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3-6 姉妹

 玉兎(ぎょくと)の地。姮娥(こうが)の一族の敷地内。  修復され元通りなったこの邸のように、あの日の傷痕が消えるはずはなく、心の奥深くに刻まれた闇を振り払うために、朝から晩までほとんどの時間を修練に費やすようになった朎明(りょうめい)。  そんな姿を隣でずっと見ていた椿明(ちゅんめい)は、止めたくても止めることができなかった。  そんな中、宗主であり母である薊明(けいめい)から呼び出された。ふたり並んで、緊張した面持ちで床に座る。ピンと伸びた背筋が物語るように、母でありながらも、ふたりにとっては誰よりも厳しい師匠のような存在なのだ。 「朎明、今年の仙術大会は、この姮娥からはあなたひとりを選出することにしたわ。それから椿明(ちゅんめい)、あなたも一緒に行って来なさい。付き添いということで申請しておくわ」 「ホントに⁉ やったぁ!」  椿明(ちゅんめい)は、あまりの嬉しさから思わず素で喜びの声を上げてしまう。薊明(けいめい)がそれを咎めるようにその灰色の眼を細める。  迫力美人で、全体的に冷たい雰囲気を纏っている薊明(けいめい)。女性にしては低めの声だが、そこには刺々しさもあり、もちろん怒るとものすごく怖い。 「椿明(ちゅんめい)、」 「····はぁい。ごめんなさぁい」  椿明(ちゅんめい)は頬を膨らませつつも謝る。まだ十二歳だが、槍使いとしての実力は姮娥一といっても過言ではない。大人たち顔負けの武芸の天才だが、姮娥の一族の能力である『重力を操る力』はない。 「そういうことだから、朎明(りょうめい)椿明(ちゅんめい)のことは任せたわよ。出立はひと月後。それまでしっかり修練に励みなさい」 「はい、母上。姮娥の血に恥じぬよう、良い結果を残してきます」  生真面目に座ったまま拱手礼をし、朎明(りょうめい)は頭を下げた。毎年最低でも三人は参加していた仙術大会だが、今年は事情が違う。姉である蘭明が起こした事件は、この玉兎の都に大きな影響を及ぼした。  もちろんそのことは他の一族にも伝わっているだろうし、あまり表立って目立つ行動は避けたいというのが本音だろう。  民たちからは同情の声も多いが、被害を受けた者たちは複雑な気持ちだろう。烏哭(うこく)が関わっていたこと、蘭明が操られ少女たちをその手にかけたこと。その事実は公開している。  しかし、少女たちがバラバラにされて繋ぎ合わされ、傀儡とされていたこと。その事実は伝えられていない。しかも被害者の親族たちはひとり残らず無惨な姿で殺されてしまい、訴える者もいなくなってしまったため、その罪の在り処が曖昧になってしまったのだ。  都を恐怖に陥れた病鬼の件に関しては、宗主自ら動いていてくれていたことを民たちは知っていたので、姮娥の一族に対しての印象は悪いようにはならなかった。それらは別々に起こっていた怪事件として認識され、すでに終息したといってもいい。  それでも、守るべきはずの民を蘭明がその手にかけてしまった事実、罪は変わらない。それを背負うべき者はすでに断罪を受け、この世にいない。ならば、残された者たちが背負うしかない。この先も、忘れないように。  朎明(りょうめい)椿明(ちゅんめい)は、最近ふたりだけで修練を行っている。他の者たちは薊明(けいめい)が師として鍛えていて、ふたりとの差を少しでも縮められるように厳しく指導していた。  都から西へ進むと、竹林の中に整えられた大道があり、その先に白帝(はくてい)堂という、白虎を祀った立派なお堂がある。  ふたりはそこで各々修練を行い、時に手合わせをする。弓と槍。お互いに扱う武器が異なるので、その時ばかりは朎明(りょうめい)椿明(ちゅんめい)に合わせて槍を使った。  姮娥の一族は武芸に秀でており、基本どんな武器でも扱えるように修練をする。その中から自分が得意な分野をさらに鍛えるという方針だ。 (うむうむ。今日も麗しい姉妹の姿が見られて、(わらわ)は大満足じゃ!)  