「お兄ちゃん、ただいまぁ……」 　1人虚しく帰らされ、元気はない。帰ってきた家は全ての窓が開けられていた。風通りがよく、気持ち良い。 　リビングの床にカバンを置くと、なんとなく、ゴミ箱が気になった。家を出た時、こんなに紙ごみって捨ててあったっけ？　首を傾げていると、ご満悦な兄がそばに来た。 　不自然なくらいのツヤツヤ感。 「卯月おかえりぃ～～元気ないね？　大丈夫？」 「まぁ、大丈夫」 　手土産を片手に和室へ行き、襖を開ける。和室の隅に如月が体育座りをしていた。大丈夫か。兄とは違い、如月に生気がない。如月の側に座った。 「如月ただいま……顔死んでるよ？　大丈夫？」 「えぇ。なんとか……卯月さんも大丈夫ですか？　元気ないですね」 「私は大丈夫。なんかあったの？」 　大丈夫ではないけど。むしろ、話を聞いて欲しいくらいだ。如月が涙目で縋り付いてきた。どうした。 「卯月さぁん……側にいてくださぁい……うぅ」 「お兄ちゃ「呼ばないで！！！」 　兄はNGワード？！　何故に？！？！　口元を塞がれ、如月の腕の中に引き込まれた。 「卯月呼んだ？　ねぇ、卯月を抱きしめて何をしてるの？　如月ちゃあぁん？」 「あ……ぁあぁ……ぁあぁあ……」 　兄が和室へ入り、如月に顔を近づけた。じろりと私を睨む。妹に嫉妬すんな。私を抱きしめる如月から震えを感じる。一体、何があったんだ！！ 「お兄ちゃん、如月にあんまり意地悪しちゃダメだよ？　メンタル弱いんだから」 「意地悪なんてしてないよ～～らぶらぶです」 「うっ……受けはもう二度としない……」 「またまたぁ～～本当は良かったんでしょ～～じゃないとあんな風にはならないよ？」 　如月の頬が赤く染まっている。はは～～ん？ 「～～っ！　私にあんな辱めを受けさせたことを絶対に後悔させてやる！！」 「ぷ。楽しみしてる～～」 「ねぇ、受けって？　2人でなにしたの～～？」 「「…………」」 　兄と如月が顔を見合わせると、黙り込み、何も教えてくれない。ふ～～ん？ 「なんでこんなに部屋の窓が開いてるの？？」 「んーー換気……？」 「あと、リビングのゴミ箱さ、紙ごみの量ハンパなかったけど」 「えぇと。掃除しました……？」 　兄も如月も目が泳いでいる。なんとなくベランダを見た。 「朝より洗濯物の量増えてない？」 「……ちょっと汚れたから洗った」 「ねぇねぇ～～2人でナニをしてたの？」 「そうですねぇ。2人で仲良く、ちょっと遊んでただけですよ。ね～～睦月さん？」 　如月が幸せそうに微笑むと、兄は応えるように如月の頭に優しく口付けをした。 「……なんかめっちゃ、らぶらぶうざい……」 　私は実質、振られたようなもの。らぶらぶな2人の状況に目が濁る。 「せっかくお土産あったのに、渡す気失せる」 　手元にあるドーナツの箱を開け、ひとつ取り出し、口の中に入れる。如月がドーナツの箱を覗き込んできた。 「うわぁ、美味しそうですね」 「如月の分はあるよ。はい、どーぞ」 「ありがとうございます。ん～～！！　カスタードがとろけて美味しいです～～」 「俺の分は？」 「ないよ。だって皐さんからのお土産だもん」 「…………」 　兄の顔が無表情なった。そんな顔されても。ないものはない。空になったドーナツの箱を持ち、リビングへ向かう。リビングから、美味しさに悶える如月を見つめる。幸せそう。 「美味しすぎ……」 「如月、口元にカスタードついてる」 　兄と如月の頭が重なった。あ～～、ちゅーしたな、これは。大方、何をしているのか想像が出来る。 「手も砂糖で汚れてる」 「え？」 　あーー見てられない！！！！　他所でやれ！！！　他所で！！！　和室まで行くと、指に付いた砂糖を愛しそうに舐める兄と、恥ずかしそうに指先を舐められる如月の姿があった。リア充爆発しろ！！！ 　いちゃいちゃうざい！　滅びろ！　霹靂一閃！！！ 　すぱん！！！！ 　思いっきり襖を両手で閉め、いちゃらぶを封印する。自分がうまくいかなかっただけに人の幸せは、今は見たくない。最高にむかつく！！！ 　次は学校で恋が見つかりますように。 　＊ 「睦月さん、もうついてないですって」 「……やだ」 　襖が閉まり、それでも指を舐め続ける睦月に頬が染まる。かぷ。睦月が私の指を甘噛みした。指先から感じるほのかな痛みと、舌の感触に鼓動が早くなる。 「ちょっと……」 「……嫌だった。