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11話(5)
一通り探しても、佐野の姿はない。まだ部屋に居るのかもしれない。足早に自分の客室へ戻る。
部屋の中へ入ると、水を片手にうずくまる佐野が居た。
「何やってんのさ~~」隣にしゃがみ、背中を軽く叩く。
「だってぇ~~……行こうと思ったんだけど……どんな顔で会っていいか分からなくて……うぅ」顔を上げた睦月には少し涙が浮かんでいる。
「泣くなよ~~まだ酔ってんの?」机の上からスマホを取り、メールを開く。
「……酔いも目も覚めた……っう……なんて言えばいいと思う? 仲直り出来るかな?」
「知らんがな」睦月に肩を揺すられながら、卯月へメールを送る。
【売店まで出て来れる?】
【なんで?】即レスだ。
【お兄ちゃんと如月氏は喧嘩しましたぁ~~仲直り大作戦です】ちょっと違うけど子どもにはこれでいい。
【り】1文字! かなしみ。
【待ってるよ~~】はい、既読無視~~。スタンプくらいくれ。
「まぁ、とりあえず、ちょっと付き合ってよ」佐野を連れ出し、売店へ向かう。売店に着いたタイミングで、卯月も来た。
「お兄ちゃん、泣いてるの?」心配そうに見つめている。反応しない睦月の代わりに答える。
「自業自得だから。大丈夫大丈夫。悪いんだけどさ、卯月ちゃん。しばらく僕の部屋来てくれる? 僕は断じて何もしない。ここに誓う」全てを察したのか卯月は頷いた。
「お兄ちゃん、私、神谷さんと居るから、ちゃんと仲直りしなよ?」卯月は睦月の背中を優しく撫でた。
「……出来るかなぁ……」不安そうに呟く。
「はい、これ、卯月ちゃんの部屋の鍵」睦月に渡す。
「なんで持ってんの?」卯月は不審な顔で神谷を見る。
「え? パクった。これぐらい出来ないと付き合っていけんのですわ!!」皐とな!
「誰と付き合うのさ~~」
「頑張れよ、佐野~~」軽く手を振り、部屋へ戻った。
*
如月の待つ客室へ行く足取りが重い。仲直りはしたいが、何を言っていいのかわからない。謝って済む問題なのだろうか。本当、自業自得だな。
客室に鍵を差し込み、扉を開けた。ベッドに座り、脚を組んで本を読む如月が見えた。
「卯月さん、良いおやつありまーー……」穏やかな声は自分の姿を見て消える。重い沈黙が流れた。自分から先に言うべきだ。
「酔っていて理性を失いました。ごめんなさい……」軽く頭を下げて謝る。
「いいですよ、別に。お酒飲んでいましたし、若いからそういうこともあると思いますから。非難するつもりはないです」如月はこちらを見てくれない。
淡々と、何もなかったように、話す如月を見ていると、自分の過ちを許してもらえた気がしない。感情的になって怒ってくれた方がまだいい。
「俺、酒の飲み方には気をつける。理性を失ってそのままってなりたくないから」如月は本から目を離し、睦月をみる。
「そうですか」
「本当にごめんなさい。嫌なもの見せました。如月を絶対傷つけました。怒ってるよね? 俺だったら死ぬほど嫌だもん……」溢れ出る感情が全て口から出ていく。
「俺……多分、女の子も好きかもしれないけど、如月が1番好きなの、大好きなの……うぅ……別れたくない……うっ」如月は本を閉じ、睦月のそばに寄った。
「別れたいなんて一言も言ってないですけどねぇ。なんで泣いてるんですか~~」今日は泣いてばかりだ。
「だって~~だって~~めっちゃ目怒ってたし、絶対振られると思ったんだもん~~」如月にティッシュで涙を拭かれる。
「はぁ~~……バカですね」睦月に優しく唇を重ね、離す。
「怒ってはいたけど、部屋を出たら冷静になりました。まず、睦月さんから誘った訳ではないですし。泥酔している相手に欲情させるようなことする方がおかしいですから」涙を拭いたティッシュをゴミ箱に捨て、話を続ける。
「それに、こんなことで崩れるような関係なら要らないかなって。でも睦月さんは私のところへ戻ってきた」如月は再びベッドに腰掛け、睦月に向かって、手のひらを上に向け、伸ばした。
「じゃあ別れなくていいの?」伸ばされた手に導かれ、手を重ねる。重ねた手を勢いよく引かれ、腕の中に収まり、そのまま一緒に寝転んだ。
「だ~か~ら~~別れたいなんて言ってないし」腕の中で聞こえる如月の鼓動に、こちらまで釣られてドキドキしてくる。
……ベッド、ダブル? 卯月とダブル?
外へ目線を送ると客室露天風呂。
え……。卯月と露天風呂? はぁああああ?
