14 / 64

1-14 そういう意味じゃない

 珊瑚宮に戻った無明(むみょう)は、開けた扉の先にいた清婉(せいえん)を見るなり、その両手で両眼を覆った。  その行動に、清婉は首を傾げ、遠目で見ていた竜虎(りゅうこ)は「うわぁ」と心の中で呟いた。 (師匠、言ったのか? あれを言ったのか? でもあいつ、たぶん色々間違って解釈してるみたいだけど)  自分が煽ったのは事実だが、その光景はどう見ても間違っている気がしてならない。  たぶん白笶(びゃくや)も同じ気持ちなのか、困惑した表情を浮かべている、気がする。 「どうしたんです? もしかして目が痛いんですか? ちょっと診せてみてください」  清婉は手に職をと思い、白群(びゃくぐん)の所にいた時に、雪陽(せつよう)から簡易的な医術を学んでいたのだ。  本当に簡易的なため、怪我をした時の包帯の巻き方や、薬草の見分け方、傷薬の調合の仕方、漢方薬あたりまではすでに学として修めていた。 「わー!? だめだめ! 俺は白笶(びゃくや)以外······もごっ」  白笶は無表情のまま、咄嗟にその口を片手で塞いだ。その続きはもはや想像するまでもなかった。 「問題ない」  そして、そのまま無明の両手首を掴んで眼から放す。わあっと無明は慌てて眼を閉じる。  見てられない、と竜虎(りゅうこ)は首を振って嘆息すると、おもむろに立ち上がった。 「無明、そういう意味じゃないと思うぞ」 「へ? どういう意味?」 「そうですよね、師匠」  目で合図をして、その答えの意味を促す。白笶はそれを察して、こくりと頷いた。 「無明。さっきの言葉は、物理的な意味ではない」  無明は、あの会話をもう一度最初から脳内再生してみる。 『私だけを、見て欲しい』  その意味を今更ながら知り、みるみる顔が真っ赤になった。 (俺、馬鹿なの!? え? あれって、そういう意味だったの!?)  と、きっと心の中で叫んでいるだろう無明を呆れた顔で眺め、竜虎は大きく嘆息する。 (いや、そういう意味以外あるか? なんでそれで物理的な方に考えるんだ?)  赤くなったかと思えば青くなっている無明を不思議に思い、清婉はますます首を傾げた。  万歳をしたままの無明は、バツが悪そうに白笶を視線の端に映す。 「大丈夫。伝わったなら、それで、いい」  手を放して、白笶は安堵したように頷く。そして部屋を見回して、ふとあることに気付く。 「逢魔(おうま)は?」  こういう時に一番に茶々を入れてくるはずの逢魔の姿がなかった。それには清婉が、はいと小さく手を挙げて答える。 「逢魔様は、先に行って兄さんと話してくる、と言ってました。どこに行くとまでは教えてくれませんでしたが。御兄弟がいらっしゃたんですね、」  白笶はそれを聞き、すぐにその行先が朱雀、老陽(ろうよう)のいる炎帝(えんてい)堂であろうと確信する。逢魔であればひとりでもそこへ行けるだろう。  無明たちが行くのは明け方だろうから、その前に説得するつもりなのだ。神子を目の前にしても、感情のまま動かないように、と。  無明はそれを聞いて、逢魔が久々に逢うだろう老陽と、積もる話でもあるのだろうと考えていた。 (朱雀、老陽様······どんなひとなんだろう?)  少しわくわくする気持ちと、契約に対しての不安が入り混じる。  誰にも話せていない事。  白虎、少陰(しょういん)との契約の際に知った事。  この先、それを隠したまま進んでいいのか。 (でもそれを言ってどうなるの? 契約をしないと、この国は、)  玄武、白虎の宝玉は砕け散ってしまった。この地や次の地の宝玉が砕けなかったとしても、四神の守護は必要不可欠なもの。自分の我が儘で今更止めることなど叶わないし、止めるつもりもない。 「どうした? まだ馬鹿な事でも考えているのか?」 「違うよ! 別になんにも考えてないっ」  首をぶんぶんと振って、無明は竜虎に悟られないように否定する。  ふーんと疑い深い竜虎は紫苑色の眼を細めるが、「ならいいんだが、」と、珍しくそれ以上の追及はしなかった。 「それより、聞いて! あのね、鳳凰の儀式の時の舞なんだけどね、今回は花嫁衣装で舞うんだって!」 「は? なんで? 神子衣裳じゃなかったのか?」 「よくわかんないけど、花嫁衣装だと面紗(めんしゃ)で顔を隠せるからって、蓉緋(ゆうひ)様が言っていた、ような?」  いや、それ違う意味じゃ······と竜虎と白笶は不安を覚える。どうあっても、無明を神子ではなく嫁にしたいらしい。 「わぁ、無明様なら似合いそうですね。花嫁衣装はさておき、赤も似合うと思います」 「へへ。清婉も見ててね、俺の舞」  もちろんです! と清婉は答えるが、途中で「あ」と大事な事を思い出す。 「でも、危ないんですよね? 舞の間は大丈夫でも、その後は······、」  鳳凰舞が終わったその瞬間から、大乱闘に近い宗主争いが行われるのだ。清婉は不安げに無明を見つめる。 「蓉緋様が守ってくれるって言ってたけど。俺、逃げるのは得意だから平気だよって、断った」 「なんで断るんですか! 守ってもらった方が良いに決まってるじゃないですかっ」  え? なんで? と無明は首を傾げる。清婉は信じられない! という顔で詰め寄って来るので、ますます無明は不思議そうに見上げた。  そして満面の笑みを作って、清婉を黙らせる。 「朱雀の神子は、宗主と共にある。危なくなったらもちろん逃げるけど、俺は蓉緋様を守るつもりで舞台に立つ。俺、ここに来る途中の市井を見て思ったんだ。皆があんな風に生き生きしていたのは、きっと、蓉緋様や白鷺(はくろ)おじいちゃんのお陰なんじゃないかって。前に何があったかは後で教えてもらうとして、それが今の俺の考え」  守られるのではなくて、守る。  そう言い切った無明に、白笶も竜虎も自分たちの決意を固める。清婉は笑顔に押し切られたことを悔やむばかりだった。  各々の気持ちを置き去りにしたまま、やがて夜が明ける――――。

ともだちにシェアしよう!