしなかった。でも、喉に魚の骨が突っかかったみたいにスッキリはしなかった。でも、言おうとしないのに無理矢理聞き出すのもどうかと思って俺も黙っておく。 「優馬さんはこれから来るのか?」 「うん。お店の閉店頃来るって」 「そっか……」  涼はなにか考えている顔をしているけれど、訊けない。ほんとにどうしたんだろう。閉店頃優馬さんが来るのってまずいんだろうか。優馬さんがなにか問題なんだろうか。 「優馬さんのこと好き?」  他のお客さんに聞こえないように、小さな声で問われる。好きか……。まだ好きとは言えないな。優馬さんには申し訳ないけど。 「まだ、そうとは言えない。でも、言えるようになりたいとは思ってる」 「そっか。言えるようになったら今より幸せになれるな」 「そうかな? そうだといいな」  大事にしてくれる優馬さんのことを好きになれたら、きっと俺は幸せになれる。そう思ってる。でも、まだ今は大輝のことを想ってしまうときがあるから。だけど、優馬さんとお試しで付き合うようになってまだ1ヶ月と少しだ。だからきっともう少ししたら好きになれる。そう信じている。   「俺は湊斗の幸せを祈ってるよ」  真面目な顔で言う涼に俺はありがとうと言って笑った。

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