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3-21 君はずるい ※
背中を預けるように膝の上に乗って、触れあう熱に心ごと絆されているような気持ちになる。誰かのモノではなく、確かに彼のモノだと自覚する。
束縛の中でひとであることを思い出せた。首筋に唇が触れてくる。ゆっくりと吸い付くような口づけは、背中の肩甲骨の左上あたりに咲く、赤紫色の花びらのような紋様に辿り着く。それは神子である証。五枚の花びらは四神と黄龍 との契約の印。白い肌に浮かぶその印はとても目立つ。
結われた髪の毛のせいで項が露わになっていて、いつも以上に艶っぽさを感じさせる。湯につかっているせいか、それとも先ほどまでの情事のせいか、ほんのりと色づいている肌が愛おしい。
「くすぐったいよ、」
今度は耳の後ろや髪の毛にまで口づけをしてくる黎明 に、もぞもぞと身体を捩らせて思わず反応してしまう。まだ解放するつもりはないらしく後ろから抱かれたまま。そろそろ上がらないとのぼせてしまいそうだ。
「君を独占できるのは、今だけ····だから」
当分はこんな風にふたりだけの時間は無くなってしまうだろう。たくさん痕を付けて、見るたびに今日のことを思い出すように。
「もう少しだけ、このままでいさせて」
頬をすり寄せて耳元で囁く。低い声は耳を通って身体の中に振動するように響いて。その心地好さに浮かれ、宵藍 はゆっくりと頷いた。
しばらくして色づいた白い肌に咲くたくさんの痕に満足し、黎明は最後に正面を向かせてもう一度強く抱きしめた。触れ合う身体に熱が混ざり合う。黎明は見た目は細身だが、程よく筋肉が付いていて男から見ても美しいのだ。
「君はずるい」
胸の真ん中に指先だけ触れて、つぅと上になぞる。そのまま頬に手を伸ばして、むぅと頬を膨らませて見せる。
なにが? と首を傾げ、黎明は頬に触れられたその手を取り、指にそっと口づけた。
「そういうところだよ、」
「君にしかしないが?」
よくわかっていない様子で困った顔をする黎明に、宵藍は誤魔化すように苦笑した。
「もうじゅうぶん。こんなにいっぱい痕も付いたし、これ以上はさすがに身が持たないよ」
「すまない····無理をさせた」
「ふふ。いっぱい楽しめたねっ」
腕にしがみついて無邪気な子どものように見上げてくる表情は、本当に楽しそうだったので、黎明は安堵する。
温泉から出た後、少し遅い朝餉を食べ、幼子と一緒に宿の部屋へと戻った。夜通し動いていたので、今から昼過ぎくらいまで眠るのだ。三人はいつの間にか幼子を真ん中にして、同じ寝床で眠っていた。
まるで本当の家族みたいに。
********
先に目を覚ましたのは黎明だった。横を見れば、幼子が宵藍に抱きついて眠っていた。
小さな身体を丸めて離れないようにしがみついているその姿に、思うところがあった。身体を起こして布団を几帳面に整える。
この出会いは、偶然だったのか。それとも。
(今更、放っておくこともできない、か。いずれにしても····、)
宵藍の頬に右手を伸ばしてそっと撫でる。額にかかった前髪を横に流して、それから横を向いて眠っている幼子の頭を撫でた。
「······もうちょっと、眠っていても····いい?」
「ああ。かまわない。どちらにしても出立は明日の朝だ。雪が降って来たからしっかり準備をしてからの方がいい」
そうだね、と微睡 んだ表情で頷く。雪も理由の一つだが、宵藍をじゅうぶんに休ませたいというのが本音でもあった。
それから一刻ほど経ち、のろのろと宵藍が起きる。そのずっと前に起きていた幼子が、傍で飽きもせずに寝顔を見つめていた。黎明はそんな幼子を横目で気にしながら、旅の支度を完了させる。
「······私の顔に、なにかついてる?」
