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3-30 ぬくもりに抱かれて
扉の前に佇む無明 の表情を目にした時、永遠の輪廻を施す禁呪の儀式の際に宵藍 が見せた表情と重なった。
『だから、君をひとりにはさせない。永遠に、君の傍にいる』
黎明として、宵藍に誓った言葉。
『うん····ありがとう、黎明』
宵藍はそう言って、泣き出しそうな表情の上に笑みを浮かべたのだ。無明のそれはあの時の宵藍とまったく同じだった。
その後、晦冥崗 で邪神に意識を乗っ取られた闇神 の手によって倒れたことで、その誓いは果たすことが叶わなかった。結局、宵藍の魂は邪神を封じ続けるために、ひとり永い眠りにつくこととなる。
あの時統合された神子の魂は五百十数年以上眠り続け、やがて新たな神子が生まれた。痴れ者の第四公子として意図的に隠されていたこともあり、公の場に姿を見せなかったことで噂話だけがひとり歩きをしていた。
だから、あれは運命だったのだ。
桜の木の下で、その姿を目にした時に感じたもの。
無意識に手放したくないと思ったのは、間違いではなかった。
晦冥崗でその身体を抱き上げた時、胸の奥底で感じたざわめき。
それはすぐに確信に変わる。
やっと見つけた。
やっと出逢えた。
もう二度と離さない。
けれども。神子としての記憶のない無明が、神子としてこの地のために生きる意味はあるのだろうか? 宵藍は神子であるが故にその運命を受け入れ、自身を犠牲にしていた。死んでもまた神子として続いていく人生だから、と無茶ばかりしていた気がする。
無明には神子としてではなく、彼自身として平穏に生きていく道も選択できるのではないだろうか。友として傍にいることが許されるのなら、それでも良いのではないか? これ以上を望む必要があるのだろうか?
疑問と迷いばかりが生まれた。
「白笶······? 大丈夫?」
長い口づけの後、無言で抱きしめていたせいだろう。無明が心配そうに訊ねてくる。なにか言葉を紡ごうとしたが、上手く言葉にできなかった。伝えたい言葉はたくさんある。伝えていない言葉も。こうやって触れているだけでじゅうぶん満たされる想い。ここに、いる。目の前に存在している。それだけでどんなに幸福なことかを、永い輪廻の中で思い知ったのだ。
君がいない。
どこにも感じられない。
触れられない。
でも今は、確かにここにいる。
「ごめんなさい····俺ね、宵藍と黎明の、その······色々と、見ちゃって、」
白笶の胸に顔を埋めたまま、もごもごと無明が口ごもる。光架の民が記録してきた膨大な『記憶の核』から、特定の『記録の玉 』を取り出せる神子。先程の会話から、黎明として宵藍と過ごした時間を見たのだろう。
抱きしめいていた身体をそっと放し、俯いたままの無明を見つめる。頬がほんのりと赤く染まっていて、それが先程までの行為によるものだとわかると愛しさが増した。無明の細い両腕に触れたままの指先に力が入る。
「ふたりが出会った時から、永遠の輪廻の儀式の途中まで····見たよ? 本来の目的は、その永遠の輪廻の呪いを解く方法を知るためだったんだけど······でも、そんなものはないってわかって」
あれは魂の契約だから、破棄するためには自身で命を絶つしか方法はない。その代償は無。二度と魂が輪廻することはないし、生まれ変わることもない。そんな選択肢を選ぶ時があるとしたら、神子が目覚めることのない永遠の眠りにつく時だろう。
「黎明がどれだけ宵藍を想っていたのかってことも、わかって。白笶はずっと、俺は俺のままでいいって····生まれ変わっても傍にいてくれるって······それって宵藍に対しての"好き"と同じ意味の好き、で合ってる?」
それはずっと、そういう意味で言っているつもりだった。でなければ口づけなどしないし、触れることもしないだろう。逆に、無明はその行為をされている時になにを考えていたのだろうか。何度か唇を重ねているが伝わっていなかったのだろうか。
白笶は表情にはまったく出ていなかったがかなり困惑していた。確かに無明は、たまにこんな風になることがある。わかっているようでわかっていない。宵藍はわかっていていつも煽ってきたが、無明は無自覚でこういうことを言うのだ。そしてこの後、その無自覚の煽りの最終形態を白笶は思い知ることとなる。
