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18話(6) #
「旭、やめて……ん……お願い、やめて……ぁあっ」振り解きたいのに、胸の突起を触られると力が抜ける。ただでさえ、力負けしている。
「なんでやめるの? 感じてるくせに。あんまり大きな声出すと、周りに聞こえちゃうよ」旭は睦月の耳元で囁く。
「ーーっやめて……ほんと……やめて……あっ……お願い……友達でしょ? んっ」口をつぐみ、漏れ出る喘ぎ声を我慢する。掴まれている手首が痛い。反応する体に嫌悪感。
「友達ィ? むっちゃんも俺のこと意識してたよね? その時点で友達なのかな? ま、やめないけど」旭は睦月のデニムのボタンを片手で外す。
手が空いた!!
片手で身体を起こそうとする。
「ダメダメ、何してるの」旭は睦月に唇を重ね、起こした身体を倒す。
「~~~~っ!!」体を密着させ、覆い被されてしまった。動けない。デニムの中へ手が入って来る。
「……はぁっ旭!! やめて!! あっ……俺はお前とは……あっ…友達で居たい!!……こんなの……間違ってる!! ぁあっ」話している最中も下着の中で手が巧みに動く。手の動きに合わせ、肩がビクッと反応する。
「ちょっと声大きいよ、むっちゃん」旭によって、唇が強引に塞がる。
「~~~~っ!! はぁっ……」無理矢理のキスに顔が熱くなった。
「俺はお前とは友達以上になりたい。むっちゃん、気持ち良さそうにしてるよね。どうかな? なれそうじゃない? セフレとかさ。俺、2番目でもいいよ?」2番目って……。
「あっ……なれない!! セフレとか無理!! 如月を傷つけるようなことはしたくない!! あっ」旭はその言葉を訊き、睦月を睨む。
「俺なりにかなり妥協してるよ? もっと柔軟に考えたら?」旭は一度手を止めた。
「もうやめて!! 間違ってるでしょ、こんなこと! 早く離せよ、旭!!」動かせそうな膝で旭の腹を少し押す。
「あーー何? 反抗的。さっきからなんなの? なんかムカつく」旭の指が下着の中で不穏な動きを始めた。
「ちょ、待って!! ダメだって!! もうやめよう? っんっ痛っ!!」後ろから指が急に押し込まれる。痛い。
なんで? なにこれ、痛い。如月とは違う。動かされても気持ち良さとか皆無。ヤバい、痛い! めっちゃ痛い! あと爪、長い!!
「やめて!! 痛い!! 痛いから!! 旭!!」
「開拓されてないの? ちゃんと慣らすから大丈夫だよ~~」慣らし方ってこんなんだっけ?!
「痛い!! ほんとやめて! ほんともう……やめて……こんなことやめてぇ……」何も届かなくて虚しい。
俺、今から旭に挿れられるの? ヤダよ、そんなの。如月以外受け入れたくない。抵抗してもビクともしない旭の体。掴まれてる片手首はジンジンする。
覆い被さり、自分を動けないようにしながら着々と準備し始める旭の顔を見る。頬は赤く染まり、俺を見て、目が潤んでいる。興奮し、息切れする姿は俺への愛というよりは、性的欲求。しかもゴム持っていないのか、そのまま挿れる気だ。
こんな一方通行のセックスしたくない。デニムを脱がされ、下着も脱がされていく。抵抗は無意味。もはや、されるがまま。旭によって、汚れていく体。
初めて知ったよ。如月は指を挿れる時はいつも細い指から順番に挿れてくれていたよね。指を2本で挿れる時は必ずローションを付けてた。
それって、全部、開拓の浅い俺が、痛みを伴わないように、そして、気持ち良くなるための配慮だったんだね。爪も情事の前はいつも短く切っていた。如月の優しさ。俺への愛情。気付かなかったよ。
こんなの、本当に嫌だ。開かれる脚。如月を想うと目に涙が浮かぶ。こんなことがあっても、如月は俺のこと、また抱いてくれるだろうか? 如月の愛で満たされていたはずの体は徐々に愛は消え、旭の愛執で黒く染まる。
勝手に口から言葉が出る。
「……如月ぃ……助けてぇ……」一粒の涙が頬を伝わる。
「……はぁ…こんなとこ来るわけないじゃん…はぁ……むっちゃん、挿れるよ」怖い。
……これで上手くいくと思ってるの?
