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11話 旅行のパッキングは性格が滲み出る?!
ーー慰安旅行が近づき、各々は旅行のパッキングを始めた。
【睦月の場合】
スーツケースを開き、必要なものを綺麗に詰めていく。衣類は薄くたたみ、壊れやすいものはタオルに包む。
小物はポーチを使い小分けにしていく。よく使うものは取りやすい場所へ。我ながら几帳面だ。
一泊二日の慰安旅行は隣の市の旅館に泊まるという、なんとも粗末なもの。必要最低限だけで大丈夫だろう。
「余計なものは置いていこう」
一泊二日か。短い間だけど、如月に会えない。如月がいないところで俺は眠ることが出来るだろうか?
時々如月は深夜に外へフラッと散歩に行く。居ないと気づいてしまうと、精神的不安から目が冴え、全く眠れなくなる。
それを考えると、旅先で眠れる気がしない。せめて、如月を感じる何かを持っていこう。
洋室へ行き、如月の衣装ケースを開ける。オーバーサイズのシャツを取り出し、匂いを嗅ぐ。柔軟剤の匂いがふわっと香った。
「これは違う」
こう、もっと人間を感じるような……汗とか体臭がするようなものがいい。でも、そのままスーツケースに入れたら匂いが消えてしまうかもしれない!!!
シャツを衣装ケースに戻し、キッチンへ向かう。収納棚からジッパーの付いた保存袋を一枚取り出した。
これに入れたら1日くらいは持つはず!!! 今着ている服を頂戴し、持っていこう!!!
和室へ向かい、如月に声をかけた。なんとなく、後ろめたくて、保存袋を後ろに隠す。
「その着ている服、脱いで?」
「え、何故ですか?」
「洗うから。肌着もちょうだい」
「お風呂入る時、洗濯機に入れますよ」
疑いの目で俺を見てくる。如月は用心深い。かなり警戒されている。しかし、ここは攻撃あるのみ!!!
「今欲しいの! 少し借りたい!」
「はぁ? なんで借りるんですか?」
「いや、別に……」
「後ろに隠しているものはなんですか? 何その袋!」
焦りから目を逸らす。後ろに隠している腕が、如月に掴まれ、袋が取り上げられた。し、しまった!!!!
「何を入れるんですか? これは!!!」
「返して!!! なんでもいいでしょ!! それよりも旅先で少し使うだけだから拝借する!!!」
「ちょっ!!! 何?!?! 何に使うの?!?! やめっ!!! いやだぁあぁあ!!!」
全然脱いでくれない!!! なんという必死の抵抗!!! 俺に服を貸すのがそんなにイヤなのか!!!
「寝る時匂い嗅いだり、あとはまぁ、うん、色々~~」
「色々ってなんですか? なんかやだ! 絶対やだ!」
脱いでくれない。むー。
折り畳まれた敷布団がふと、目に入る。そうだ、アレにしよう!!! 如月の服から手を離し、洋室へ行く。
衣装ケースから、替えの枕カバーを取り出し、再び和室へ向かった。
「ん~~っいい匂い。これにしよ~~」
如月の枕の匂いを思いっきり嗅ぐ。如月の匂い。幸せ。永遠に眠れそう。思わず笑みが溢れる。
「は……」
「これ、借りるね」
枕カバーを新しいものと取り替え、取り外したものを保存袋に折りたたんで仕舞う。おっけー。これで準備万端。
「持っていくなら使用用途を明確にしろ!!!」
「だぁ~か~らぁ~~匂いを嗅いだり、まぁ色々だってばぁ~~分かるだろ? 察して?」
「え、そういう用途? やだ!!!! やめて!!! 持っていかないで!!!」
叫びながら、取り返そうとついてくる如月を無視して、スーツケースの元へ戻る。これは返さないもん。
スーツケースに愛の枕カバーを突っ込み、鍵をかける。これで如月は取り出せまい。はぁ、安心。慰安旅行へ、行ってもこれで安眠だぁ。
【如月と卯月の場合】
枕カバーを取られた。絶対良からぬことに使うだろう。もうこの際、あの枕カバーは睦月さんにくれてやろう。
てっきり県外とかに行くかと思ったが、近隣の市とは。旅行のしがいもないな。金銭的に仕方ないのだろうか。
睦月が風呂に入るのを確認し、勉強をしている卯月に声をかける。
「卯月さん、慰安旅行の件なんですが。旅行ってほどの距離がないのと、観光する場所も特にないので、私、泊まろうかと思います」
「え、そうなの?」
卯月が勉強している手を止め、きょとんと私を見つめた。
「それに土日ですし、卯月さんもどうですか? 一緒に、カニとか美味しいコース料理食べませんか?」
「食べるーー!!」
「決まりですね。予約しちゃいましょ」
卯月の隣に座り、ノートパソコンを開く。慰安旅行先の宿と同じところを検索する。あった。
「和室と洋室どちらもありますが……」
「いつも和室だからベッドがいい! ふかふかのとこで寝たい!」
なるほど。スクロールして探す。慰安旅行で混み合っているせいか、ダブルしか見つからない。う~~ん。ダブルなんて後々睦月さんとか面倒くさそう。
「……ダブルしかないです」
「私は別にダブルでもいいよ?」
「まぁいっか。洋室のダブルで予約します。睦月さんがお風呂入っているうちに荷造りしちゃいましょ」
洋室へ行き、スーツケースを引っ張り出し、1つのスーツケースに2人分の荷物を詰めていく。
