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1-6 伏せられた真実

 各々の邸を出て、朱雀宮までのあの階段を、花轎(かきょう)に乗せられて担ぎ手によって運ばれて来た、はずだった。  人ひとり乗せている重みもあったという。それなのに、到着して名を呼んでも出て来ない。心配して中を覗いてみたところ、そこにいるはずの花嫁は、跡形もなく消えていたのだ。  残されていたのは花嫁が被っていた紅蓋頭(ほんがいとう)と呼ばれる、大きな赤い頭巾だけ。  他の輿もすべて同様だった。  消えた者たちを今も全力で捜しているが、未だ手掛かりのひとつさえない。 「仮にも彼ら彼女らは、この地の手練れたち。その者たちが何の抵抗もできずに消えてしまったのです。それ以来、怖がって誰も手を挙げる者がおらず、今に至ります」 「そんな中、あの四神奉納舞を見事に舞いあげた、金虎(きんこ)の第四公子殿が現れたというわけだ」  つまりは、無明(むみょう)にその『朱雀の神子』の代わりをして欲しいということ。しかも蓉緋(ゆうひ)は、あくまで"神子"としてではなく、痴れ者の"第四公子"として、無明に頼んでいるのだ。  白笶(びゃくや)はこの鳳凰の儀に関して、彼らが話していないことがあることを知っていた。だが、ここで口を挟めば、なぜ知っているのかと問われるだろう。  この儀は、他の一族には宗主と選ばれた朱雀の神子が、集められた大勢の()の一族たちの前で、ただ鳳凰舞を舞うという事しか知られていない。  しかし、この儀の真の目的は、新しい宗主を選ぶための儀。  朱雀へ捧げる鳳凰舞は、その開始の合図のようなモノ。  緋の宗主は一族の中で一番強い者でなくてはならない。二年に一度行われるのは、その力試しのようなものでもある。  朱雀の神子に選ばれる者が手練れでなければならない理由。  それは、自分の身は自分で守らなければならないから。縦横無尽に宗主の座を狙い、神子を奪おうと襲いかかって来る者たちに、それ以外の配慮は難しいだろう。    宗主は神子を奪われないように守りつつ、自分は向かってくる者を倒さなければならない。しかも、神子役は自分の配下から選ぶことは赦されていないため、短期間で信頼関係を築く必要があった。  なぜなら、選ばれた神子と共に最後に舞台の上に立っている者こそが、次の宗主となるのだから。  それくらいこの儀式は重要で、失敗すれば宗主の座を追われる。 (危険すぎる。それになぜ、そんな大事な事を伏せているんだ?)  蓉緋と花緋(かひ)が何を目論んでいるのか解らないが、無明が彼らの話を聞いて、手を貸さないはずがなかった。そもそもその舞人である神子候補が消えたという話も、真実かどうか定かではない。  無明を舞台に上がらせるために仕組んだか、もしくは口裏を合わせたということも考えられる。  白笶はこのまま話が進んで行くことに不安を覚えた。舞台に上がってしまえば、手出しはできない。つまり、ただ見ている事しかできないのだ。 「どうか、俺に力を貸して欲しい」  蓉緋は躊躇うことなく頭を下げた。無明はちらりと白笶に視線を向ける。白笶は首を横に振ったが、無明は自分の中で答えを決めているようだった。 「もちろん、俺で良ければ。でも、それは最終手段で、まずは消えてしまったひとたちを捜し出すのが先だよ」  花緋は、蓉緋が予め自分に言っていた通りに目の前の者が答えたので、少々驚いていた。 (あの奉納舞は確かに見事だったが、聞いていた第四公子の印象と随分違う)  蓉緋が言うように、彼は自分の身を守るために、偽りの姿で皆の前に立っていたのだろう。 「この提案をすれば、彼はこう答えるはずさ。もちろん引き受ける、と。しかし、失踪した者たちを捜すのが先だ、ともね」  まさにその通りになった。  やはり、このひとは宗主に相応しいと改めて思い知る。故に、この儀式は必ず成功させなければならない。奴らに付け入る隙を与えないように。 (いずれわかることだが、鳳凰の儀の本来の目的を話すなというのは、なんの意図があるんだ?)  花緋は、それだけは同意できないでいた。危険とわかれば心構えもできるだろう。この場で話さないことに意味があるのだろうか?  それに、失踪した者たちの行方は、見当が付いていないわけではない。しかし、奴らにそんな芸当ができるかと言われれば、疑問も残る。  鳳凰の儀まであとひと月————。  

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