11 / 91
4話(2)激安スーパーの前線で戦える兄はもはや異常?!
「卯月さん、ごゆっくり」
卯月に軽く手を振り、玄関を出た。ドアに鍵をさし、ガチャガチャと戸締りする睦月の背中に頭を擦りつける。ぐりぐり。
「どした?」
「……別に」
執筆が行き詰まっていた。基本は愛憎の官能小説をメインに活動している。今は恋愛小説を依頼され、執筆している。
純愛の恋愛小説とか無理。
書いている恋愛小説に物足りなさを感じてしまい、無理矢理、官能的方向へ捻じ曲げたら担当と大喧嘩になった。
優しい愛の形なんて、つまらなさすぎて、書けない。結局、泥々の愛憎小説を書いている自分がいる。
今は訳あって、担当から姿をくらましているけども。
小説から逃げたい、少し甘えたい、そんな気分だ。
「行き詰まってんの? 小説」
「……そんなとこ」
睦月が少し振り返り、私の頭を撫でる。鋭いな。バレちゃった。一緒に住んでいるのだから、薄々勘付かれていたのかもしれない。
「少し外の空気吸えば、気分転換になるんじゃない」
「……ですかね」
睦月からそっと頭を離す。こんな情けない姿、睦月さんにしか見せられない。意外にも私は、この家に来て、それほど心を開いていた。
「さ、行こ~~」
「まさか、歩いて行くのですか?」
「隣町ていったって、徒歩10分だよ? そこからスーパーまで20分だから余裕で歩ける!!」
話しながら歩いていると、あっという間に目的のスーパーまで着いた。少し古い外観でこじんまりしている。スーパーは開店前なのに、長蛇の列が出来ていた。
「まさか、これに並ぶのですか?!」
「当たり前でしょ! 到着が遅いくらい!!」
「いつもここで買い物を?」
「そうだよ、近所で一番安いからね!!!」
開店と共に、大勢の人が店内へ傾れ込む。中へ入ると『キャベツ一玉100円!』『大根一本100円!』など、安さを表すような黄色い張り紙が目に付いた。
普段買い物なんて、ネットで済ます私には、安いのかどうかも判断できない。
「ほら、持って!」
睦月からカゴを渡され、受け取る。店内は人で溢れ返っている。この中を歩くのか。
「カートで良くないですか?」
「店内が狭いし、人も多いからカゴで行く!」
私だけでなく、睦月もカゴを手に取った。
(どんだけ買うつもりなんだ……)
キャベツ、大根、玉ねぎ、手当たり次第、カゴに入れ、進んでいく。睦月のカゴは入店10分でいっぱいになった。
「如月、今から卵のタイムセールがある!! なんと、1パック88円!!! これはもう買い!!! 俺行ってくるから、このカゴよろしくね!!!」
満面の笑みでカゴを押し付けられ、受け取ってしまう。
「ちょっと、待ってくださーーもう居ないし。も~~」
重たいカゴを持ち、睦月がどこへ行ったのか探す。卵売り場らしきところには、人が集まっており、先頭の方に睦月の姿を見つけた。よくあんなところまで……。執念だな。
しばらくすると、卵を2パック抱えた睦月が戻ってきた。
「戦いを制し、戦利品を手に入れた!!」
「カゴ持ってください」
勝利の感傷に浸り、睦月は受け取ろうとしない。
「カ ゴ !」
強めに言い、目の前に差し出す。
「カゴ持つから一緒にワゴンの10円タイムセールへ乗り込もうね」
キラキラとした、屈託のない笑みを向けてくる。眩しい。
あの、人が溢れかえる戦地の最前線に私を乗り込ませようとしているのか? バカじゃないの? 正気じゃない。こんなの、絶対お断り!!!
「喜んでカゴをお持ち致しますので、どうぞ行ってきてください」
睦月に劣らず、キラキラとした満面の笑顔で送り出す。
「うわぁ、釣れないね~~」
睦月は私の空いてるカゴを受け取り、人混みへと消えていった。
中々帰ってこないので、店内をウロウロする。ふと苺が目に留まった。おもむろに手を伸ばし、苺を取る。ツヤとハリがあって美味しそう。
(ま、一個ぐらい増えていても分からないでしょう)
隠すようにカゴの中へ苺を入れる。私も家にお金を入れているのだから、買っても文句は言われないはず!!!
