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3-17 金眼の鬼子
「こ、これはこれは、この子がなにか失礼でもしましたか?」
幼子を宵藍 から無理やり引きはがして、店主は苦笑いを浮かべていた。黎明 はそこで確信する。
宿でのあの気配は、この子どもだったのだと。確かに客ではないのだろう。店主は嘘はついていなかった。隠すように宿の中へ幼子を促して、ふたりから、というよりは外から遠ざけるようだった。
「あの子は店主のお孫さん?」
違うと解っているが、あえて知らないふりをして訊ねる。
「詳しい事は中でお話ししますゆえ····、」
年老いた店主は、どうぞ入ってくださいとふたりを促す。中に入り蠟燭に灯りを燈し、一階の食事処として使われている場所の一角に座らせる。
しばし席を外して茶を用意し、奥から再び現れた店主はゆっくりと席についた。そしてふたりの前に茶を置き、疲れたような表情で話し出す。
「この子は、ひと月ほど前にこの村にやって来た子でして。どこから来たのか、今までなにをしていたのか、まったくわからないのです。言葉は理解しているようですがひと言もしゃべらないし、幼子なので当然文字も書けません····」
村の者たちも最初は同情で食べ物を与えたりしていたが、怪異が起こるようになってから態度が一変したのだという。
「今まで人が死ぬような怪異など、数えるくらいしか起こったことがなかったので、この子が呼び寄せたんじゃないかと手をあげるように····」
店主はそんな幼子を不憫に思い、この数日宿に匿っていたらしい。あまり小ぎれいにすると村人たちになにを言われるか解らないため、最小限にして食べ物だけ与えていた。
「まさかあなた方について行っているとは思いもしなかったので····先ほどは失礼しました」
店主の横で大人しくしている幼子は、じっと宵藍を見つめて、目が合うと俯いてを繰り返していた。
「かまいません。あなたのような方がいてくれて良かった」
村人たちを責めることはできないが、決して褒められることではない。
「私たちはもう少し外を回ってみます。その前に、少し伺いたいことが、」
宵藍は店主にあることを訊ねる。店主が先ほど口にしたことについて、確認したいことがあった。
「この村で人が亡くなった怪異について、」
人が死ぬような怪異は数えるくらいしかないと、店主は言った。つまりまったくないわけではなく、過去に何度かあったということ。
村全体に結界を張ったので、外からの侵入はないだろう。だがもし内側に原因があれば、それは無意味になる。その場合の対策も一応しておいたが、そちらが発動しないことを祈りたい。
店主は少し間をおいて、話し始める。
「この村の外れに、半年前まで住んでいた若い夫婦がおりまして。その夫がある日行方知れずになり、その三日後に村の近くにある竹林で死体が見つかりました。その死体は首だけの状態で、身体はどこを捜しても見つからず。結局、妖者か妖鬼の仕業だったのだろうと判断されました。その後は特に誰かが被害に遭うということもなかったため、姮娥 の術士様たちにわざわざ来てもらうこともないだろうという話になったのです。ですが····、」
はあ、と憂鬱そうに話の続きを濁す。
「夫があんな死に方をして、女は毎日気が触れたように村中を叫びながら歩き回っていたのですが、ひと月後にとうとう同じ竹林で首を吊ってしまったんです。その時の女の顔は、苦しみに満ちた顔というよりも、誰かを呪いながら死んでいったかのような、恐ろしい顔をしていた、と」
宵藍と黎明は、お互いに顔を見合わせる。
「その女 の遺体は、どうしました?」
「不憫に思った村の若い衆が墓を掘って埋めたと聞きます」
「墓はどこにある?」
聞いてどうするつもりなのかという顔で、黎明を怪訝そうに見る。だが宵藍と違い、愛想もなく、むしろ怖い印象を与える無表情の黎明に圧を感じたのか、店主は目を伏せながら答える。
「村から西に少し歩いた所にあります。まさか、墓を暴いたりはしないですよね?」
「時と場合による」
今回の件と関係があれば、それをせざるを得なくなる。死体があるかどうかを確かめる必要があるからだ。
「では私たちは今からそこに行ってきます。店主は気にせずにもう休んでください」
「いや、しかし····おふたりが村を離れている間になにかあったら、」
不安そうに店主は幼子の方を見るが、幼子はまったく気にしていない様子で、ただじっと宵藍の方を飽きもせずに見つめていた。
「外からも内からも色々仕掛けをしておいたので、大丈夫です。なにかあればこの地の四神、白虎 がこの村を守ります」
「白虎様は······確かにこの地の守護聖獣ですが、」
聖獣がこの村を守るというのは、話が大きすぎると店主は苦笑いを浮かべる。しかし目の前の少女のような少年が嘘を言っているようには見えず、ますます疑問符が浮かぶ。
「ただ、外には出ないでください。私たちは朝まで戻りませんので、もし夜中に扉を叩く音がしても、決して開けないでください」
わ、わかりましたと、店主は大きく頷く。幼子はわかっているのかいないのか、立ち上がった宵藍をただ見上げていた。
「君も、大人しくしていること。戻ったら一緒に遊ぼうね?」
よしよしと頭を撫でられ、嬉しそうに幼子は眼を輝かせている。そんな様子を遠目で眺めながら、黎明はあの金眼のことを考えていた。
金眼を持つ者がどういう存在か、術士ならば誰でも知っている。
(金眼は、半妖の証。人と妖鬼の血を持つ者)
半妖の赤子は生まれた時に殺されるため、実物を見たことがある者はほとんどいないだろう。
もし生きて存在していたとしても、親はその子を隠し、外に出すことはない。その存在は確かに陰を呼び寄せる。
ふたりは再び宿を出て、西へと向かった。
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