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出会い
「おい!起きろ!」
いきなり冷たい水が降ってきて、ビクッと体が反応して目が覚めた。こんな真冬のような寒い季節に冷水をかけられるものだから、余計震えが止まらない。声が出ない。
全く動けないところを見計らい、男は人権を無視して無理やり起こす。そして腕に手錠をかけ、牢屋から一緒に出て行った。
アークの服と髪はびしょ濡れで、床を水浸しにしていく。途中人とすれ違ったが、皆彼のことを汚らしい異物を見る哀れな目をしていた。隷女には、良いイメージがないからである。
腕につけられた鎖を商人と思われる男に引っ張られ、鉄の扉の手前に立たされた。赤くて大きな扉は、彼を威圧しているようにドーンと聳え立っている。
「ここで待ってな」
男がやる気なさそうに声をかける。
彼はアークの返事を待つことなく、他の商人二人と話し始めた。内容はよく分からない。多分彼のことを話しているのだろう。聞いてて気分が良くなる訳ではないため、聞かぬふりをする。
「さあ、お嬢ちゃん。そろそろ時間だ。扉を開けるぜ」
「わ、わかった……」
戸惑いながらも頷く。しかし戸惑った理由は「お嬢ちゃん」と呼ばれたからじゃない。売られるという実態を受け入れられないから。
確かにお嬢ちゃんと呼ばれるのは気に食わないし、なんたって男だ。男がそんな呼ばれ方をするのは全くもって嬉しくない。でもそれよりも変な奴に買い取られて、躾けられる方がよっぽど最悪だ。死ぬかもしれないし。
そんなことを考えていたら扉が開き、商人の一人は腕の鎖を引っ張って前へ進んでいく。手首はひどく痛むけど、気にしちゃだめだ。
アークは無言のまま、彼の背後を歩いた。そしていざ壇上に上がると、色んな人から視線を浴びせられ泣きたい気分になってくる。
壇上を囲うように円状に座っている商人の視線や、オーケストラの観客席のような場所から仮面をつけた紳士たちが見下ろす視線。全てに耐えられず、足がガクガクと震え出す。涙袋に溜めていた涙が溢れてきた。
隣にいた司会が話し始める。
「では、最後の隷女ならぬ奴隷を紹介しましょう。彼の見た目は可愛らしい女の子。でも中身は男の子という天使のような見た目をしていて、価値がいつもより高いですよ。こんな奴隷はお見受けできませんよ。さあ、欲しい人は挙手」
その後たくさんの人たちがお金の値段を言って買おうとするが、それを遮るように一人の男の声がかかる。
するとあたりは、空気を読んでシーンと静まり返った。
「うるせぇ奴らだな」
茶髪の男が白い仮面をしたまま立ち上がり、壇上へ向かう。歩く姿はまるでモデルのようで、それを見たほとんどの人は口を開けたまま息を呑む。
彼から放たれるオーラは凄まじく、誰もが口を挟むことはなかった。
男の名はネテル・ダグラス。この館の主マースティの息子の弟である。
ダグラスの血が流れているのものは全員どこかおかしいことで有名だ。ダグラス家の主人は異常な女垂らしの悪魔崇拝者であり、彼の弟は過度なヤンデレ気質。妹はメンヘラだった。
マースティの息子の兄は極度なサディストで、弟は暴君として有名だった。
彼は気に入らないとすぐ怒り散らし、暴力に走る。そのせいか、ネテルに仕えるメイドは毎回毎回変わる。そのため、変わることのないメイドが欲しかったのだ。そこで隷女に目をつけた。
彼女らならば何をしても噂を広められることもないし、買って仕舞えば辞めさせることもできない。しかもアークは同性だから、話しやすいし気が楽である。
ネテルは仮面を剥がして、司会者の顔を見る。
「こいつは俺が買う」
「ネ、ネテル様……し、しかし……」
「おい、俺に反発する気か!」
彼は鬼のような形相で、司会者を睨みつける。手で握り拳を作っているのを見て、司会者は青ざめ震え上がった。
「い、いえ……滅相もございません。どうぞお買いください。えー、それでは本日の売買はこれにて終了となります。紳士の皆様、お帰りください」
仮面を被った観客たちは、不満を垂れ流しながら帰っていった。欲しかった人がいたようだが、この城の主人の息子が買うとなれば奪うことはできない。そんなことをしたら、ただでは済まされない。恐ろしい罰が待っているだろう。
アークは、青くて透き通っている瞳で男の顔を眺める。顔は整っていて、眉目秀麗。イケメンの類に入る。茶髪の髪はフサフサしていて、緑色の瞳は霞んで光がない。
この男に買われると思えば、ワクワクが止まらなかった。どんな仕事をさせて、そしてどんな食事をくれるのか。色々と考えたら、胸が高まっていく。
これがアークとネテルの出会いである。
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