そんなふたりの様子を白帝堂の屋根の上で寝転んで眺めているのは、猫耳幼女····もとい、白虎、少陰(しょういん)である。  本来、ひとの前にほいほいと現れていい存在ではないのだが、彼女は人間が好きなのでこれが普通なのだ。なにより可愛い女子を眺める趣味もあり、眼福眼福~と顔が緩む始末。 (無明(むみょう)の方もなんとかなったみたいじゃし、あとは青龍との契約だけ。何事もなく無事に過ぎれば良いがのぅ)  猫耳幼女はごろんとあたたかい屋根の上で何度目かの寝返りをうつ。肩の辺りで切り揃えられた真っ白な髪の中に、左右ひと房だけ黒い髪が混じっており、その頭の天辺には白いふさふさの猫のような耳が付いている。  指先が見えないくらいの袖の長い白装束を纏い、首に赤い紐飾りを結んでいて、そこにぶら下がっている金色の鈴が動く度にリンと鳴った。その音は普通の人間には聞こえることもない。    ゆらゆらと白と黒の模様が入った尻尾がご機嫌そうに揺れている。この地を覆う、神子が施した白虎の陣も今のところ問題ない。 「ねえねえ、朎明(りょうめい)姉様。仙術大会、竜虎(りゅうこ)殿も参加するのかな? また逢えたら嬉しいね!」  右のひと房だけ三つ編みにしている、癖のある肩までの薄茶色の髪の毛。両耳にはお気に入りの赤い椿の耳飾りが飾られている。椿明(ちゅんめい)は瞳を輝かせながら、朎明(りょうめい)に話しかけてきた。  朎明(りょうめい)や母親と同じ、紺青色の上衣下裳、藍色の広袖の羽織を纏い、顔は可愛いのにまるで男の子のようだとよく言われる、椿明(ちゅんめい)。  その性格は明るく、好奇心旺盛。  そんな妹とは正反対の姉、朎明(りょうめい)。 「そうだな。逢うことがあれば、手合わせ願いたいものだ」  椿明(ちゅんめい)の問いに対するその朎明(りょうめい)の答えに、がく、と少陰は頬杖を付いていた手が外れてしまう。 (いや、いいんじゃよ。でももうちょっと、こう、恋愛要素での嬉しいの意味合いが欲しいというか····う〜む。まあ、この娘はこういう娘じゃったな)  あの時の様子から考えて、そういう方向に向かうのは期待薄といってもいいだろう。少陰は起き上がってぐっと伸びをする。あんなことがあったが、ふたりとも前を向いている。強く生きている。 「うんうん、楽しみだね! 私も竜虎殿と手合わせしたいなっ」 「まだ逢えるとは決まっていない。けれども、仙術大会は他の一族の術士たちと全力で競い合う、唯一の機会。実力を試せる場所。そういう意味では、私も楽しみだな、」  その表情は無に近いが、月のように冴え冴えとした灰色の瞳の中に、珍しくキラキラと光が瞬いているように見える。朎明(りょうめい)椿明(ちゅんめい)の頭に右手をのせて同意するように頷いた。  右目の下にある小さな黒子(ほくろ)が特徴的で、手足が長くすらりとしていて背も高い。秀麗だがどこか冷淡そうな顔立ちは母親似だろう。  左右ひと房ずつをそれぞれ編み込み、後ろで残りの髪の毛と一緒にひとつに纏めたところに、紫色の小さな花がふたつ付いた簪で飾られている薄茶色の髪の毛。    十六歳の朎明(りょうめい)は、同じ年頃の少女たちと比べるとかなり落ち着いており、少し変わっている。 「母上も気を遣ってくれたのたろう。私がいつまでも姉上のことを引きずっているから。他の者たちではなく椿明(ちゅんめい)だけを同行させるのも、そういう理由からだろう」 「だったら、余計に楽しまないと!」  朎明(りょうめい)の手を取って、椿明(ちゅんめい)は満面の笑みで見上げてくる。そんな眩しい笑顔に、朎明(りょうめい)は思わず目を瞑りそうになった。ふたりだけになってしまった姉妹。それでも前を向いて歩くしかない。 「休憩は終わりだ。さ、始めようか」 「うん! 全力でいっくよ~っ」  絶対に忘れることなどない。  あの優しい笑みを。ぬくもりを。声を。香りを。  自分たちには強くて素敵な、自慢の姉がいたという事実を。

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