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1-7 なんで教えてあげないの?

 大体の事情を聞いた後、無明(むみょう)たちは朱雀宮の中にある来客用の宮に案内された。鳳凰殿には劣るが、四、五人いても十分な広さのその珊瑚宮と名の付いた宮は、珊瑚のような色の柱が特徴的で、中に入るとちょうど正面にある、ふたつの大きな花窓からの景色も美しい。  朱雀宮全体が高い場所にあるのだが、この宮からも光焔(こうえん)の都が一望できる。真下を見れば背筋がぞくりとするが、遠目で見ると絶景だった。  ぐるりと岩壁に囲まれた、この地ならではの景色と言えるだろう。  灰色の岩壁の隙間から覗く、梅の花や山吹、桔梗なども趣がある。岩陰から季節を問わない花々や木々、草や蘚の美しい緑色が所々から見えるので、静と動の美しさと言えよう。 「白笶(びゃくや)、勝手に決めて怒ってる?」  ひと通り部屋の中を見て回り、無明は左横から覗き込むように見上げる。  白笶はそれに視線を合わせて、君が決めたことだ、と否定も肯定もしなかった。 「無明様、白笶公子も、お茶いかがです?」 「のむー!」  くるっと身体を声のした方へと向け、無明は弾むようにそちらへ駆けて行く。そんな後ろ姿を見つめ、白笶は灰色がかった青い瞳を細める。 「竜虎(りゅうこ)はまだ、白獅子さんのところ?」 「虎斗(こと)様と積もる話があるのでしょう。珍しく竜虎様が、小さな子供みたいな顔をしてましたから、よほどお会いできて嬉しかったのでしょう」  清婉(せいえん)は首を傾げてその質問に答える。無明が伯父である虎斗の事を、まるで他人のように"白獅子さん"などと言ったからだ。しかしよく考えてみれば、従者である清婉でさえ、三、四回ほどしか会った記憶がなく、無明は今日が初対面だった。  警戒しているのか、それとも遠慮しているのか、どちらにしても無明らしくないと清婉は思った。いつもなら、初対面の人間には()れ者として振る舞う事が多く、それで相手の様子を観察しているのだと本人も言っていた。それをしていない事にもなにか理由があるのだろうか? 「はい、どうぞ」  立派な造りの黒く丸い机の上に茶器を並べて、清婉は白い陶器の湯呑を無明の前に差し出す。椅子に座り、淹れてもらった茶を口に運ぶ無明の正面に、遅れて白笶が腰掛けた。 「白笶公子もお疲れじゃないですか? なんだかそんな顔をしています」 「え? そうなの? 白笶、大丈夫?」  清婉の言葉で、無明は改めて白笶の綺麗な顔を眺めている。ふたりにじっと見つめられて気まずくなった白笶は、誤魔化すようにくいっとお茶を飲み干した。 「····問題、ない」  体調的には全く問題ない。問題があるとすれば、自分の狭い心にある。他の事ならばそんなことはまったくないのに、無明に近寄ってくる者に対しての自分の心の狭さに、我ながら呆れてしまう。 「みーつけたっ」  そんな中、明るい声が響き渡る。振り返ってみれば、花窓の外に逢魔(おうま)の姿があった。この宮の外には狭いが囲むように縁側があり、さらにその外側にぐるりと赤い欄干が建てられているのだ。間違って崖から落ちたりしないようにだろう。  しかし、花窓の外はまさにその落下防止のための欄干があるのだが、逢魔はあろうことかその上に乗って、ひらひらと笑顔で手を振っていた。 「な、なにしてるんですか!? 落ちたら死んじゃいますよっ」  清婉は真っ青な顔をして慌てて花窓を開け、逢魔に向かって思わず叫ぶ。 「は、早くそこから降りて····いえ、ゆっくりでお願いします! ゆっくり、慎重に降りてくださいっ」 「あは。君、面白すぎ。俺は落ちても死なないよ?」  逢魔は面白がって、わざとぴょんと欄干の上で飛び上がり、そのまま縁側に着地した。その時の清婉の表情は、完全に固まっていた。  逢魔は大きな花窓からひょいと身軽に入って来ると、そんな彼の横を通り過ぎ、無明の横に跪いてその手を取り、「ただいま」と見上げてきた。 「おかえり、逢魔。今までずっと屋根の上にいたの?」 「まあね。ここは日向ぼっこには適さないって解ったよ」  確かに、今の時期は日向ぼっこというより日干しに近いだろう。建物の中はひんやりとしていてちょうどいいが、外に出れば少し蒸し暑い。場所によっては汗が自然と流れてしまうほどだ。  空いている椅子に遠慮なく座り、逢魔は肩を竦めてみせた。 「ねえ、どうして朱雀の神子を引き受けちゃったの?」 「え? どうしてって言われても····頼まれたから? あとは、鳳凰舞がどういうものか、見てみたいっていう好奇心もあったかも」 「で、あんたはなんで教えてあげないの?」  白笶を流し見るように、その金眼を向ける。含みのある笑みを浮かべ、細めた眼で責めるように、けれども声音は弾むように訊ねる。どこかで聞いているだろうとは思っていたが、まさか無明の前でそんなことを訊ねるとは思わなかった。 「なんのこと? 逢魔、なにか知ってるの?」 「知ってるもなにも、鳳凰の儀っていったら、次の宗主の座を巡る、別名、"神子争奪戦"だからね。二年に一度のお祭り。最後に朱雀の神子と共に立っていたひとが、次の宗主に選ばれる。それを聞けば、朱雀の神子候補が、みんな美しくて強い手練れっていう条件も解るでしょ?」 「ちょっと待ってください! それって、ものすごく危険なんじゃ····」  固まっていた清婉が我に返り、ますます顔色が悪くなる。  あの宗主も花緋(かひ)も、そんな説明はしていなかった。もちろん知っていて黙っていたというのが正解だろう。清婉はますます()の宗主たちが信用できなくなる。  白笶はいずれ自分の口から言うはずだったことを、すべて逢魔に言われてしまい、嘆息し俯いたまま顔を右手で覆う。  無明は驚くでも嘆くでもなく、ひとり静かに残った茶を啜った。

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