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3-29 わかっていたのに

 最初に出会ったのは、約三年前。  あの桜の木の下だった。  風で飛ばされた髪紐を白笶(びゃくや)が取ってくれたのだが、どうしてかなかなか返してくれなくて。桜の化身のことを知ってて。それから、彼女が見えているのか? と驚いた顔をしてそう訊ねてきた。名前を聞く間もなく、捜しに来た竜虎(りゅうこ)に連れて行かれる時に、やっと髪紐を返してくれたのだ。  でもその出来事はすっかり忘れてしまっていて。次に出会ったのは晦冥崗(かいめいこう)。目を覚ました時にはぜんぶ終わっていた。あの時。意識が薄れていく中、聞こえてきた声。優しい声。心地の好いその声に、懐かしさを覚えた。  四神奉納祭。なにも聞かずに助けてくれた。それから、紅鏡(こうきょう)の市井を一緒に見て回って。色々あって旅に出ることになり、白群(びゃくぐん)のひとたちと碧水(へきすい)に。谷底で逢魔(おうま)に出会い、白鳴(はくめい)村で鬼蜘蛛に連れ去られて、白笶が怪我をして。傷を治すために口移しで····ってこれは今思えば恥ずかしいことをしていた気がする。  碧水に着いてからは白群のひとたちや白冰(はくひょう)麗寧(れいねい)と関わって、たくさん遊んでもらった。四神のひとり太陰(たいいん)に出会い、神子の記憶を見た。自分が何者であるかを知り、自覚したのもこの時だったと思う。烏哭(うこく)の襲撃。玄武との契約。  それから、白笶のことが好きなのだと気付いた。白冰に言われたことを実践したらなぜか押し倒された。そのまま流れで口づけをして····って、これはちょっと思い出すだけでどきどきする。  玉兎(ぎょくと)ではたくさん白笶を傷付けた。操られていたとはいえ、もう二度とあんなことが起こらないようにしなきゃって思った。悲しいことばかりだったけど、神子の記憶の中で過去の出来事を知った。かつて晦冥崗(かいめいこう)で起こった大戦の真実。邪神の存在。始まりの神子のこと。逢魔や黎明、宵藍のこと。  夢の中で白笶との出会いを思い出せた。桜の木の下で出会っていたこと。言葉を交わしたこと。あの時から、いや、そのずっとずっと前から捜してくれていたことも。永遠の輪廻という呪いをその身に受けたまま、何度も生まれ変わっては捜し続けてくれていたことを知った。祈りの燈の下で、言ってくれたこと。すごく嬉しかった。  朱雀との契約。やりたいようにやらせてくれたけど、本当はどう思っていたのだろう。蓉緋(ゆうひ)の願いの手伝いをすると決めた時、白笶は多くを語らなかった。花嫁衣裳を褒めてくれて。零してしまった弱音を受け止めてくれた。何度生まれ変わっても、見つけてくれるって。永遠に傍にいてくれるって。白笶は言ってくれた。  でも本当に、それでいいのだろうか?  白笶としての幸せを考えていないんじゃないかって。俺のためにぜんぶ捨てて、諦めてしまっているんじゃないかって。だから、呪いを解く方法を知ろうと思った。光架(こうか)の民の記録の中に、その答えがあるんじゃないかって。  けど、わかってしまった。  黎明だった時の決意。誓い。願い。それはぜんぶ、誰のものでもない彼自身のものだった。勝手な思い込みで否定していいものではなかった。それくらい強い想いが彼にはあったのに。 「白笶の願いも、黎明の想いも、ぜんぶ····俺じゃなくて宵藍のものだって思ってた。だから、ずっと引っかかってて。永遠の輪廻なんて呪いがなければ、白笶は自由に生きられるんじゃないかって。だから、それを解く方法をさがすために過去の記憶に触れたんだ」  正直、途中から宵藍に嫉妬していた気がする。黎明のことは知らないけど、そこに白笶を重ねてしまえば、その言葉も行為も自分へのものではないと思い知る。あんな風に愛されていた宵藍に対して、どうしてあの選択しか浮かばなかったのかを責めたくもなった。でもあの選択を選んだからこそ、今の自分が存在しているということも事実。 「でもね、そんな方法は最初からなかったんだ。受け入れた時点で覚悟が決まっていたってことも。神子に強制されたんじゃなくて、白笶が自分で決めたことだって。俺のこと、誰よりも大切に想ってくれてるって······わかってたのにね、」  逢魔のこともそうだ。  我が子のように育てて、愛して、でも結局ひとりにしてしまったこと。宵藍は後悔していたと思う。約束で縛って、希望を捨てないように。いつかの再会を誓って。  でも実際、神子としての記憶がない俺をどう思っていたのだろう。知らないうちに傷付けていたかもしれないと思うと、なんだか怖かった。 「逢魔のことも知ったよ? だから、逢魔がどれだけ俺のことを慕ってくれているのかも、わかった。俺は君を生んだ始まりの神子でも、君を育てた宵藍でもないけど、それでもかまわない?」  白笶も逢魔も、勝手に過去を覗き見たことをどう思っているだろう。知られたくないこともあったかもしれない。今なら、共有できることがたくさんあるのに、なにから話したらいいかわからない。  気付いたら逢魔が目の前に立っていた。 「当たり前でしょ? だって無明もあのひとも俺の大切なひとに変わりはないんだから」  頬をつたう涙を両手で包むようにして拭われる。金眼がこちらをじっと見つめ、にっと口元にいつもの笑みが浮かぶ。同時に頬に触れていた両手が離れ、小さな子どもをあやすように頭を撫でられた。 「うん、それじゃあ邪魔者はしばらくいなくなるから、ゆっくりふたりで話すといいよ。領域結界もなんなら展開しとく。誰にも聞こえないし見えないから、いくらでもいちゃいちゃしてくれてかまわないからね?」 「それは聞き捨てならんが、まあ聞かなかったことにしよう」  言って、逢魔と栄藍は扉からそそくさと出て行ってしまった。しん、と静まり返った邸の中で。ゆっくりと近づいてきた白笶が、なにか言いたげにこちらをじっと見下ろしてくる。 「······白笶、俺」  言葉の続きを紡ぐ前にその唇は塞がれ、力強く抱きしめられていた。

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