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13話(2)
「寝てしまった……」
スマホを手に取り、時間を確認する。思ったより寝ていない。もうすぐ正午だ。体の怠さは感じない。薬が効いたのだろうか。隣を見ると皐が寝転がり、本を読んでいる。
「起きたか。朝より顔色は良い。だが無理はするな、ゆっくりするといい」ベッドの上に散らばった本の一冊を手渡される。
「……迷惑かけてごめん、ありがとう」本を受け取り、うつ伏せになって開く。
「なぁに、今更じゃないか」皐はこちらを見て、薄く笑った。
本の字を目で追っていく。良いチョイスの純文学だ。別にやましいことはない。多分。変なことはしていない。本を読んでから帰ろう。
「あぁ、そうだ。一応迎えを呼んでおいた」
「誰を……」本から目を離し、皐を見る。
「卯月だよ。学校が終わったらそのまま来る」良かった。睦月さんが来たら怒りそう。
「ありがとう、それまでゆっくり過ごさせてもらうよ」皐を見て微笑み、目線を本に落とす。
「お腹が空いたよ、弥生」本をベッドに置き、皐はにっこり笑う。
「えぇ~~。私に作れって言ってるんですかぁ……」
私たちは料理が出来ない。皐は料理を作ること自体は好きだが、センスがないため、美味しくない。掃除は出来ても、料理は出来ない。結婚の決め手に欠けたのは、これが大きい。
「なら、私が作るか?」皐が訊く。
「うーーん……」正直、どっちもどっち。
「一緒に作りましょ」ベッドから降り、キッチンへ向かう。
「それは良いな」皐は嬉しそうに着いてきた。
冷蔵庫を開ける。何もない。佐野家とは大違いだ。
「無理だ、出前にしよう」冷蔵庫を閉める。
「それもまた良いな。何種類か頼んでパーティをしよう」
お互いスマホを開き、食べたいものを注文する。すっかり、体の具合の悪さなど、どこかへ消えてしまった。透明なティーカップに冷たい紅茶を入れ、リビングのソファに2人で腰掛けた。
「私は謝らねばならない」皐は申し訳なさそうに話し始めた。
「色々、自己都合で無理強いをした。嫌な思いもさせた。悪かった」如月の顔を見上げる。
「もういいですよ。色々あったけど、今の関係、居心地良いですから」
皐の頬を優しく撫でる。皐は穏やかな表情をした。
「それに、皐 のことは好きですよ」手に頬を添えたまま少し顔を近づけ、言う。
「その好きは卯月と同じ枠 だろう?」皐は少し頬を赤らめ、口を尖らせた。
「そうですけど?」
ティーカップをひとつ皐へ渡す。
「弥生は手癖が悪いな。あの男も大変だな」ティーカップを受け取り口を付ける。
「一途ですって~~」脚を組み、ティーカップを口元に運ぶ。
「……まぁ可愛い人は好きですけどねぇ」
紅茶を飲み、他愛のないことを話しながら、デリバリーが来るのを待った。
*
ーーオフィス昼休み
「疲れた……」
残業をしないで、早く如月の元へ行きたい一心で、業務をこなした。とても疲労感。
「神谷ぁ~~お昼いこ~~」鞄の中から弁当と水筒を取り出す。
「……皐ずっと家に居る……仕事休んだのかな……」相変わらずGPSを眺めている。
「仕事終わったら、皐さんの家行こう?」神谷を誘う。
「行くさぁ~~」
席を立ち、一緒に歩き、オフィス外構へ向かう。いつものベンチに2人で腰掛けた。
「あぁ~~っもう! なんでフラフラすぐ着いて行っちゃうのかな?!」皐と一緒に居ると考えただけでイライラする。
「元々マイペースで自由なところある人だろ……」神谷は眉間に皺を寄せながら、手作り弁当を食べる。
「あれ? 弁当じゃん」でも焦げてるし、不味そう……。
「皐がね、作ってくれたんだけどね。見た目通りの味ですわ……卵焼きのくせにすごく不味い」それでも箸を進める神谷は偉いな。
どこでもフラッと行ってしまう如月に不安な気持ちが湧く。行動の自由を制限したいくらいだ。もしかしたら、皐も同じように思って、家に縛りつけたのかもしれない。だとしたら、束縛は出来ない。
でもこの現状をどうにかしたい。
「もう一度電話しようかな?」神谷に訊く。
「やめとけやめとけ。面倒くさい恋人になるだけだ」……。
「……そんなことないもん」スマホを取り出し、着信履歴を開いた。
*
テーブルに頼んだデリバリーの品が揃い、パーティが始まる。元恋人と2人で何をやっているんだ感は否めないが、気持ちは楽しくなっていた。
「これも美味しいですね~~」ナンをカレーに付けて食べる。
「私が頼んだのはクレープだから、ナンの後に一緒に食べよう」ナンをちぎり、カレーに付け、口に運ぶ。ポケットから振動を感じる。
ヴーヴーヴーヴーヴー。
着信、睦月。
またですか……。面倒くさ……。
あ、でも誤解はとかなきゃ。
「……はい」ナンを食べながら電話に出る。
『どこにいるの?』うっ……。
「さつ……きの……家」やましいことはない、堂々としよう。
「看病してもらいました。おかげで良くなりました」皐が電話をわざと邪魔するかのように「あ~~ん」と言いながら、ナンを押し付けてくる。
『そう、じゃあ帰れば?』怒っている。
「今はちょっと……あっ、付いた、やめて」
カレーが顔に付く。このままでは誤解が誤解を生む。切ろう。
「夕方には帰りますので。 じゃ!」
ブツ。
看病してもらって、ナンを食べているだけだ。何もやましいことはしていない。大丈夫大丈夫。でも少しだけ、後ろめたい。帰ったら、いっぱい睦月さんを可愛がろう。
顔に付いたカレーを、紙ナプキンで拭き取り、再びナンを食べ始めた。
*
また5コール程して、電話が繋がった。
『……はい』なんか食べている気がする。
「どこにいるの?」わかっているけど聞きたくなる。
『さつ……きの……家』歯切れが悪いな。罪悪感はあるのだろうか。
『看病してもらいました。おかげで良くなりました』電話の向こうで「あぁ~んっ(デフォルメ)」って聞こえた。悪いことしてる!
