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1-1 岩壁に囲まれた都

 光焔(こうえん)に辿り着いた無明(むみょう)たちは、ぐるりと広い範囲で都を囲んでいる、高い岩壁の外側三ヶ所に造られた門のひとつ、東側の門の前にいた。  こちらの門が、()の一族の者たちの敷地に一番近いのだと白笶(びゃくや)が教えてくれたからだったが、それは随分と前の記憶なため、今もそうである保証はなかったが、どうやら正解だったようだ。  建物の屋根が見えないほど高く聳え立つその岩壁は、要塞と呼ばれているのも頷ける。その門も見るからに重たく、黒々とした鉄でできているようだった。光焔は鍛冶屋が多くあり、民たちが使う包丁や鍋などの日用品から、護衛や兵が使う武器など幅広く製造されている。  術士たちにはあまり馴染みのないものが多く、どちらかといえばそれ以外の者たちの必需品が揃う店が所狭しと並んでいた。鍛冶屋が多いためか、様々な場所から煙が上がっており、見慣れない道具や器具が目立つ。  光焔の市井(しせい)の賑わいは、碧水(へきすい)ののんびりとした感じの賑わいとも、玉兎(ぎょくと)の雅な趣ともまた違い、熱を感じるほどの活気がある、職人たちの集まりという感じだ。  市井に後ろ髪を引かれながらも、まずは目的地に行くのが最優先と、無明たちは真っすぐに歩を進める。狭い路を行き交う人々は、他の地から訪れている者も多く、通り抜けるのがひと苦労である。 「気を付けて、」  隙間がほとんどないその人ごみの中、白笶は無明の後ろから声をかける。市井を抜けた先に緋の一族が住まう宮廷がある。他の一族とはまた違う様式の建物で、今いる場所からもその建物が良く見えた。  高台に造られたその宮廷は、この岩壁に囲まれた都の象徴的な建物になっており、正面に見える門を支える二本の朱色の柱が際立って目立つ。  無明はそれに目を取られ、前からやって来た男にぶつかりそうになったのだ。もちろん白笶が腕を引いてそれを回避する。 「ありがとう、白笶。それにしても人が多いね。逸れないようにしないと、」 「そうだぞ。気付いたら攫われてた、なんていうのは勘弁してくれよ、」  竜虎(りゅうこ)は頬の汗を拭いながら、疲れた声で言う。こういう場所にはあまり慣れていないため、いつもより随分と言い方が大人しかった。 「でもすごい活気ですよね。鍛冶屋さんもそうですが、食材も見たことがない珍しいものがたくさんありますよ!」  清婉(せいえん)は目に入るものが全部輝いて見えるようだ。この人ごみの中でも平気な様子で、前を歩く無明たちについて来ている。 「光焔は久しぶりだけど、あの悪趣味な宮廷は変わっていないね。俺は中に入るのは遠慮しとくよ」  途中から狼の姿でいるのが嫌になったのか、青年の姿になった逢魔(おうま)が肩を竦める。こんなに人がいたら、誰も他人の見た目など気にしないだろう。 「逢魔、一緒に来ないの?」  振り向いた無明が残念そうに呟く。 「あの高い屋根の上で昼寝でもしてるよ、」 「そっか。じゃあ、用事を済ませたらすぐに合流しようね」  へへっと笑って、くるりとまた前を向いて歩く無明は、どこか楽しそうだった。初めての土地で、今のところは、特になにか起こっているような話も耳に入ってこなかったからだ。  市井を抜けると人は疎らになり、ぎゅうぎゅうに挟まれているような感覚からやっと解放される。  その先には長い石段が続いており、それはあの朱色の柱の門へと続いていた。一体何百段あるのだろうと思ってしまうほど遠く感じる。宮廷は岩壁を背に建てられており、そこに咲き乱れる花々の、色とりどりの花びらがここまで舞って来ていた。  木造の趣のある宮廷は、岩壁の灰色によく映える。まるで仙境の絵図のように美しい景色に、無明は早く近くで見てみたいという気持ちになる。 「行こう!」  石階段を弾むように上って先を行く無明に、白笶は目を離さないようについて行く。その後ろを竜虎と清婉が続く。逢魔の姿はすでになく、四人の影だけが重なっていた。  舞う花びらと、岩壁から覗く青々とした草花が美しいその場所は、どこまでも幻想的で、不思議な雰囲気を纏っていた。  しかし、その陰で暗躍する陰謀があろう事など露知らず。  朱雀が守護するこの地で、新たな舞台の幕が上がろうとしていた――――。  

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