空だったカゴを山盛りにして、睦月が戻ってきた。
「買い物終わった~~会計する」
「……良かったですね」
満足気な睦月に対し、私は完全に荷物持ち。まぁ良いけどね。そういうつもりで来たわけだし。
レジも大行列だ。
睦月は大体の金額の目処がついているのか、財布から現金を取り出していた。会計をスムーズに終わらせるためだろう。
自分たちの会計の番になると、睦月はサッと現金をトレイに乗せた。表示された金額を見て、睦月が首を傾けた。
「あれ? 少し高い気がする」
「そうですかね? 充分安いと思いますよ」
「それも、そうか」
なんの疑いもなく、会計を済ませ、袋詰め台へ移動した。おけおけ。
「なにこれ!!! なんでイチゴ~~?! 高いから買わないのに!!!」
普通にバレた。
「間違えて入れたんじゃないですか」
「絶対|如月《おまえ》だろ!!!」
「さぁ、どうでしょう?」
睨んでくる睦月から苺を奪い、エコバッグに入れる。私が食べるもん。
エコバッグを担ぎ、スーパーを出る。これを持ちながら、日差しの下を30分、歩くって考えると、少し憂鬱な気分になる。
歩いている途中、睦月が小さなアクセサリーショップの前で立ち止まった。中見たいのかな?
「見ていきますか?」
「卯月誕生日だし……少しみる」
店内は雑貨屋のような雰囲気だ。アクセサリー以外にも、色んな雑貨が置いてあり、贈り物を探すには良さそう。
睦月がネックレスをひとつひとつ手に取り見ている。可愛らしい女性店員が近付き、睦月に声を掛けた。なんだあいつ。少し離れて2人を見守る。
「恋人への贈り物ですか?」
「あ……いや、そんなんじゃないですけど……妹の誕生日で……アクセサリーを探してます」
頬を染め、恥ずかしそうに相談している。
「妹さんの! 優しいお兄さんですね! こちらのハートのモチーフがついたネックレスはいかがですか?」
「た、確かに良いと思います……」
女性に耐性がないのか? がちがちに緊張しているように見える。
「他にもいいものありますか?」
「こちらの四つ葉モチーフはどうですか? こんなかっこいいお兄さんに贈り物されるなんて、妹さんが羨ましいです! 私もお兄さんから欲しいくらいです!」
「いや、そんなことは……お姉さん綺麗だから、えっと、その……彼氏とかに贈ってもらったら良いと思います」
店員と楽しそうにネックレスを選ぶ姿を眺めているうちに、段々とイライラしてくる。
なんだ、この気持ちは。離れたのは私だけど、私のことを放置するつもり? あの店員も、睦月さんに近づきすぎじゃない?? ワタシカワイイ、ナンパしてアピールをしているようにしか見えない!!!
睦月さんも睦月さんだ。あんな女に鼻の下を伸ばして!!! モヤモヤするし、同時に、腹が立つ。イライラに耐えきれなくなり、睦月の肩に顎を乗せ、店員を牽制した。
「睦月さん、良いのありました?」
「なんか決められなくて」
「卯月さんは、可愛らしいのが似合うと思いますけど」
そっと花のモチーフのネックレスを手に取り、睦月の指先にかける。
「ハートはやめる。恋人じゃないし。これください」
花モチーフのネックレスを店員へ渡し、睦月はレジに向かった。
睦月が会計をしている間、店内を見て歩く。メンズもののアクセサリーコーナーが目に留まり、足を止める。
黒いスタッドピアスを見ていると、睦月が隣にきた。
「ピアス開いてるの?」
「一応」
睦月が私の横髪にそっと触れ、耳へかけた。睦月の指先が耳に触れる。耳を覗き込むように近づく顔に鼓動が早くなった。顔の距離の近さに頬が紅く染まる。手の甲で鼻を触り、熱くなった顔を隠した。
ーーラッピング番号1番でお待ちのお客様、お品物のご用意が整いましたので、恐れ入りますがーー
「よ…呼ばれてるの睦月さんじゃなくて?」
「そうだね、行ってくる」
早まる鼓動と薄く染まる頬を隠すため、取りに行くことを促す。睦月が受け取りカウンターへ向かうのを確認し、私は先程の黒いスタッドピアスをレジへ持って行った。
「何か買ったの?」
「別に」
「別にって何さ~~」
店を出て、帰路につく。
相手はまだ20代。きっと何も知らない。だからこそ、今はまだ、この気持ちに結論を出したくない。
曖昧なままでいい。分からないように、少しずつ、ゆっくり、近寄りたい。ただ、そこまで気遣えるほど、自分の気持ちを、感情を、抑えられないかもしれない。
一緒に居ると、大人気ないことをしてしまいそうなくらい、恋しい。
「如月?」
「鈍感そうだから、多少強引にいかないと気づいてもらえないかなって」
「なんの話? 執筆の話?」
きょとんとした顔が可愛くて、クスッと笑みが溢れる。可愛さに惹かれ、自然と睦月の頭へ手が伸びる。なでなで。
「別に~~睦月さんが気にすることじゃないです」
「ねーなんで頭撫でるの~~」
どうやら、私は気持ちを抑えきれないらしい。かなしいくらい、頭と心は違う反応をする。そして、身体も。
特別な関係は求めない。貴方はきっと私とは違う。
でも、少しでいいから私を見て欲しい。
まずは外堀から埋めていこうか。
ともだちにシェアしよう!