遊園地へ来てから、不自然なほど、星奈と2人きりにされている気がする。 　お化け屋敷に入っている最中、星奈から腕にくっつかれ、小さな胸を一生懸命、当てられたり、後ろから抱きつかれたりした。正直、星奈が卯月と同い年のこともあり、何をされても妹のようにしか感じない。 　俺は如月のように、好きでもない人と手を繋げるほど、優しい人間ではない。悪いな、と思いつつ少しだけ星奈と距離を取る。 　遊園地、名物、アルゴルドラゴンに並んでいる。傾斜角度が80度あるジェットコースターは物凄い勢いで落ちるだろう。 　既に1時間近く並んでいるが、時間など気にせず、中学生の2人はスマホに夢中だ。自分の前に並ぶ、如月に声をかける。 「ジェットコースターは乗れるタイプ？」 　声をかけると、如月は片手で読んでいた小説を閉じ、少し振りこちらを見た。 「高いところはわりと平気です」 　もぉ。いい加減、卯月と手を離せ。 「じゃあ、ジェットコースターは大丈夫だね」 「これだけ激しそうなものには乗ったことないので不安ですよ」 「そうなんだー」 　あと、おおよそ20分くらいでジェットコースターに乗れそうだ。久しぶりの絶叫アトラクションに胸が高鳴る。 「次だね！　楽しみぃ～～！！！」 「私は睦月さんと乗る！！！」 　卯月が楽しそうにしているのを見ると連れてきて良かったと思える。俺はまた星奈ちゃんと乗るのか。 　段々、露骨にアピールされている気がする。まぁいいけど。如月が星奈の行動に時折、眉を顰めるのがなんとなく、自分の中で、引っかかった。 　コースターに乗り込み、安全バーを下ろす。脚と腰を固定する。上半身は割と動けそう。全員分の安全バーの確認が終わると、コースターは揺れながら発進した。 「レールが軋んでいます！　大丈夫でしょうか？　これ、止まったりしませんかね？　結構揺れますね！　ああああ振動が伝わります！！！」 「如月怖いの？　大丈夫だよ、ちょっと落ちるだけだって！！！」 　後ろをチラりとみると、如月が左右を確認している。隣に座る卯月が励ましているが、聞こえてなさそう。 　コースターは80度の傾斜を少しずつ上がり、最高地点を目指す。ここから急降下すると考えるだけでワクワクが止まらない。 　頂上まできたコースターは急降下した。車両が反転しながら、爽快に駆け抜けていく。無重力のような浮遊感！！！　楽しい！！！ 「きゃあーーーー！！！！」 　後ろから卯月の楽しそうな叫び声が聞こえる。待った甲斐があった。 　およそ3分弱でジェットコースターは終わった。物足りない！！！　もう1回乗りたい！！！　そんな欲が駆け巡る。そんな俺とは反対に如月は青い顔をしていた。 「これに乗り続ければ新たな境地を切り開くことが出来るのだろうか」 　右手で額を抑えている。具合、悪いのかな。 「そうだねーー！　次あれ乗ろう！」 　卯月は如月を引っ張った。 　正直、もうやめとけばと言いたいところ。でも、俺自身はまだまだ乗りたかったので、このまま付き合わせることにした。 　卯月と星奈に付き合い、絶叫マシンをひとつずつ制覇していく。2回目のアルゴルドラゴンを乗り終わったところで如月がダウンした。 「これが切り開いた結果だというのか……うぷ」 「吐くなよ」 　口元を押さえ、フラフラする如月の左腕を自分に回し、担ぐ。 「俺ら、あの日陰のベンチで休むわ」 「オッケー、残り制覇してくるね」 　ベンチを指差して、卯月に伝えると、卯月がウィンクをしてきた。どういうこと？ 　如月をベンチに下ろし、自販機で水を買う。キャップを開け、乾いた喉に水を流し込んだ。如月にもう一本買わなきゃ。自販機ってこんなに高かったっけ？　異常な値段に、思わずもう一本買おうとした手が止まる。 　飲みかけの水だけを持って、如月のところへ戻った。先ほど買った水を如月へ渡す。 「少し飲んだら？」 「ありがとうございます。空いてますけど……」 「俺が飲んだ！！」 　如月の隣に腰掛ける。 「……アイスはダメなのにこれは良いんですね」 （どういう意味？） 「違う味が混ざるのイヤだもん～～」 「あっそ……」 　相当辛いのか如月はベンチに横になり、目を閉じて右手を額に置いた。少しでも良くなればと思い、パンフレットで如月の顔を扇ぐ。 「膝枕してほしいです」 　パンフレットの隙間から如月と目が合った。扇ぐ手を止める。 「え」 「してくれるんでしょ？」 　なんでする前提なの。 　でも確かに、頭が高い方が楽かもしれない。そう思い、如月の頭をそっと持ち、自分の太腿に乗せる。