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11話(2)慰安旅行!! 花菖蒲に紛れ、忍び寄る黒い影?!

    ーー慰安旅行、当日。 「じゃあ、俺行ってくるから」  スーツケースを引きながら玄関に向かう。一泊二日会えないと思うだけで、もう胸が苦しい。 「お兄ちゃん、いってらっさい」 「いってらしゃ~い」  卯月と如月が座りながら、だらしなくリビングから手を振ってくる。玄関まで見送りに来いよ。むかつく! スーツケースを玄関に置き、如月のところへ近寄った。 「なんでそんなに愛のない見送りなの? 寂しいとか思わないの?」 「え?」 「あぁ。寂しい寂しい、死にそう」 「棒読み! 全く思ってない! ひどい!」  ばちん。  如月の頬を両手で軽く叩く。ふん!!! 「いったぁ!!! 何するんですかぁ~~もう、思ってますって~~早く行かないと電車に乗り遅れますよ」  頬を叩いた手が如月に掴まれ、ずるずると玄関へ連行される。そんなに俺を家から追い出したいか!!! 「……俺はこんなに寂しいのに」 「はいはい。いってらっしゃい。私の頬をそんな風に叩けるのは貴方だけですよ」  如月の顔が近づき、頬に口唇が触れる。流し目で見つめるその顔は、少し俺のことを面倒くさそうに思っているに違いない。口にしろよ、ばか。うぅ。でも好き。 「そんなんで許したと思うなよ! ばーーか! いってきます!」 「もぉ~~朝からなんなんですかぁ」  煩わしそうな如月の声を後にして、スーツケースを引きながら、玄関を出る。神谷と待ち合わせている駅へ向かった。 「じゃ、私たちも行きましょうか」 「いっぱい楽しもうね~~!」  2人は出かける準備を始めた。  *  近くとはいえ、旅行なんて久しぶり。兄と二人の生活は、中々お金も貯まらず、どこかへ旅行に行く機会もなかった。  だから近場とはいえ、とても楽しみだ。    二人分の荷物の入ったスーツケースは、思ったりより重い。これを持って駅まで歩くのは結構辛い。キャスターで引きずりながら、スーツケースを玄関まで運ぶ。 「タクシー呼びましょうか」 「そうしよ」  15分くらいすると、タクシーがアパートの前に到着した。玄関を出て、軋む階段を降りる。タクシーの前で如月を待っていると、如月が重そうにスーツケースを持ち、階段から降りてきた。 「重っ……」 「如月早く~~」  タクシーにスーツケースを積み込み、如月と一緒にタクシーへ乗る。行き先を伝えると、タクシーは出発した。 「卯月さん、宿の近くで|花菖蒲《はなしょうぶ》祭りがあるらしいのですが、行きませんか?」 「花菖蒲?」 「三重県の県花です。美しいですよ」  優しく微笑む如月を見て、小さく頷いた。  駅から電車で1時間。いやぁ、近隣すぎる。旅行なんて距離ではないな、と改めて感じる。宿まではバスで30分。外の景色を眺めたり、ネットサーフィンをしているうちにあっという間に着いた。 「少し早いので、荷物預かってもらいましょう」  フロントで手続きをする如月を横から見つめる。荷物を預け、如月と外へ出た。 「お兄ちゃんもここ泊まるんだよね? こんな堂々してバレない?」 「チェックインって大体15時ですし、大丈夫でしょ。まだお昼ですよ」  外に置かれた『花菖蒲まつり』と書かれた看板の矢印を、辿りながら歩き始める。地面から湿度を感じ、少し蒸し暑い。進めば、進むほど看板を目印に歩く人は増えていく。 「人、増えてきましたね。手繋ぎます?」 「うん。繋ぐ」  差し出された手に、自分の手を乗せ、軽く握る。お兄ちゃんが見たら発狂しそう。  しばらく歩くと公園に着いた。園内は、色とりどりの花菖蒲が公園全体を彩っていた。    紫や白色の花菖蒲はとても華やかで、綺麗だ。優美な花びらは風情がある。葉っぱは細長く、皆、縦に凛と咲き誇っている。  花菖蒲の間にある、通路を渡り、周りを見回す。辺り一面に広がる花菖蒲はなんとも絶景だ。 「よくみると、こっちとこっちは違うね?」  しゃがみ込み、咲いている花菖蒲を指差す。私の隣に如月が少し前屈みになり、口を開いた。 「それは|杜若《かきつばた》です。花菖蒲は花びらの真ん中に黄色い筋があります。なので、こっちですね」 「網目模様が入ってるこれが、|文目《あやめ》。花菖蒲をアヤメっていう人いるけど、違う花ですよ」 「まぁ、どれもよく似てますけどね」 「如月、詳しいね」 「花は好きですよ。綺麗だから」  花菖蒲をみて目を細める如月の方が、綺麗に思えた。お兄ちゃんがメロメロになるのも分かる気がする。  立ち上がり、再び一緒に見て回る。ふと、見たことあるような人が目に留まった。花菖蒲に紛れる女性を視線で指す。今、目が合った?! 「ねぇ、あの人……」 「え? あーー睦月さんの元カノですね。まぁ、別に直接的な関わりはないですし、私は大丈夫で……なんかこっち来てます?」 「来てるね、隠れる?」 「どこにですか……」  反射的に如月と後退りをする。周りは花菖蒲しかない。聞いておいて、アレだが、隠れる場所がない。 