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3-7 雪家の双子

 碧水(へきすい)。白群の邸内。  白群(びゃくぐん)の一族は少し特殊で、宗家である直系の(はく)家とそこから分かれた分家が三家存在する。(せつ)家、()家、()家の三家で、それぞれ操れる水の力が違っていた。  白家は宗家なのですべてを司る力を持ち、他の三家はそれぞれ使える力が限られている。その中でも氷を司る能力を持つ雪家の出である双子の雪鈴(せつれい)雪陽(せつよう)は、とある事情から白家の護衛として本邸に住み込みをしていた。  雪鈴は穏やかでいつも優し気な雰囲気の美しい少年だが、細身なのに武芸全般に優れており師範という地位にある。十五歳という若さで白笶(びゃくや)の代わりに他の術士たちの修練をみているしっかり者。一見大人しそうであるが、生の南瓜を片手包丁で真っ二つにできる腕力の持ち主でもある。  弟の雪陽は秀麗で大人っぽい顔立ちをしていて兄の雪鈴よりも背が高く、体格的にも武芸に優れてそうだが実はさっぱりで、符術や陣の方が得意。凛々しく涼し気な双眸で、感情があまり表に出ない。一見、ぼんやりとしているようにみえても周囲をちゃんと観察しており、気の利くしっかりした少年だ。  ふたりとも頭の天辺で長い黒髪を白い髪紐で丁寧に結っており、背に白群の家紋である蓮の紋様が入った白い衣を纏っている。青い瞳や髪形、纏う衣はまったく一緒だが、性格も含めてあまり似ていない双子だった。 「ということで、今回の仙術大会は君たちふたりに行ってもらう。私も行きたいのは山々だけど、同じ頃に白笶が金華(きんか)に到着するようだから、彼の言うことをよく聞いて、白群の血に恥じないように行動するんだよ? まあ、君たちには無用な心配だけどね。ほら、次期宗主として一応それっぽいこと言わないといけないから、」  本人の言うように次期宗主である白冰(はくひょう)は、最後の方はこそこそと囁くように弁解していた。まあ、弟子たちの前だから仕方ないことだろう。今は本殿の広間に皆が集められ、決起集会のようなものを行っていた。  もともと白群の術士たちは仕事熱心で真面目な為、ほとんどの者が外に出払っている。  残っているのはまだ術士見習いの若い少年たちばかり。そんな中、後ろには宗主である白漣(はくれん)麗寧(れいねい)夫人が控えており、ある程度の威厳のある言葉が必要だったのだろう。  いつもの飄々とした雰囲気そのままに、にこやかにそんなことを言っている時点で、威厳という二文字はすでに背後で崩れ落ちてしまっているが····。 「雪鈴、雪陽、それぞれの分野に優れているお前たちなら、良い結果を残せるだろう。期待してはいるが、あまり気負いすることのないよう、万全な状態で大会に挑むといい」  五大一族の中でも一番の年長者である白漣は、低い声とその威厳のある表情とは真逆の柔らかい口調でそう言った。雪鈴と雪陽は同時に拱手礼をし、頭を下げた。 「お言葉、感謝します」 「精一杯、頑張りまーす」  やる気の有無がわからないような返事をした雪陽を苦笑いしながら、雪鈴はすみません、と宗主と白冰に謝った。  いつものことなのでふたりは笑みを浮かべていて、特になんとも思っていないようだ。 「雪鈴、雪陽。これを無明ちゃんに届けて欲しいのだけど、頼めるかしら?」  宗主の夫人で白冰の母である麗寧夫人が、雪鈴の手に可愛らしい花の刺繍が入った手縫いの袋を握らせた。雪鈴は首を傾げてそれを受け取るが、特に詮索はせずに、わかりました、と頷いた。  夫人は嬉しそうに笑みを浮かべて、そのまま宗主の横へと戻って行く。少し重みのあるその袋の中身がなにかは、わからないまま。 「ふたりとも、頑張ってきてね!」  それには若い術士たち含め、宗主も白冰も大きく頷いた。  翌日、ふたりは少ない荷物を背負い、碧水の地を後にした。 ******  中央に位置する紅鏡(こうきょう)からみて碧水は北側。金華へはそのまま南東に進む。ふたりは金華の地へ行くのは二度目で、前回は白笶が出場した三年前。白冰と共に付き添いとしてついて行き、観戦させてもらったのが最後だ。  白群が仙術大会に参加するのは実に三年ぶりで、白家以外で出場するのは初めてらしい。白冰も白笶も一度優勝して以降参戦していないにも関わらず、ふたりは五大一族の格付けの中で一位と二位の座を独占したままなのであった。 「ふたりだけで旅をするの、初めてだね」  夏と秋の間くらいの季節。心地よい風が頬を撫で、空は快晴だった。 「うん。雪鈴なんだか楽しそう」 「そう? でもそうかもね。自分より強いひとたちが大勢集まってて、そのひとたちと手合わせができるなんてすごく良い経験になると思うよ。それに、」 「清婉(せいえん)殿に逢える」  普段はあまり表情の変わらない雪陽が少しだけ笑った。自分たちにとって、すごく大切なひと。まだあれから数ヶ月しか経っていないのに、随分と時間が経っているような感覚だった。  清婉は竜虎たちの従者で術士ではないが、雪鈴も雪陽も、彼にまた逢えるということ自体が、金華の地に赴く楽しみのひとつになっていた。 「うん。時間があったら、また一緒に買い物したり料理したりしたいね」 「ってか、時間作って絶対にする」 「ふふ。そうだね。でも清婉殿の予定もあるだろうし、我が儘を言っては駄目だよ?」 「わかった」  素直に頷く雪陽を見上げ、雪鈴は口元に小さく笑みを浮かべる。本当は、我が儘を言ってでも一緒にいたいとも思う。  もちろん、そんなことは許されないだろう。彼はあくまでも金虎の一族の従者で、勝手は許されない立場だ。その直接の主は無明だと聞いている。 「無明殿があの神子だったなんて、びっくり」  白冰が邸を出る直前にふたりだけに告げたこと。この際だから、と教えてくれたのだ。  そうなると、自分たちは次に逢った時にどう接すればいいのかものすごく迷う。白冰はそれも察してくれたのか、 「確かにあの子は神子だけど、本人が今まで通りでいいって言ってるから、その望みを叶えてあげてくれる?」  と言っていた。  あのひとがそう言うのなら、そうなのだろう。 「なんだか不思議な縁だよね」  金虎(きんこ)のちょっとあれ(・・)な第四公子と名高い無明が、公の場に呼ばれることはないと噂で聞いていた。それがあの特別な四神奉納祭で乱入してきた時には、あの場にいた全員が唖然としていた。  だが奉納舞が始まった時、その場の空気が一瞬で変わったのを肌で感じた。 「あの時からきっと、始まっていたのかも」 「うん、」  白冰がもうひとつ言っていたことがある。 「いいかい。今回の仙術大会はなにかいつもと違うことが起こる気がする。そうなった時にどう行動するかが、重要だよ? どんな些細なことも見逃さないこと。君たちふたりなら、きっと大丈夫」  いつもと違うこと、とはなんなのか。  なぜ白冰はそんなことを言ったのか。  期待と不安が入り混じる中、ふたりは金華の地へと向かう。  ふたりなら大丈夫。  そうやって今まで生きてきた。だからなにが起こっても、きっとふたりで乗り越えられる。  そう、信じて。

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