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11話(3)

「良い温泉だったなぁ~~あとは飲んで飲んで飲みまくるだけだぁ~~!」久しぶりの温泉は気持ちよく、つい長風呂をしてしまった。神谷に肩へ腕を回されながら、一緒に宴会場へ向かう。 「俺そんなに飲めないって~~」普段お酒は飲まないので、心配になり、眉をひそめる。宴会場へ着くと、慰安旅行に参加している社員が沢山集まっていた。 「遅い遅い遅い! もうすぐ始まる」上司に背中を押され、強引に宴会場へ入った。 「俺、隅の方で良いです」絡んでくる上司に伝える。 「何言っちゃってんの~~乾杯の音頭よろしく頼むよ、佐野くん!」背中を叩かれた。 (え……絶対やだ!!) 「そういうのは神谷さんが向いてると思います」回されている腕を掴み逃げないように取り押さえる。 「マジで無理だから! 佐野センパイお手本よろしくお願いします!」こういう時だけ後輩面しやがって!! 「ほら、早く座ろうよ、そして飲め!」上司や先輩、同僚に囲まれながら、席に着く。結局、真ん中に来てしまった。 「はい、どうぞ」和やかな笑みで上司にマイクを渡され、顔がひきつる。  これは断れない。もう逃げられない。なんで俺がやらないといけないの~~。  マイクを握り、立ち上がりながら、頭の中で、開会の挨拶を考える。開き直って、この際、明るくやろう。嫌な顔をしていては飲みの場はしらけてしまう。やけくそだ。 「ご指名ありがとうございます!! 経理の佐野睦月です!! 僭越ながら乾杯の音頭を取らせて頂きます!」 「「「うぇ~~い!!!」」」軽い拍手が起こる。よしよし。 「初対面の方も居るかもしれませんが、この機会に親睦を深めましょう! 酒は飲んでも呑まれるな!! 皆さま、乾杯のご唱和をお願いします! 今後の発展を祈念致しまして、かんぱ~~い!!」明るく、元気に音頭を取り、乾杯と同時にビールジョッキを持ち上げる。 「「「乾~~杯!!!」」」  みんなが笑顔になり、ビールジョッキやグラスが一斉に持ち上がった。良かった、成功だ。  席へ戻りながら、社員たちのグラスにジョッキを下から当て、挨拶をしていく。順番に挨拶していると、席の場に蒼が居た。ジョッキを当てる手が止まる。 「睦月くん、乾杯」何故ここに……。 「あ……乾杯」ジョッキをグラスに当てる。 「すごくかっこよかったぁ」少し濡れた髪がアップされ、後毛が出た襟足が色っぽく見え、ドキっとする。だぁーーっ。頭を左右に振り、邪念を取り払い、挨拶だけして、次へ回る。 「土壇場でちゃんと開会の挨拶出来て尊敬するわ」神谷の隣に座る。ジョッキを触れ合わせビールに口をつける。 「そりゃどうも」ビールの苦味が口の中に広がる。久しぶりに飲む味だ。 「おらぁ~~俺たちを差し置いて彼女作って許せん! 飲め飲めそして潰れろ!」横から上司がジョッキにビールを並々と注ぐ。 「先輩やめてくださ~~い ちょ、やめて、んぐ……はぁ」無理やり飲まされ、2杯目を飲み切る。 「もっと飲め!!」上司に急かされながら、注がれたビールを飲む。 「もうやめてぇ~~神谷はなんで平気なの?」神谷を見ると、料理を食べながら、平然と飲んでいる。はぁ、酔うわぁ。 「僕はどんな状況でも自分のペースで飲める派なんで。佐野さんは潰されるタイプなんですね」バカにしたように笑う。くそがぁ~~。 「噂の彼女? 見せろ!! 佐野!!」後ろから同僚に首を絞められる。みんな俺に絡むな! 「やだ! お前が見たら写真が|汚《けが》れる」合間を見て、食事を口に運んでいく。  女性社員の間では男の恋人って広まってるけど、男性社員にはあんまり広まってないんだなぁと、ぼんやりと考える。 「なんだそれ! ムカつくな! 飲め!!!」 「うっ……」  少し飲むと注がれるビール。周りに合わせ、同じペースで飲んでいく。でも気分はとても良い。  ーー1時間後 「うっうっ……ひどいんだよ……ぐす……俺が慰安旅行にいくのに……うぅっ……全然寂しそうにしないの……如月ってば……うっ……」睦月は泣き上戸だった。 「お前……面倒くさいな」神谷は目を濁らせ、少し如月に同情しながら、睦月の背中をさする。 「……最近……うぅ……ほんとなんか……うっえぐ……面倒くさそうにする……っう……かみやぁ~~」なんだか、鬱憤ばかり出てくる。頭はふわふわする。もう一度、ビールに口を付ける。 「もう飲むな。あとよろしく」上司が睦月のジョッキを取りあげ、違う席に移動する。 「ちょっと~~僕に全て押し付ける気ですかぁ~~」神谷は辺りを見回す。後ろには同僚が酔い潰れ、寝転んでいる。 「まぁ、もうそろそろお開きだなぁ」睦月の様子を見ると泣きながら、机に頬を付けている。酔い潰れたようだ。