抵抗も、声も通じないこの状況が怖い。自分の中へ入ってこようとしているものが怖い。1ミリも俺のことを考えないでことを進める旭が怖い。怖さから逃げるように目をぎゅっと瞑る。今から起こり得ることが頭から離れず、恐怖で小さく手が震えた。
*
ーー1時間前 佐野家
睦月の作ったお昼ご飯を食べながら卯月と一緒にスマホを見つめる。
「お兄ちゃん大丈夫かな?」卯月は天津飯を食べながら、如月に訊く。
「GPS上は銭湯に居ますけど……」銭湯へ行くのも納得出来ない。
卯月のアドバイスで、睦月が寝てからこっそり、睦月のスマホに見守りアプリを入れた。後をつけようかとも思ったが、久しぶりの再会に喜ぶ睦月を見て、邪魔してはいけないと思い、やめた。
それに、銭湯なら、たとえ性的な目で旭が睦月をみていたとしても、人の目が必ずあるし、何か起こるわけじゃない、はず。
「はぁ……」それでも心配は心配。
蒼と違って、相手は男。しかもそこそこガタイが良かった。押し倒された場合、抵抗出来ないかもしれない。まぁ、一応睦月さんの友達。いきなりそんなことするような最低な男 ではないと信じてはいる。
「GPS、動きました」スマホを見つめる。
「どこ行くのかな?」卯月もスマホを見つめる。
「なんか建物へ入りましたね」親指と人差し指で広げ、画面を拡大する。
「ネカフェだね」卯月は人差し指でスクロールして、住所を確認した。
「ネカフェ……」あまり良い予感はしない。
むしろ嫌な予感がする。天津飯をスプーンで掬い、口の中へ詰め込んでいく。様子を見に行った方がいい。何もなければないでそれでいい。何か起こってからでは遅い。
早く食べないと。スプーンを進める。もぉ、量多いし~~。あとひとくち。ごちそうさま。ティッシュで口周りを拭き、立ち上がる。
「卯月さん、ちょっと出掛けてきます」足早に玄関へ向かう。
「一緒に行こうか?」卯月が玄関まで見送りにきた。
「いやぁ、多分大丈夫です。行ってきます」多分、行っても修羅場。来ない方がいい。スマホをポケットに入れる。ドアノブに手を掛け、外へ出た。
位置情報を確認しながら、小走りでネットカフェへ向かう。暑っ。走ったことで体温が上がり、汗が出る。立ち止まり、手の甲で額の汗を拭う。早く行かないと。
ネカフェへ入って何分経った? 変なことがもし起きていたら、一刻を争う。急がないと。再び、走り出す。この歳で走るとか、つらい。引きこもりの小説家に走らせんな! ばか!
目的へ向かって、ひたすら走り続けた。
*
「震えないでよ、悪いことしてるみたいじゃん。お互い気持ち良くなろう? 別にさ、付き合ってーとか言ってる訳じゃないんだよ?」
「……お願い……もうやめて……」挿れようとしている。抵抗も疲れてきた。
「俺、挿れるの初めてなんだよね」え?
「……そう……ん……」押し当てられ、挿れようと模索しているのを感じる。
濡れた頬が乾いてきた。目には新しい涙が溜まる。歯を食い縛り、流れないように我慢する。どうにも変えることの出来ない現状は諦めの境地に達してしまう。
如月、助けて。
最後の最後の薄い望み。心の隅で来てくれることを願う。如月は旭に抱かれても俺のこと好きでいてくれるかな。目を合わせてくれるかな。汚いって思ったりしないかな。別れたいって言ったりしないかな。
また一緒に笑えるかな……?