じっと見下ろしてくる幼子の頬をぷにぷにと軽くつつきながら、困ったような笑みを浮かべた。身体を起こし、先の方が少しうねっている長い髪の毛をすきながら、約束を思い出す。
「君の髪の毛も綺麗にしてあげないとね」
疎らな長さの髪の毛をすいて、また眼を隠してしまう前髪を分ける。
「鋏は借りてきている」
「さすが黎明」
宵藍に任せると可哀想なことになりかねないことを知っている黎明は、鋏を渡すことはしない。しかし自分だけではこの幼子が言うことを聞かないことも自覚している。なので準備だけはしておいて、起きるのを待っていたのだ。
自分の身支度を整えて、よし、と宵藍は幼子を広げた布の上に座らせる。
「黎明は器用で、私もいつも整えてもらってるんだよ? 君も素敵な髪形にしてもらって」
不服そうな顔で黎明を見上げてくる幼子だったが、やはり宵藍の言うことには従うようだ。慣れた手つきで鋏を入れ、疎らだった髪の毛は見事に整えられる。
「私が結ってもいい?」
自分の持ち物から赤い紐を取り出して、見上げてくる宵藍に、無表情のまま黎明は「好きにするといい」と呟く。
神子と華守 として出会った時、最初の仕事が髪を結う事だったのを思い出す。光架 の里を出た時は、いつも身の回りの世話をしてくれていた従者がしてくれたそうで、ひとりで髪を結ったことがなかったらしい。
前の神子の時も、その前もずっと、華守にしてもらっていたと言っていた。あとは後ろの少し長い髪の毛を纏めて結うだけだったので、大丈夫だろうと思ったのだ。
宵藍は器用とは言えない手つきで紐を括り、最後に蝶の形に結んでよしと満足そうに笑った。
「どう? 上手にできたかな?」
「問題ない」
仕上がりを確認し、黎明は頷く。同じ時間の中で黎明は宵藍の髪を結っていた。左右ひと房だけをそれぞれ赤い紐と一緒に結い、それをさらにひとつに後ろで括る。かなり手間のかかる結い方だが、もう何年もやっているので慣れたものだった。
「そうだ、一番大事なことを忘れてた!」
ぱんと両手を叩いて宵藍は幼子の顔を覗き込む。その唐突な行動に、幼子はびっくりしたように肩を揺らした。
「君の名前!」
宵藍の提案で、黎明もいくつか名前の候補を考えさせられるはめに。どの名前を誰が提案したかは伏せて幼子に選んでもらおうという事らしい。
仕方なく思い付いた名前を二つほど提案し、字は宵藍が書いた。自分のものが間違っても選ばれないようにと無の境地でその状況を見守る黎明とは逆に、宵藍は緊張の面持ちであった。
四枚の紙に書かれた名前は『玉永 』『海瑠 』『逢魔 』『游莉 』であったが、幼子はじっと真剣にその名前たちを見つめている。
そしてついにその小さな手が一枚の紙に伸びた。
「本当に、それにするのか?」
思わず黎明は訊ねる。違う名前の方がいいのでは? という意味での確認だった。なぜならそれは、自分が書いたものだったから。
横を見れば、宵藍ががっくりと肩を落としてあからさまに落ち込んでいる姿が····。しかし幼子はその紙を片手で持ち、こちらに向けて強気で「これ!」と言わんばかりに突き付けてくる。
「うぅ····君が気に入ったのなら良かったよ、」
顔を上げて、うんうんと頷く。ちなみに宵藍が考えたのは『海瑠』と『游莉』であった。
「君の名前は今日から逢魔だよ」
「····お、う、ま?」
ふたりは思わず顔を見合わせる。今、確かに、幼子もとい、逢魔の口から奏でられた音。
それは、まだ舌足らずな可愛らしい声だった。
「うん、そうだよ。君は逢魔。私は宵藍で、こっちが黎明」
「····しょ、らん·······れ、めい」
「そうそう。これからいっぱいお話ししようねっ」
よしよしと頭を撫でて、本当に嬉しそうに微笑む宵藍を横で静かに見つめる黎明は、珍しく口元が緩んで見えた。
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