「花菖蒲の中とか?」 「いやいやいや~~縁側の下に隠れるみたいに言わないでくださいよ。水張ってますし」 「花に紛れるしかないじゃん! ほら! 腰落として歩く!!」 「不審者過ぎでしょ……」  腰を低くする如月の手を引っ張りながら、少しずつ移動をする。当たり前だが、歩いてくる蒼の方が早く、あっという間に見つかってしまった。甘ったるい声が私の耳を通る。 「卯月ちゃんに、如月さん。奇遇ですねぇ?」 「…………(なんでいるんですか?)」 「…………(観光じゃないの? 知らんけど)」  蒼に聞こえないようにこそこそと、話をする。蒼が如月の指輪を指差した。 「睦月くんと同じ指輪してる~~」 「…………(蒼さんに会った時、指輪していなかった気が)」 「…………(どういうこと? お兄ちゃん、浮気してるの?)」 「え……」  あ、言葉の選択ミスったかな。如月の表情が固まり、焦る。 「如月さんって、睦月くんが居るのにふしだらなんですねぇ」 「何故そう思うのですか?」 「ぇえ? だって、今、女の子と手繋いでるじゃないですかぁ~~」  私?! 慌てて手を離そうとするが、如月が離してくれない。嘲笑うように話す蒼を見る如月の目が、冷たくて怖い。 「家族ですから。異性として手を繋いでいる訳ではありません」 「言い訳ですかぁ? まぁ、睦月くんもすぐ受け入れちゃうところありますよねぇ」 「満足ですか? 早くこの場から去れ」  一触即発の不穏な空気がピリピリとして痛い。目尻を下げて笑う蒼が不気味だ。 「睦月くんも所詮は男。如月さんにないモノを私は持ってるから私は睦月くんを落とせるよ」 「勝手にしろ。選ぶのは睦月さんだから、私に選択権はない。行こう」  立ち上がる如月に手を引かれ、歩く。ちらりと振り返り、蒼を見る。クスッと笑われ、すぐに顔を逸らす。何か分からないが、気持ち悪い。握られた手を強く握った。 「大丈夫だよ、お兄ちゃんは如月のこと溺愛してるよ?」 「どうでしょうね。少なくとも、睦月さんのセクシュアルマイノリティは同性愛じゃない思っているので、どこかでつまずくかもしれません」  如月の笑う顔がどこか切ない。  この先に未来がないと言ってるみたいで、胸が締め付けられた。  キッチンカーで軽く軽食を取り、宿へ戻る。ちょうど良い時間になった。バレないようにこそこそと、チェックインを済ませ、予約した部屋に入る。 「わあ部屋に露天風呂付いてる!!!! すごい! ベッドふわふわ! 大きい!」 「カップルお泊まりお肉づくしプランです」  白いふかふかのベッドに飛び込みゴロゴロする。んーーっ!!! おふとん柔らかい。私の隣に如月が腰掛けた。  外の景色と露天風呂を見つめる如月の眼差しは、どこかアンニュイ。お兄ちゃんに如月はもったいないスペックだな。 「お肉食べたぁ~~い! まじで、お肉>>>兄の密偵!!!!」 「お風呂一緒に入りますか? あ……ふしだら……」 「心に傷を負ったか……いいじゃん、入ろうよ~~。私にとっては家族であり、同性の友達みたいなものだよ? 衣食住も毎日共にしてるし、今更恥ずかしいも何もない!! それに一度入ってるしね!」 「……ありがとうございます。ご飯食べる前に入りましょうか」  私達は客室で少し寛いでから、お風呂へ入る準備を始めた。  露天風呂から見える景色は、お世辞にもあまり良いとはいえないものだったが、太陽が沈む、綺麗な夕日はとても気持ちが癒された。 「抱きしめていいですか?」  後ろから如月の顎が肩に乗る。私からしたら、もう抱きしめているようなもの。 「なんで今更訊くのさぁ~~」  如月の両手を持ちお腹へ回す。とはいえ、この密接感は、中学生の私には慣れない。ドキドキする。お兄ちゃんはいつもこんなことを如月と?? 「なんとなく。はぁ、落ち着く。この純粋無垢な感じに癒されます」 「お兄ちゃんには見せられないな~~」 「絶対秘密ですよ。バレたら何をされるか……」  少しずつ落ちていく夕日を露天風呂に浸かって、一緒に眺めながら、くだらない話で笑い合った。  *  宿は2人1組で割り振られている。同室者はもちろん神谷だ。チェックインを済ませ、客室に荷物を運ぶ。 「和室かぁ~~なんか、あんまりいつもと変わらない~~」 「露天風呂でも行く?」 「そうだね、ご飯まで時間あるし」  お互い、スーツケースを開け、風呂に入る準備をする。神谷が俺のスーツケースに入っている保存袋をまじまじと見つめてきた。 「何入ってるの? それ」 「え? 如月の枕カバーだよ。神谷こそ、何を手に持ってるの?」 「え? ボイスレコーダーだよ。皐さんの罵り声が入ってる」  神谷が濁った目で俺を見てくる。ボイスレコーダーを持ってきているお前に、そんな目で見られたくはない。神谷を無表情で見つめる。 「……|佐野《お前》って結構変態だよね」 「……|神谷《お前》にだけは言われたくはない」  類は友を呼ぶとでもいうのか。無言で、風呂に入る準備を進め、2人で露天風呂へ向かった。  
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