閉会のアナウンスが流れ、睦月に声をかける。 「ちょっとこの寝転んで死んでるやつ送ってくるわ。その後ちゃんと迎えに来るから、大人しく待ってて? 部屋まで担ぐから」 「……うっ……ふぇ……ふぁい」嗚咽をしながら返事をする睦月を確認し、同僚を担ぐ。宴会場を出た。 「はぁい、どうぞ」頬に冷たいものが当たる。誰? 酔いで既に朦朧としている。 「水だよ、睦月くん」あぁ、飲みたいかも。頬に当たる冷たいコップを受け取り、口をつけ、飲む。冷たい水がアルコールで乾いた喉を潤す。なんだかぼうっとする。 「睦月くん、大丈夫?」 「ありが……とぉ? あるぇ? 飲み過ぎたかなぁ? 眠……」突如襲う、急激な眠気に逆らうことが出来ずそのまま瞼が落ちる。 「おやすみ、睦月くん」眠りにつくまでの間、甘い香りが鼻を通った。  * 「なんで僕が!」同僚を部屋に運び、宴会場へ向かう。売店を通りかかると、如月を見つけ、思わず、声をかけた。 「如月さんじゃないですか~~どうしたんですか?」慰安旅行、来てたのか? 「あ……神谷さん。ご飯食べたら卯月さん爆睡しちゃいまして。なんかお酒でも飲もうかなぁって……」如月は冷蔵庫の中をじーーっと見つめる。 「僕、佐野と同室だし、一緒に飲もうよ。佐野のお世話で全然飲めなかったし~~」泣き上戸を思い出すと気持ちが萎える。 「そんな酒癖ひどいんですか」如月の表情が曇る。 「めちゃくちゃヤバいね! あれは一緒に飲みたくないタイプ」如月は適当にアルコールを2、3本買い、売店を出た。  まぁ、酔い潰れてたし、少し迎えが遅くなっても大丈夫だろう。如月の買った酒を半分手に持つ。歩きながら、部屋に案内した。 「お邪魔します」如月は部屋に上がり、テーブルに買った酒を並べる。 「じゃあ、僕、佐野迎えに行ってくるから、適当にくつろいでて。すぐ戻るからさ」持っていたアルコールをテーブルに置き、玄関に向かおうとした。  ガチャ。  扉が開く音がした。自力で帰ってきたのか?  甘い化粧品のような匂いが室内へ流れ込んでくる。直感で思う。 (なんか、ヤバい!)  如月の手を引っ張り、クローゼットへ押し込み、自分も入る。男2人でクローゼットに隠れるとはあんまり良いものではない。 「(ちょっと! 何するんですか)」 「(いいから! 静かに)」  クローゼットは通気性の良いルーバー扉になっており、外の様子が透けて見える。睦月を担いだ志田蒼が入ってきた。バレないように小さな声で会話をする。 「(……あーーね)」如月は冷ややかな目で外の様子を見る。 「(……知り合い?)」如月に訊く。 「(……んーー。睦月さんの元カノ)」 「(あの子最近転職してきた子だよ? 出る?)」なんだか嫌な予感がする。 「(少し気になることがあるので、もう少し様子みます)」缶チューハイをプシュっと開け、ひとくち飲む。 「(……持ってきたの?)」 「(……咄嗟に持ってきてしまいました。飲みます?)」如月から飲みかけのお酒を渡され、受け取る。この状況、飲まないと見てられない。 「(……飲みますよ勿論)」ひとくち飲み、缶を床に置き、外の様子を伺う。 『はぁ、重かったぁ』蒼は敷かれた布団の上に睦月を下ろす。 『そろそろ起きてよぉ』軽く頬を叩き、睦月の体を起こした。 『う~~ん。かみやぁ? 頭いたいぃ~~』あまり目が開いていない。 「(……かわいい……)」愛おしそうに見つめている。 「(こんな時に何言ってるのさ~~)」|如月《この人》も大概だな。 『睦月くん、神谷さん居ないよ。起きて』 『ぇえ? え……え?』酔いが覚めてきたのだろうか。蒼を見つめ、固まる。 『運んであげたんだよぉ』にっこりと蒼は微笑む。 『ありがとう……』布団の上に困惑している。 「(良からぬことになる前に出て行った方がいいんじゃない?)」如月に出るように勧める。 「(いやぁ、気になるんですよねぇ。睦月さんが女性相手にどう反応するのか)」目は穏やかではない。 「(そんなイライラして見るくらいならやめようよ~~)」今日は面倒ごとに巻き込まれている。 『あ……えっと……部屋まで送る』立ちあがろうとするが、足元がふらつき、上手く立ち上がれない。 『いいよぉ、それよりも、見て? 浴衣、可愛い?』蒼は前屈みになる。浴衣から見える谷間に目がいく。 「(ほらーー酒も入ってるし、ヤバいって)」それに自分が泊まる部屋で何かが起きるのは嫌だ。 「(もう少しだけ、もう少しだけ……)」  如月の手には力が入っている。苛つきを抑えているのだろう。頼むから、変な気を起こさないでくれ。それを願うばかりだ。  そんな願いとは裏腹に、蒼は少しずつ距離を詰めていった。

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