46 / 91

13話(4)

 今日は帰らないとは? それはそういうことですか? このタイミングで? なんで今! 望んでいたけど、なんか違う!  頭の中をぐるぐると色んな思考が巡る。考えすぎて、今食べている夕飯の味がよくわからない。如月は目が合うとにっこり微笑む。だけど、瞳の奥はどこか笑っていない。怒りを感じる。  うぅ~~、やだなぁ。 「ごちそうさまでした……」手を合わせ、食器を台所へ下げる。 「お兄ちゃん、今日の家事は私がやっておくよ」余計な気遣いを……。 「ありがとうございます」如月は嬉しそうに笑い、食べた食器を下げ、洋室へ向かう。 「本当に出かけるの?」洋室にいる如月に声をかける。座って鞄に色々何かを入れている。 「うん。睦月さんのこと好きですし……誰かに盗られたくないから」如月はちらっと睦月の方を見た。 「俺はどこにもいかないよ?」座っている如月の後ろから抱きしめる。ふと、鞄に入れているものが目に入る。 「そういう問題じゃないし」何これ、何、鞄に入れてんの。こわい……。 「それ、何……」見たことないごつごつしたものを指差す。 「えーー? なんでしょう。まぁいいじゃないですか」こわ!! 「早く行きましょ~~」如月は立ち上がり、斜め鞄を肩に掛け、睦月の手を引っ張った。 「行ってきま~~す」如月は卯月に軽く手を振る。 「お兄ちゃんがんばぁ~~」何を頑張るの?  如月に連れられ、外に出る。外にはタクシーが待っていた。タクシーに乗り、外の景色を眺める。妖しい雰囲気のホテル街でタクシーから降りた。 「……なんか緊張するんだけど」いざ、現実が目の前まで来ると怖気づく。如月の服をぎゅっと握る。 「入ったことないんですか?」ホテルの中へ入り、部屋を選ぶ。 「……ないですけど何か? 家派なので」煌びやかなホテル内に少し気後れする。 「へーー」選択した部屋まで進み、ドアを開けた。  中は意外と落ち着いた雰囲気。そして、大きなテレビ。大きなベッド。ゆったりソファ。高級感のある机。驚きを隠せない。 「すごい!!! なにここ!! ホテルじゃん!!」初めて入る空間に新鮮さを感じ、テンションが上がる。部屋の中を順番に見ていく。 「ホテルですって……」如月はソファに座り、落ち着きない睦月を見つめる。 「お風呂めっちゃ大きい!!」家とは全然違う。 「テレビ大画面!!!」映画とか観たい。 「アメニティいっぱい!!!」持って帰りたい。全てに興味が湧き、目が輝く。 「睦月さん、これ」何かを手渡された。 「お風呂、入ってきてね~~」にこやかに手を振られる。  さっきお風呂入りましたけど?  そう思いながら、浴室へ向かう。つか何これ。手元を見る。腸内洗浄? ちょっとぉ!!! 脱衣所のドアを勢いよく開け、ソファで本を読んでいる如月の元へ急いで行く。 「……これは?」ひきつった笑顔で訊く。 「やらないと楽しめないよ?」本から目線を上げ、答える。何か説明ぐらいしろ! 「早くお風呂入ってきて?」 「~~~~っ やればいいんでしょ!! やれば!!」受け取ったものを握りしめ、浴室へ戻る。  これって前準備なの? 如月が平然としてるのは、俺以外にも男と付き合ったことあるってこと? どうやって使うのこれ!!  ーー睦月が格闘すること1時間。 「……色々終わりました……」  備え付けのバスローブを着て、脱衣所を出る。バスローブとか初めて着た。準備が整ったことで身が引き締まる。 「長いって。何してたんですか? 待ちくたびれました」呆れ顔で睦月を見る。本を閉じ、脱衣所へ向かった。  何持ってきたんだろう。変なもの入れてたのは確か。今お風呂入ってるし、見ちゃおう。如月の鞄の中に手を入れ、中身を取り出す。  コンドーム。いるって言ってたよね。ちゃんと持ってきたんだ。しかも箱ごと。そんなに使うの?  ローション。必要なの? これ、要るの?  …………。これ、誰に使うつもりですか。俺? 俺に使うの? え、やだ、こわい。  出したものを全て鞄の中へ戻す。見てはいけないものを見た気がする。余計に緊張し、室内をうろうろ歩く。 「ぁあ゛~~~~っ!!」  叫んでみる。緊張はほぐれない。  そうだ、テレビをみて気を紛らわそう。少しは落ち着くかもしれない。テーブルに置かれたリモコンを手に取り、テレビをつける。 『あっあ~~ん』 『イっちゃうよぉ~~』 「な、なななんてえっちな……!!!」  男女が身体を重ねるアダルトビデオに思わず釘付けになる。  如月と出会ってからずっと観ていない。久しぶり過ぎてなんだか目が離せない。