卯月を抱きしめてる如月を見るの」 「支配欲と独占欲の塊ですか」 「そんな風に言わないでよ」 　嫉妬で元気のない顔が可愛いくて、頬に手を添え、こちらを向かせる。上目遣いで見つめる睦月に惹かれ、唇を重ねた。薄く開いた口唇から優しく舌先を差し込み、ゆっくり絡める。 「ん…っん……んんっ…はぁっ……カスタードの味した」 「ふふ。そう？　心配しなくても、私は睦月さんしか見えてないですよ」 　私の言葉を訊き、満足そうに微笑む睦月の頭を撫でる。ふふ。可愛い。私の愛しき人。 　＊ 　ーー時は流れ、6月、オフィス外構、昼休み。 　今年は例年より梅雨入りが遅いらしい。今日は比較的日差しは弱い。曇り空を眺めながら、ベンチに神谷と横並びで腰掛け、ランチクロスを広げた。 「今週末だね、慰安旅行」 「あ～～そうだね。一泊二日も如月と離れるって考えただけで、寂しくて死にそう……」 「うさぎかよ」 　如月は基本、連絡をくれない。俺からメールを送っても既読無視。ひどい。何か返してくれてもいいのに。そんな状態で離れるなんて耐えられない！！！ 「最近、仕事中もスマホに固執し過ぎじゃない？　何見てるの？」 　神谷のスマホを覗き込む。スマホの画面には誰かを追うような地図が広がっていた。これはGPS？？ 「何これ……誰に付けてるの……？」 「また桜坂か……クソが」 「桜坂って誰？　ねぇ、その相手、皐さんだったりする？　付き合ってるの？」 「そうだよ？　付き合ってはいない。俺にも入ってるよ、GPSアプリ。お互いを共有してる」 　怖っっ！！！　カップルでもないのに！！！　どういう関係性？！？！　少し引く。 「なぜGPSを……？」 「相手のことを全て知るにはGPSは必須だろ。今僕たちはお互いのことを深く知って、仲を深めてる最中なの」 「この桜坂！　皐に好意を寄せている。原稿も出来てないくせにすぐ呼び出す。ほんと、許せない」 「詳しいね……」 　少し付いていけなくなっている自分がいる。神谷から狂気すら感じる。皐さんに影響されすぎなのでは？ 「桜坂の後をつけて調べた。でも皐から仕事に関することは介入しないように言われてて。でも許せななくね？　いやらしい目で皐を見てさぁ。僕しかそういう目でみちゃいけないのに」 「道を踏み外すなよ……」 　ある一定の場所で留まり続けるGPSを見つめる。俺からできる、せめてものアドバイスだ。 「大丈夫だよ～～。合意の上なんだから。それより、総務の新しく入った可愛い子、佐野のこと調べてるって」 「え？　なんで？　なんかしたっけ？　というか誰？」 「えっと～～確か名字は『志田』だよ」 　その名前を聞いて、血の気が引いていく。え……蒼？？ 　まさかね。俺は転職者だけど、そんな簡単に入れるような企業ではない。それに好きな人がいることは伝えたし、納得してくれたはずだ。わだかまりはない。 　それ以降、連絡をしていなければ、向こうからも来ていない。勿論、会っていない。ここまで追う理由などないはず。胸の中が不安に苛まれる。 「俺の情報って……どこまで漏れてるの？」 「んーー。同性愛者で、男の恋人がいるってことくらいかな？　誰と恋人か、までは流れてない」 「俺ってゲイだと思われてるんだね」 「今更？　違うの？」 「んーー分からない」 　如月が好きなのは間違いない。でも自分のセクシュアルマイノリティを言及されると答えられない。自分のことなのに、まだ分からない。 「まぁさ、慰安旅行で離れてみて分かることもあるんじゃないの。見えないことも見えてくるっていうかさ」 「そうかなぁ……」 　恋人になって、すぐ離されたのに？　どこにいるか分からない、会えない。そんな日々を過ごしたせいで、離れることへの不安が強い独占欲と束縛したい気持ちに変わる。 　どこか如月を信じきれていないのかもしれない。 　如月を誰かに取られるのでは？　という不安。相手が妹だとしても、溢れ出る醜い嫉妬。信じきれない自分の弱さから、連動するように征服欲も出てくる。 　なんて俺は汚いのだろう。 「慰安旅行中、皐さんのことはどうするの？」 「どうもしな～～い。何かしたところで僕たちの関係性は何も変わらないからね。皐の好きそうなお土産を探すのみ！！　会う口実にもなるし。はぁ～～何が好きかなぁ」 　皐を想う神谷はどこか幸福そうに思えた。話してばかりで進んでいない弁当に、お互い手を付け胃袋に掻き込む。 「……本気なんだな」 「勿論。全然相手にしてくれないけどね～～」 　神谷があはは、と声に出して笑った。