如月、愛してる。これは何があっても絶対に揺るがない。でもこれはダメ、分かってる……。
「……きさらぎ……ごめん………っんいだっ!!」
タン
後ろに広がる鋭い痛みと共に扉が開く音がした。扉を見てみる。あ……。その姿を見て、我慢していた涙が溢れ落ちる。
「ごめーーん、待った? 天津飯が美味しすぎて遅くなっちゃった」如月、汗だくだね。旭は突然の訪問者 を睨む。
「早く睦月さんから退 けよ」如月は足で旭の脇腹を軽く蹴る。
「は? ヤダよ。これからなのに」旭は退こうとしない。
「早く退け」如月は軽蔑の眼差しで旭を見て同じところ今度は思い切り蹴る。
「ッ!!」バランスを崩した旭を手で押し、睦月から離した。
「こんなに泣いちゃって」如月は睦月の前にしゃがみ込み、優しく体を起こす。
「……っう~~……っ……っ……っ」安心して、涙がぼろぼろ止まらない。嗚咽が出て、うまく喋れない。
「どんだけ泣くんですか」如月は睦月のTシャツの端を持ち、涙を拭いた。
「……っ……おれのTシャツで拭くなよ……っ…」涙でぼやけた視界が明るくなっていく。
「自分の涙でしょ。ほら着替えて。話はあと」如月は睦月の服を拾い、膝の上に落とす。
「こんなに泣かせてまでするセックスになんの意味が?」如月は蔑んだ目で旭を見つめ、訊く。
「泣いてるも何も。むっちゃん感じてたよ~~? 少なくとも俺を受け入れたってことでしょ? 意味あったし」
「へー」如月に冷ややかな目を向けられる。
「受け入れた訳じゃない!!」
「まぁ、気持ち良くて出た涙には見えないですね」如月は哀しげな表情をする睦月の頬を撫でた。
「ごめんね? 状況は理解しているつもりなんですが、睦月 にも、旭 に対しても、心中穏やかではなくて」睦月の頬を撫でるの止め、指の背で軽く叩 く。
「……そうだよね」叩かれた頬を手で触る。
「俺、これでも睦月のこと考えてさ。妥協して、2番目 でもいいかなって。だから無理に付き合おうとかはないんだけど」旭は如月を見つめながら続ける。
「でもさぁ他のやつに手付けられた恋人とか精神的無理でしょ。別れれば。あーー、ちなみにキスもしたから。睦月捨てるなら貰ってあげるよ」旭は嘲笑った。
「……睦月さん。私は貴方が私を愛し続ける限り、ずっとそばにいる。何があっても自分から別れは絶対に告げない」如月は続ける。
「だけどね、自分の愛してる人が自分以外の誰かと挿入 したら、別れるから。 で、どうしたい? 旭さんとシたいなら別れるよ」笑ってるけど、冷たい目。結論は最初から出ている。
「俺は如月だけが好き。如月と離れる気はない。旭とはヤッてない。旭は今もこれからもずっと友達だよ」如月と旭を交互に見つめる。
「あんなことされて、まだ友達でいる気ですか」如月は呆れながら、頭を掻く。
「今日は嫌な思いはしたけど……学校生活は旭がいたから楽しかった……それに久しぶりに会えて嬉しかったのは本当だよ」睦月は旭を見つめる。
同意なく襲われて、すごく怖かった。嫌な思いもした。でも、今日だって、スキンシップは激しかったが、銭湯で過ごした時間は楽しかった。全てを嫌いにはなれない。
「むっちゃんは相変わらず優しいね。もういいよ、帰れば」旭は着替えながら言う。
「じゃあ、お言葉に甘えて帰りまぁす」如月は睦月を俵のように担ぎ上げ、肩に乗せた。
「ちょっ!! 何すんの!! このまま帰る気?! おろして!!」脚をばたつかせる。
「ぇえ~~ヤダ。お邪魔しました~~」如月はそのままゆっくり歩き始めた。
「あ!! 旭!! また遊ぼうね」睦月は優しく微笑みかける。
「……俺に何されたか分かってんの? バカじゃねぇの……」旭は目を逸らす。
「旭!! またね!!」睦月は旭に手を振る。
「また遊ぼうね~~むっちゃん! ……ごめんね」旭は小さな声で謝った。
2人の背中を見送りながら旭は呟く。
「むっちゃんも良いけど、如月サンも良い男だったなぁ……」旭は口元に手を当て、小さく吐息を漏らした。
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