朱色の柱で支えられた門の前に、高貴な身なりの男がいた。白い羽織には銀の糸で描かれた一匹の白獅子。羽織の下に纏う衣もまた白で、腰帯も白だが、帯を飾る長綬と短綬は薄青だった。 　長い黒髪は上の方だけ団子にして纏め、それ以外は背中に垂らしている。その男はこちらに気付くと、穏やかな笑みを浮かべて手を振って来た。 「伯父上！」 　竜虎(りゅうこ)が思わず声を上げる。門の前に立っていたのは、金虎(きんこ)の宗主である飛虎(ひこ)の兄、五大一族からは白獅子と呼ばれている存在。無明(むみょう)や竜虎にとっては伯父である彼の名は、虎斗(こと)。 　飛虎の三つ上の四十一歳である兄の虎斗は、厳格で凛々しい顔立ちの弟とは違い、優し気で穏やか。すべてに秀で、誰からも頼られる弟と、すべてに秀で、誰にでも等しく優しい兄。どちらが金虎の宗主になってもおかしくなかったが、虎斗は自由を求めて紅鏡(こうきょう)を離れた。 「竜虎、三年ぶりかな？大きくなったね」 「伯父上が光焔(こうえん)にいるって聞いていたんですが、本当でした！」 　石階段を駆け上がって、いち早く竜虎が抱きついた。頭ひとつ分背の高い虎斗は、よしよしとまだまだ甘えん坊な甥の頭を撫でた。 　そんな光景を無明は不思議そうに眺め、白笶(びゃくや)は背筋をすっと伸ばして両手を胸の前で囲って重ね、ゆっくりと丁寧に拱手礼をし、清婉(せいえん)も慌てて腕を前に囲むように掲げ、頭を必要以上に深く下げた。 「伯父上？ って？」 「金虎の宗主の兄君で、虎斗殿だ」 　白笶はひとりだけ解っていないだろう無明に、そっと呟く。もちろん、無明は初対面で、話だけは聞いたことがあったが、実際その目で見るのは初めてだった。 （竜虎がいつも目を輝かせて語っていたひと、か） 　幼い頃から竜虎はそのひとに憧れていて、よく話には聞いていた。しかし聞いていた話とはだいぶ印象が違っていたので、無明は目の前にいるひとがそうだと理解するのに、少し時間がかかったのだ。 （あんな細身で優しい感じのひとが、ひと振りで十体以上の殭屍(きょうし)を倒しちゃう白獅子？） 　竜虎が話を大きくしていた可能性もあるが、それにしても······と無明は首を傾げる。 「君が無明か。初めましてだね。私は虎斗。今はここの居候なんだ。私が皆を宗主の所まで案内するよ、」 　四十代とは思えない見た目の若さもそうだが、その全身から放たれる見えない高貴な雰囲気は独特で、それは飛虎が持つ雰囲気とはまた違う圧がある。金虎は五大一族を統括する一族。その宗主になるはずだった彼が、なぜその座を捨てて放浪しているのか。 　その本当の理由を、誰も知らない。 「ようこそ。緋(ひ)の一族の朱雀宮へ」 　門が開かれる。その先にさらに階段があり、その左右には様々な種類の木々や花々が咲き乱れていた。金木犀、躑躅(ツツジ)、石楠花(シャクナゲ)、牡丹、その他にも多々。季節問わずに咲いている木々や花々は、この朱雀宮を美しく彩っている。 　そのさらに先にあるいくつかの建物の中でも、一番高い場所にあるのが、宗主の住まう鳳凰殿だ。白獅子を先頭に竜虎が続き、無明たちがその後について行く。竜虎は虎斗に懐いており、ずっと上機嫌だった。 「····白笶、」 　白笶の薄青の袖を引き、無明が不安そうな表情を浮かべる。白笶は足を止めずに視線だけそちらに向ける。 「大丈夫だ」 「······え、」 「君がいつも言う言葉」 　白笶はそう言って、小さく笑みを浮かべた。無明はその不意打ちに驚きつつも、ひと呼吸おいて満面の笑みを白笶に向ける。 「うん！ ありがとう、白笶」 　長い袖で隠すように握られた手と手。あたたかくて、優しい手。 　大丈夫。きっと、今回は、誰も、悲しいことにはならない。させない。 「俺は、俺のすべきことをやるだけ」 「私は君を守る。それだけだ」 　灰色がかった青い瞳は、ただひとりだけを映している。今までも、これからも。 　ふたりはゆっくりと近付いて来る鳳凰殿を見上げる。その名に相応しい緋色の建物は、その所々に金色の鳳凰が装飾されていた。他の建物とは違い、この建物は趣よりも豪華絢爛さの方が強い。 　この先に待つものがなんであっても。 　絶対に、離れない。 　握りしめた指先に、永遠ほどの誓いを込めて。 　ふたりは、その一歩を共に踏み出すのだった。