「き、如月さん。ダブルですね。このベッド」あまり何かを言える立場ではない。
「えぇ。卯月さんを抱いて眠るためのベッドです」にっこり笑顔で答える。
「露天風呂がありますね、部屋に……」
「えぇ。夕陽みながら一緒に入りました」はぁあああ?
「気持ちよかったなぁ~~露天風呂の中で、こうやってね、後ろからぎゅーーってして、肩に顎を乗せるんです~~」腕の中の睦月に実演する。
「卯月と出来てるの? ねぇ! 卯月と出来てるの?」
「さぁね~~」如月は睦月の体を起こし、後ろから手で帯を引っ張る。
「ちょっと! 何してるの?!」目線を上に向け、如月を見る。
「浴衣っていいよね~~お風呂、入りましょ」艶かしく微笑む如月と目が合う。
「え、一緒に入るの?」急に鼓動が早くなる。
「あれ? 入らないんですか? あんなに入りたがっていたのに?」解けた帯を床に捨て、肩からゆっくり、浴衣を下ろしていく。
「なんか楽しんでない?!」
「すごく楽しいです。いつもと雰囲気違いますし、浴衣ですし、露天風呂もあって、なんか1番大好きとか言われましたし」目を閉じて、むき出しになった肩に軽く唇を付ける。
「ちょっ……露天風呂はぁ?」顔を少し上に向け、如月に訊く。
「入りますよ、汚い女が触った体は綺麗にしなくちゃね~~」完全に浴衣を剥ぎ取られてしまった。
「……脱がしてくれないんですか?」表情を緩め、睦月に訊く。
「えっ……」切れ長の瞳に見つめられ、頬が薄く染まる。
「この前の威勢はどこに行ったのやら。早く~~睦月さん」首を少し傾け、お願いする如月に、心が高ぶる。
如月の方を向き、そっと帯に手を伸ばす。帯を引くと、ゆっくり解け、浴衣が緩む。浴衣の上前に手を掛け、肩まで広げる。
何気に肌白い。こんなにゆっくり見ることはあまりない。肩から浴衣が崩れ、少しずつ見えてくる肌。みたい。もっとみたい。
視覚的欲求に従い、崩れ落ちる浴衣を完全に下ろす。
「そんなにうっとりみないで」如月はベッドから降り、露天風呂へ入る準備を始めた。
今日は、もしかして、もしかすると、アレですか? 念願の最後まで……?! 大丈夫、大丈夫だ。落ち着け。ひよるな。新しい扉を開け。
全てを如月に委ねよう。
「睦月さん何やってるんですか~~?」如月はいつの間にか露天風呂へ入っていた。
「いや、なんでもない」変にこの後のことを意識し、緊張する。
「女の子と違って、メンズ2人じゃ狭い~~」露天風呂の湯が一気に溢れる。マジで卯月と入ったのか……。
露天風呂の淵に腕を組み顔を乗せる。後ろから如月が肩に顎を乗せ、軽く抱き寄せた。一緒に空を見上げると、たくさんの星が輝いていた。
「綺麗ですねぇ」星空を眺め、如月は呟く。
「うん。色々あったけど来てよかった」
「お酒は程々にして下さいよ」見上げている顔を睦月に向ける。
「わかってるよ。ほんとごめん」如月としばらく見つめ合った。
お互いにお互いの目をじっと見つめる。合図するかのように如月は首を少し傾けた。腕に乗せていた顔を起こし、如月に近づけ、唇を重ねる。いつもより優しく、何度も重ね合う。
「んっ……」
少し唇に隙間を開け、また重ねる。来てもいいよ。如月へのメッセージ。
ゆっくり入ってくる舌先。甘く、優しく、呼吸を合わせながら絡める。如月は頭の後ろに手を回し、髪の毛を撫でた。
「ーーーーっ」
如月の方を向き、吐息を漏らしながら、より激しく絡ませる。薄目を開けて如月を見る。目が合った。目尻が下がり、心を奪われているような表情だ。愛しい。
激しく絡めたり、ゆっくり絡めたり、緩急を付けながら、この時間を楽しむ。
絡まる舌先が少しずつ弱まっていき、唇から離れた。
「……んはぁっ……」露天風呂の温度と、身体の中の熱で頭がぼうっとする。
「如月、好き」なんとなく恥ずかしさを感じ、目線を落とす。
「知ってますよ。先に上がりますね」如月は露天風呂出て、少し立ち止まり、振り返った。
「私も好きですよ、睦月さん」ほんのり頬が赤い。だぁーーっ。
露天風呂の淵に腕を乗せ、顔を伏せる。
長いキスに触発され、身体中は熱く、こんなにも如月を抱きたい。お酒を飲んでいた時とは違う。理性は働いている。自分の意思だ。
そもそも、最初から、そういう流れなはず。
雰囲気に飲まれて、露天風呂から出て行けてない。なんだか緊張する。でも怖くはない。甘いひと時を過ごそう。
睦月は露天風呂から出た。
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