「えっと、ね····なにが言いたいかっていうと······おんなじ意味の"好き"なのに、黎明の時に宵藍にしてたこと、俺にはしてくれないの?」
首を傾げて見上げできた翡翠の大きな瞳は潤んでいて、自分がなにを言っているのかを本当にわかっているのだろうかと、白笶は不安に思った。それはつまり、自分とは身体の関係を持たないのか、と言っているようなものなのだから。
固まったまま動かない白笶に、無明は頬を膨らませた。それが答えなのだとしたら、やっぱり宵藍とは違う"好き"ってこと? と、心の中で自分自身に問いかける。
「······それには、準備が必要だ」
「準備? 準備をすれば、できるの?」
「······お互いの気持ちが、大切だ」
「気持ち? 大好きって気持ちが大切?」
「······愛しいと想う、気持ちがないとできない」
「愛しい? って····ええっと、大好きってこと?」
白笶はじっと無明を見つめ、無言になる。無明はじっと白笶が口を開くのを待っていた。問いの答えを待つ子どもみたいに期待の眼差しで見つめられ、白笶は困り果ててしまう。
それは、あの時言葉にできなかった想い。
けれども、今の自分なら。
「······私は君が愛おしい。こうやって触れているとその気持ちはどんどん膨らんでいく。心臓の音がいつもよりもずっと大きくなる。言葉にすれば、さらに気持ちが溢れてくる。君はどう?」
右手で無明の頬に触れ、左腕を腰に回して引き寄せると、問いの答えを聞く間もなく再び唇を重ねた。触れ合った身体は衣を纏っているのに熱く、お互いの心臓の音が感じられた。激しい口づけは無明の深いところまで届いて、息をするのもままならない。艶めいた吐息が漏れ、それが自分のものだと知った時の恥ずかしさで眩暈がした。
(····俺、なんか、へん······苦しいのに、もっとして欲しいとか······こんなの、へん、だよね?)
それに、腹のあたりがむずむずする。
心臓がずっと、どくんどくんと波打っている感覚。
頭がぼうっとしてきて、顔が熱くて、身体がじんじんして。
抱き上げられたことにも気付かないくらい、夢中で唇を重ね続けた。
気付けば寝台の上で、白笶を見上げていた。白笶の灰色がかった青色の瞳の中には、自分だけが映っていて。なんだか幸せな気持ちになる。今だけは、自分だけを見てくれている。それだけで嬉しい。白笶が好きだ。大好き。彼を受け入れたいという気持ちが触れられる度に強くなる。
誰でもない、自分にだけ向けられた強い想い。
負けないくらい、自分も白笶のことを想っている。
(こんな気持ちになるのは、白笶にだけだよ····)
これが愛おしい、という気持ちなのかもしれない。
衣の隙き間から直接肌に触れてきた指先は、ひんやりとして気持ちよかった。
長い夜をふたりで過ごし、お互いに触れ合う肌の温度はいつの間にか熱くなって、今まで感じたことのない感覚に酔いしれた。痛みも、その先の快楽も、ぜんぶ。はじめての経験だった。ぬくもりを求めて甘えるように、無明は細身だが逞しい白笶の身体に抱きつく。
(····この先、俺がやろうとしていることを知ったら、白笶はなんて言うかな····やっぱり、いつもみたいに好きにやらせてくれる、かな)
金華 でなにが起こるか、想像はつく。
"もうひとつの知りたいこと"の答えも、知ってしまったから。
(あのひと は頭の良いひとだから、きっと気付いてくれるよね?)
不安は、ある。
玉兎 の時のようになりかねない作戦だからだ。これは賭けでもある。ほんの僅かな希望。あのひとがしようとしていることは、そういう類のものだから。
(これで終わらせる······それが、俺が俺である意味だって、わかったから)
これが最初で最後の交わりになるかもしれない。それでも、いい。今、この瞬間だけは、すべてを忘れて余韻に浸ろう。白笶と生きていくと決めた。そのためにも、やらなくてはならない。やり遂げないといけない。
大好きなひとたちの"今"を、守るために――――。
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第三章 光架 ~了~
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