「本何冊持っていこう?」
「あんまり持って行くとスーツケース重くない?」
「一冊だけにします」
と言いつつ、三冊詰める。教科書をスーツケースに入れる卯月は中々勤勉だ。スーツケースは教科書と小説、そして、勉強道具でぎっしり詰まった。
「私たちのスーツケース、本だらけだね」
スーツケースを見て笑う卯月に釣られ、私も顔が綻んだ。
【神谷の場合】
慰安旅行が近い。パッキングは早めに行おう。職場の伝票を処理をしながら考える。
慰安旅行期間中は、皐を見ることが出来ない。皐の写真、欲しいなぁ。撮りに行かねば。声も録りたい。ボイスレコーダーも持っていこう。
GPSを確認する。また桜坂のところか。今週三度目だ。許せない許せない許せない。皐にメールを送る。
【早くそんな場所から出ていけよ。嫌すぎて気が狂う】
はい、既読無視ーー。
終業時間。GPSを確認し、皐の元へ向かう。声はかけない。ただ物陰に隠れて監視する。
写真、どうやって撮ろうか。流石に盗撮はしたくない。したいけど。すごくしたいけど。一枚だけ、一枚だけ。それでやめるから。
スマホのカメラ画面から皐に目を移すと、皐の顔が大きく写った。
「っ!!!」
「何をしている」
「……君の写真が欲しい」
皐が僕の隣に立ち、肩が触れ合った。皐との距離が近くなると、緊張して鼓動が早くなる。
「そんなことか。そうだなぁ。うちへ来るかい?」
「え……いいの?」
「いいも何も、いつも来ているだろう? 勝手に。庭へ。しかも、私のマスターベーションを聴いている。知っているよ」
ストーカー的行動を起こしている僕に対して、それでも来るなとは言わない皐が、好きだ。
「行く、今から行く」
皐と家に向かい、歩き始める。僕が何をしようと、引くこともなければ、嫌な顔もしない。こんな気持ち悪い僕でも、受け入れてくれる。
ただ、薄く笑い、いつも僕を見つめる。ありがとう。
「着いたよ、神谷」
「知ってるよ」
「あぁ、そうだね。不法侵入で知り尽くしているか」
「言い方」
部屋の中に入るのは初めてだ。意外とシンプル。テーブルと椅子、ソファ。余計なものは何もない。
テーブルの上には本が散らばっている。独身の一人暮らしだから、部屋の中は汚いかと思っていたが、掃除は行き届いている。
皐がリビングの椅子に座った。
「私の写真を撮ってどうする?」
「待ち受けにします」
「そうか。この堅苦しい格好より私服の方がいいな。着替えてこよう」
撮らせてくれるのか。もはや慈悲深い。皐が着替えに行っている間に部屋を探索する。
戸建てに一人暮らしか。古いけど。部屋はいっぱい空いてそう。一緒に住めないのかな。盗聴器を仕掛けたいなぁ。次は用意しておこう。
薄紫のワンピースを着た皐が僕の目の前に立った。透け感があり色っぽい。至る所についている黒いリボンが妖艶さを引き出す。
「何故そんなワンピースを……」
「弥生に不評で着る機会がなかった」
「……似合ってる、綺麗だよ」
ポーカーフェイスで、表情があまり変わらない皐の頬が、ほんのり赤らんだ。可愛い。パシャ。一枚だけ写真を撮る。写真はこれでいい。
「あとボイスレコーダーに『湊大好き』って入れて欲しいんだけど」
「バカなのか? 入れるわけないだろう」
皐にボイスレコーダーを渡すと、意外にも受け取り、スイッチを入れ、口元に近づけた。入れてくれるのか?
「愛に狂え。地に堕ちろ、湊」プツ。
「ちょっと~~入れる内容全然違いますって!!!」
「愛情表現だ。返す。私にこれだけ要求しておいて、何も返さないつもりか? 湊」
「望むものは全て与えるよ、皐」
皐の頬にそっと触れる。しばらく目と目が見つめ合う数秒の時間に、感情が昂る。
「……お腹が空いたよ、湊」
「……この流れ、そうじゃないでしょ! ねぇ~~」
雰囲気が台無しだ。自分の家ではないが、冷蔵庫を勝手に開けて、確認する。
「何もないしーー」
「湊のせいで、買い物しそびれたからなぁ」
「皐さん? 何探してるの?」
ごそごそと収納棚の中を漁る皐の後ろから、覗く。皐の片手には素麺が握られていた。
「知らないのか? 流し素麺機だよ」
「うぇ……それ、2人でやるの?」
「1人でやっても、つまらないだろう?」
「えぇ~~マジですか~~」
子供っぽく笑いながら、棚から流し素麺機を取り出す皐の手から、流し素麺機を受け取り、テーブルへ置いた。
「ありがとう、湊」
大きな鍋にたっぷりと水を入れ、お湯を沸かす。中々沸かないお湯を2人で眺めた。
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結局、待ち受けは流し素麺機を前に、一緒に撮った自撮り写真になった。
ボイスレコーダーも希望していた内容のものとは少し違うが、皐の言葉で入れてくれたものだと思うと嬉しかった。
少しは距離が縮まっただろうか?
素麺を食べた日のことを振り返りながら、パッキングをしていく。
僕のことを、名前を呼んでくれるようになったのは、大きな進歩だ。
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