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囚われの身

 昔、とある国に隷女(れいじょ)と呼ばれる身分の人がいた。貴族や庶民などの一般的な身分より低く、二十代にも満たない少女が多くを占めている。その大半は親なしの子だ。  隷女とはいわゆる高貴な紳士達に売買される、身分の低い地位。彼女らは商人に導かれるまま壇上に上がり、泣いてるのも気にせず仮面を纏う紳士達は高額な値段を主張する。そして一番高いお金を割り振った人に売られるという、今では考えられない程恐ろしい仕組みが成り立っていた。  しかし例外もいくつか存在し、今回はそちらの例を一つ上げよう。  去年のじとっとした湿気が漂う、夏の初め頃。他国との貿易が盛んな王都ワグノフで、人身売買されているというヤバい情報を耳にした。なんでもその王都にある国王が住んでいるダグラス城の地下が会場とのこと。国王の権力により密告することも出来ず、警察官はこの状況を無視していた。  地下という密室であり、商人がいっぱいいるため、逃げることはほぼ不可能。逃げようとすればその場で捕まり、売られるだけの運命を辿る。  ただ例外として売られたわけではなく、その人の意志で連れて行く貴族もいるらしい。その男が持ち帰ったのはアークという少年。かわいらしい容姿から女に間違えられて捕われた、哀れな子羊だ。彼もまた少女達と同じく、親なしの子供である。  彼の両親がなぜいないのかと聞かれれば、真っ先にこう答えるだろう。「お金に関するトラブルに巻き込まれて死亡した」と。しかし自身は詳しく話を聞いていないため、細かいことなど到底分かるまい。  それを聞いた彼は、目からポロポロと大粒の涙をこぼした。両親と離れた事実を、受け入れられなかったのだろう。  この時のアークは14歳になったばかり。父と母はお金を稼ぐのに精一杯で、彼の相手をする暇もなかった。故に、親戚や知り合いなどは教えてもらえなかった。  彼は頼れる人を無くし、日の当たらない路地裏で一人、俯いたまま死ぬのを待っていた。 「ここに子供がいるぞ!」  甲高い叫び声が聞こえて顔を上げると、見知らぬ男が二、三人立っていた。学がなく何も知らない純粋なアークは頼れる人が来たんだと錯覚し、にっこり笑みを浮かべる。 「僕のこと、雇ってくれるの?」と一人の男に尋ねれば、真ん中に立っている大男がしゃしゃり出てきた。 「テメェ、何歳だ?」 「14歳」 「こんな夕方に子供が一人だと危なねぇぞ。もし親がいないなら、俺の部屋にでも来るか?」 「ほ、本当に連れていってくれるの?行く!行きたい!」 「こっちだ。着いてこい」  大男の後をついていくと、いきなり後ろから襲われ身動きが取れなくなる。  自分が何をされるのか知った彼は、逃げようと抵抗する。しかし手足をバタつかせても、力の強い大人の男たちに叶うはずはない。ボサボサの白髪を引っ張られて、痛みが伴う。 「やめてよ!誰か助け……」  叫び声をあげて助けを呼ぼうとするも失敗。あっけなく口に布を当てられ、だんだんと意識が遠のいていった。  気がつくとそこは、真っ暗な檻の中。アークは目を凝らして、辺り一面見渡す。  どうやら一人しか入れないらしく、彼以外誰もいない。耳の近くに手を当てて澄ませば、隣の檻から誰かのすすり泣く声が聞こえる。アーク以外にも売られる人がいるのだろうか?  とりあえず薄いシーツの被せてある簡素なベッドに腰かけ、はぁとため息をついた。お腹が空いているのか、ぐうっと鈍い音がこだまする。 「お腹すいた……父さん、母さん。どこにいるの?」  目に涙を浮かべて、優しかった父と母の顔を思い浮かべる。母の手料理がもう一度食べられるならどんなにいいか。  考えれば考えるほど、惨めになるだけだ。もう過去のことを思い出すのはやめよう。  アークは泣き疲れて腫れぼったくなった涙袋を擦った。どうやら冷たい空気が流れているようだ。顔全体がひんやりしている。しかも布で出来た服ともいえないものを着せられた彼は、とてもじゃないけど動くことができない。  小刻みに震えながら、薄いシーツの中に入った。下の生地は固く、寝ようとすれば背中やら肩やらあらゆる場所が痛くなってしまう。よく眠れる場所ではない。とはいえ、時間を潰すには最適だ。  何もすることなくじっとしていたら眠くなってしまう。両親を亡くしてから一睡も出来ていないことを思い出した。こんな場所で眠れば凍死してしまう可能性が高い。探し、理性より疲れの方が勝ってしまう。目を閉じて眠りについた。

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