ぉお、えろ……って、ダメダメダメ! 何してるの! もうっ。  手で顔を隠し、指の隙間から見つつも、急いでテレビの電源を切る。少し名残惜しい。 「お茶とか飲めば落ち着くかも……」  辺りを見回す。小さな自販機みたいなものを見つける。 「部屋に自販機があるなんて、親切だなぁ~~」  自販機の前に屈み、種類を見る。変なものがいっぱい並んでいる。 「っ!!!! えっちな自販機!!!」  あ、でも水もある。水に手を伸ばした時、後ろから如月が肩に顎を乗せてきて、びっくりし、違うボタンを押す。 「1人で何してるんですか? 叫んでなかった?」 「あーー……如月のせいでなんかへんなの出てきた……」 「自分が押したんでしょ」如月は出てきたおもちゃを手に取り、電源を入れる。 「そんな躊躇いなく触るなよ」改めて、水のボタンを押す。 「バイブですね、つかう?」なんで笑ってんの……。如月は睦月の顔をじーーっと見る。 「…………誰に?」同じように如月の顔をじーーっと見る。ペットボトルのフタを開け、水を飲む。 「……………」しばらく見つめ合う。なんで何も言わないの。何? 俺に使いたいの? 「んーーとりあえず座ってお話でもします?」如月は睦月の手を取り、ベッドへ移動した。 (ここに座るのぉ? ソファじゃないの?) 「なんでしたっけ、少し話そうって言ってませんでした?」如月はベッドに腰掛ける。 「いやぁ……もういいっていうか……」ベッドの上で体育座りをする。 「緊張してるんですか?」如月は睦月の頭の後ろを撫でた。 「逆に何故緊張しない?!」 「え? 初めてじゃないから?」何言ってるの? とでも言いたげに首を傾ける。 「……どんな恋愛遍歴……」  でも、興味はある。恋人として、過去にどんな人とお付き合いしていたのかは知っておきたい。 「元恋人どんな人……?」なんとなく、モヤモヤしてしまい、左手の指輪を触る。 「そういうの気にする派ですか?」眉にシワが寄る。話したくなさそうだ。 「基本、男性とはあんまり長続きしないですね~~母性本能のある女性の方が上手くいきます」それ、俺に言うの? 「なんで?」 「ヒモ体質なので」如月は子供っぽく笑った。 「それは間違いない」つられて笑みが溢れる。 「まぁ、好きになった人を愛するのみなので、男とか、女とか、相手のセクシュアルマイノリティとか、私には関係ないですけどね~~」如月は睦月を後ろから優しく抱きしめた。  でも他にも気になることがある。この際、色々聞いてみよう。 「大変申し上げにくいのですが」顔を上げ、如月を見る。 「なに~~?」 「何故卯月とお風呂に入るのですか?」  俺的には大問題。一応、大切な妹だ。 「純粋で、穢れがなくて綺麗で……全身を愛でてます」なにそれ。 「卯月を性的な目でみないでよ……」 「あはは、それはないですね~~強いて言えば家族への愛情表現です」  意味わからん。目が白く濁る。 「皐と距離が近いのも家族的な愛情表現?」1番のモヤポイントだ。 「……別れてから、気持ち悪さとかも無くなったし……関係性がよりフランクになって、余計可愛く見えるというか……」何言ってんの? 「好きってこと?」不信感が募る。 「皐のことも好きですよ。でも、卯月さんみたいに、一緒にお風呂とか入ったら、欲情しそう……」はぁ? 「……元恋人だから、家族愛にはならないっていうか……likeとloveの混同みたいな……」はぁああ? 「それはつまり、俺と別れたら皐とよりを戻す可能性が?」如月を睨む。 「なきにしもあらず……」如月は静かに、顔を逸らす。 「何そのキープ的な! 俺絶対別れないから!!」如月の方を向き、胸元を掴む。掴んだバスローブの隙間から胸板が見え、鼓動が早くなる。 「離してくださいよ~~睦月さんが1番ですよ?」1番とか2番とかそういう問題ではない。自分以外は見て欲しくない。 「俺だけをみろよ!!」胸元を離し、肩に手をかけ、押し倒す。嫉妬心に飲み込まれ、緊張は消えていた。 「ナニソレ。自分のことは棚に上げるつもりですか?」睦月の顎を掴み、顔に寄せる。 「うっ……」 「大体、あんなに女の匂い纏って、襟元に口紅付けて、何もなかったって変だと思いません?」やはり、怒っている。 「何をされたのかなぁ?」笑顔がこわい。言いたくない。 「教えてくださいよ、睦月さぁん」 「え? ーーっ」顎を掴まれたまま、唇が重なり、体のバランスを崩し、如月の体の上に倒れ込んだ。 「それとも、言わせてあげようか?」  如月は寝返りを打ち、睦月に覆い被さり、黒い笑みを浮かべた。

ともだちにシェアしよう!