「そう、じゃあ帰れば?」腹が立ち、キツく当たる。
『今はちょっと……あっ、付いた、やめて』妄想が膨らみ、スマホを握る手に力が入り、震える。何をして……!
『夕方には帰りますので。 じゃ!』
ブツ。切られた。
「絶対悪いことしてる!!」怒りで箸を持つ手に力が入る。
きっと、別れたことによって、卯月みたいな感覚でいちゃいちゃしてるんだ!! 元恋人だから、体の付き合いも良いみたいな。 なんでもやっていいと思うなよ、如月め!!!
「お前が想像してるようなことはやってないと思うけどなぁ」
神谷は呆れながら弁当箱を片付けた。
*
珍しい。皐さんからメールが来ている。スマホを開き、内容を確認する。
【弥生を預かった。うちへ来い】
脅迫?
如月って高熱だったはず。誘拐? ぇえええええ!
6月は期末テストもある。授業は受けたい。学校が終わり次第、そのまま皐の家へ行こう。幸い、次の授業が終われば、帰れる。
なんでこんなことになっているんだ?
また如月が帰って来なくなったら大変だ。でも今の皐がそんなことするかな。
色んな思考回路が巡り、授業に集中出来ない。考え過ぎているうちに、授業は全て終わっていた。
「卯月ちゃん、帰ろう~~」星奈が席まできた。
「あーーごめん、ちょっと寄るところが出来ちゃって。急いで行かなきゃ。また明日ね!」鞄を片手に席を立ち、早々と教室を出る。
学校を出て、小走りに皐の家へ向かう。学校からなら、うちへ行くよりは近い。もう一度スマホを確認する。皐からまたメールが来ていた。
【扉は開いている。ご自由にどうぞ】
親切!!
誘拐とかではなさそうだな。そのメールをみて、如月が居なくなる可能性が消えて安堵する。皐の家へ着き、部屋の中へ入った。
「皐さん、きたよ~~」静かだ。テーブルの上はデリバリーの残骸が残っている。
「こっちだ」皐がドアからひょっこり顔を出した。
「迎えにきてもらって悪いね」皐はドアの内側へ、招き入れる。お迎えのメールだったのか。
「お迎えの文章じゃなかったよ~~」部屋には大きなベッドがひとつ。寝室だ。
如月がベッドの真ん中でうつ伏せになりながら本を読んでいる。こちらに気づくと、少し振り返り、顔をあげ、軽く手を振った。
「熱下がったの?」如月に訊く。
「皐のおかげで、もうなんともありません」皐が如月の左側に横向きに寝転がる。
皐は背中を如月にもたれかかりながら本を読み始めた。時々脚を動かし、スカートの裾がめくれる。それを如月が手で直す。気まぐれに如月が皐の頭を撫でる。
「2人で本読んでたの?」なんだか良い雰囲気だ。
「えぇ、まぁ。読み終わったら帰ろうかなって。あと少しです」
「なんか……らぶらぶ」冷たい目で如月を見る。
「そんなんじゃないですって。卯月さんもこっち来て勉強したらどうですか?」
誘われるまま、右側に寝転がる。柔らかくて気持ちいい。鞄の中から勉強道具を取り出し、うつ伏せで勉強を始める。
「弥生は手癖が悪いな」本を読みながら皐が呟く。
「2人してなんですかぁ~~」
「皐さんも如月も文系だよね? 勉強教えて?」体を起こし、2人を見る。如月と皐は顔を見合わせ、目を細め、微笑み答えた。
「「なんなりと」」
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