如月が再び目を閉じるのを確認し、またパンフレットで扇いだ。 　日陰になっていることもあり、気持ち良さそう。 　こんな至近距離で顔をゆっくり見るのは初めてかもしれない。まつ毛が長く、綺麗だ。肌もシワがなく、つやつやしていて、年齢を感じさせない。 　 　ーー触れてみたい。 　って何を考えているんだ！！！　俺はバカか！！！　触ってみたいって！！！　如月、男だし！！！ 　こんなことやってるから、変なことを考えるんだ！！！　きっとそう！！！　自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。 「なんですか？」 　視線を感じたのか、如月の瞼が少しだけ開き、俺を見つめた。 「如月は好きでもないやつと手を繋げるの？」 　バカ！！　何を言って！！！　これじゃ嫉妬みたいじゃん！！！ 「はぁ？　そんな訳ないじゃないですか。卯月さんのことは好きですよ。あーー大丈夫ですよ。流石に27も年下相手に手は出さないですって」 　少し回復したのかさっきよりも、顔色が良く見える。良かった。 「お化け屋敷でナンパもしたんでしょ？　連絡先も交換してた。会ったりするの？」 　ぁあああぁあ！！！　もぉ最悪！！！　でも言い出したら、何故か止まらなくて。自分の感情が分からない。如月は俺の質問に目を丸くした。 「……性にはわりと開放的ですよ」 　額に置かれた如月の手が俺の頬に触れた。パンフレットで扇ぐ手が自ずと止まってしまう。頬に触れた手が恥ずかしさが込み上げる。 「どういう意味？」 「さぁ？」 　如月と見つめ合う。頬に触れた手でゆっくりと、俺の手に触れた。 　普段ならやめろとでも言っていたかもしれない。妖艶な切れ長の瞳に惹きつけられ、返す言葉が出なければ、触られた手を離すこともできない。 　人間は欲望に忠実だ。 　触りたいという欲求が抑えきれず、如月の頭に触れた。あたたかく、熱を感じる。耳元まで指先を流し、髪の毛を掬うと、耳には自分とお揃いのピアスが見えた。 　卯月から『ピアスのプレゼントはどこに居ても自分の存在を感じて欲しい』だよ、とおちょくられたことを思い出す。 　これ以上はダメだ。引き返せなくなる。如月相手にドキドキして、身体が熱い。この見つめ合う沈黙で、俺自身がどうかなってしまいそう。 「お、俺をエロい瞳(め)で見るな！！！」 　普段の自分を出そうとした、精一杯の言葉だった。 「何言ってるんですか～～先にみてきたのは睦月さんでしょう」 　如月がベンチから起き上がりながら笑った。いつもの如月だ。少し安堵する。 「違うわ！」 　さっきのは一体なんだったのか、少しずつ心も身体も落ち着きを取り戻していく。 「お兄ちゃ～～ん、ゆっくり出来た？」 「もう、大丈夫だよ。何か乗る？」 「観覧車乗る！」 　そろそろ疲れてきたし、良い頃合いかもしれない。 「行こうか」 　ベンチから立ち上がり観覧車へ向かった。 「お兄ちゃん、少し顔赤いね？」 「赤くないわ！」 　卯月がニヤニヤしながら覗き込んでくる。顔をサッと横に向けて誤魔化す。 「星奈といた時はそんな顔してなかったよ～～？　何があったのかなぁ？　教えてよぉ兄ちゃ～～ん」 　からかうように肘で押してくる。やめろ！！！　なんでそういうのはすぐ気づくの！！！ 「何もないっての！」 　隣に並ぶ卯月を早足で抜き去る。 「何があったの？」 「なにもありませんよ。吐きそうだったので、介抱してもらいました」 　如月は嫉妬が見え隠れする星奈の頭を撫でた。 「さ、行きましょう」 　遠くなる睦月の背中を追いかけていく。 　日が少しずつ落ち始め、観覧車は煌びやかにライトアップされた。 　子供のお守りも疲れた。景色でも眺めながらゆっくり乗りたいところ。かといって如月で2人で乗るのは、先ほどのことがあり、少し気が引ける。 　俺は至って健康な成人男性である。 　柔らかそうな女性のシルエットを見れば性的欲求を感じるし、学生生活では彼女もいた。求めるがままに快感を得たこともあった。 　なのに、気がつけば視線が勝手に如月を追いかける。 　思えば如月ばかり見ている気がする。目が合うと、その瞳に吸い込まれそうになり、一瞬で逸らしてしまう自分がいる。 　 　如月は目が合うたびに、優しく微笑んでくれるというのに。 　新たな境地を切り開いてしまったのは、俺の方なのかもしれない。 　いや、あり得ない。そんなことは絶対に認めない。これは吊り橋効果だ。冷静になれ。 　自分の気持ちにきつく蓋をし、観覧車の列に並んだ。