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18話(5)

 ドアノブを引き、玄関へ入ると、見慣れない男物の靴。私と睦月さんの靴ではない。一体、誰が来ているというのか。というか、卯月さん、男連れ込んで、変なこととかしてないですよね?!  急いで玄関を上がり、リビングへ行く。 「如月おかえりぃ~~」リビングの床に座る、知らない男。 「た、ただいま」男と目が合う。  卯月さんよりは上。私よりは年下だと思われる。睦月さんと同じくらいの年代だろうか。ツーブロックで、後ろは少し刈り上げられている。 「ただいまぁ~~」呑気に睦月がリビングへ来る。 「あーー!! (あさひ)じゃん!! 久しぶり!! どうしたの?!」知り合いのようだ。 「久しぶりにむっちゃんに会いたくて、来ちゃったーー」んーー。モヤ。 「ぇえ? そうなの? 高校以来だね!」嬉しそうにしてるから、見守ろう。 「明日休みでしょ? 遊ぼうよ」んーー。 「いいよ、いいよ、いこいこ~~」ぁあぁあぁあぁあ!! イラ。  友達だ。久しぶりに会ったんだ。致し方ない。こんなことで嫉妬するのは違う。我慢しろ!! 弥生!!  旭とまた目が合う。明らかに私の存在はこの家では異質。見てくるのも仕方がない。だが、私の勘が警告する。(こいつ)は同じニオイがする。近づけてはいけない。  何か持っている。セクシュアルマイノリティを。  他愛ない会話を睦月と旭はしている。旭の睦月を見る目に違和感がある。瞳から好意が溢れ出している。 「むっちゃん、この人誰?」挑発的な目でこちらを見てくる。 「え? 如月? 恋人だよ」釘を刺した形にはなるだろう。 「へぇ……むっちゃんがこっち側にきてくれるなんて思わなかったなぁ」旭は小さく呟き、睦月の頬に触れた。 「え? なに?」睦月はきょとんとした顔で旭を見る。 「明日楽しみだねって言った」馴れ馴れしく、背中を触っている。その手つきも少し性的に感じる。 「顔も見れたし、今日は帰るわ。明日10時にいつものとこで!」旭は立ち上がり、如月のそばへ行き、顔を近づけ囁いた。 「……睦月をこちら側に落としてくれてありがとう。でも、返してもらうから」目を細め、如月を睨む。 「……奪えるもんなら、奪ってみれば?」如月は声を低め、睨み返した。  ピリピリとする空気が流れる。その荒々しい雰囲気を睦月が怪訝な表情で見つめる。如月と旭は微笑み、誤魔化した。 「じゃあね~~むっちゃん。あ、玄関まで送ってよ」旭は睦月の首に腕を腕を回し、引き寄せる。 「わかったってぇ~~」  抵抗なしに抱き寄せられるまま、体を委ね、そのまま玄関へ行ってしまう睦月にイライラする。  苛つき以上に、睦月さんが旭に対して何も感じてないことが恐ろしい。取られない自信があるわけではない。ただ、信じるしかない。睦月さんが私に対して今までかけてくれた言葉や行動を。  睦月がリビングへ戻ってきた。 「明日、出かけてくるわぁ」少し浮かれている。 「……うん。旭さんとは付き合い長いんですか?」それとなく探る。 「そうだね! 高校の友達の中では1番仲良いかも!」ふぅん。 「へーー。少し距離感近い人ですよね」気づけ! 「そう? 昔からあんな感じだったけど」んー。 「どこ行ったりしてたんですか?」詮索し過ぎか? 「あ~~銭湯? とかよく行ったかも」ダメだこりゃ。  はぁ。大丈夫かな。迫られると流され、受け入れやすい睦月さん。本人は旭が出している好意など気にも止めず、楽しむことしか考えていない。心配過ぎる。 「如月」卯月が声をかけた。 「んーー、なに?」 「あいつはヤバイ」ですよね、わかる。 「でしょうね。それ以上に睦月さんが何も気づいてないのがヤバイと思われます……」首が前に垂れる。はぁ。  卯月は如月に耳打ちをする。 「まぁでも、お兄ちゃんなら大丈夫だよ」 「そうですかねぇ~~」  卯月は如月の背中を叩き、励ました。  ーーーーーーーーーーーー  ーーーーーーーー  ーーーー  *  ーー翌日  よく待ち合わせに使った噴水前へ向かう。旭が噴水の淵に腰掛け、スマホを見ながら待っているのが見えた。 「ごめん! 待った?」片手で拝み、謝る。 「んーん、全然。どこ行く? 久しぶりに銭湯行く?」旭は目を細め、笑う。 「いいかもね! 行く!」  徒歩で銭湯へ向かう。学校帰りに2人でよく行った銭湯。今は改装されて以前より綺麗になっている。お金を払い、中へ入る。ロッカー前で着替えを始めた。 「え? 何?」ふと、旭の視線が気になった。 「むっちゃん、高校の時より割れてるね!」腹筋を触られた。  ん? 触り方がなんか……。如月といちゃいちゃし過ぎて、敏感になっているのかも。気にしすぎ。気にしない、気にしない。 「意外と鍛えてますから!!」手が胸筋まで上ってくる。 「良いカラダ~~羨ましいなぁ」旭は睦月の目を見つめた。 「ーーっ」胸の突起に一瞬触れた。如月との情事があったせいか肩がビクッとなる。 「あは、むっちゃんどうしたの? 早く脱いで入ろう?」旭は睦月の肩に腕を乗せた。 「……そうだね! 入ろう」なんとなく、デニムを脱ぐのを躊躇う。  んーー。指が、指が……。いや、気にしすぎ。本当に、一瞬だ。中指の指先で弾かれた気がした。たまたま当たっただけかもしれない。それに俺のこと性的にみてるとか、ないでしょ。ないな。ありえん。  なんだかスッキリして、デニムを脱ぐ。少し横目で見られているような気がしたが、気にしない。 「むっちゃんいこーー」旭は睦月の肩に腕を回し、温泉へ歩き始める。 「うん」少しボディタッチが激しいような。  頭を洗いながら考える。  ボディタッチの多さ。いや、それは昔からこんな感じだった。少し警戒する。え? 警戒? 何を警戒しているんだ? ん? 俺は旭を警戒している……? なんで?! 友達なのに?! バカじゃないの! 俺!!  頭と体を洗い終わり立ち上がる。 「旭!! 洗い終わった!!」 「俺も終わったよ、むっちゃんいこ~~」一緒に湯の中へ浸かる。 「はぁあーーきもちぃ~~」癒される。 「睦月は変わってないね」旭は隣に浸かる睦月をじーーっと見つめる。 「そ、そう?」  なんだかその視線が気になった。触れたい。そう瞳の奥が言っているように見える。 「むっちゃん、高校の時とピアス変わってないね」旭は睦月に顔を近づけた。 「えっ……お気に入りだから」温泉の暑さなのか、顔を近づけられてなのか、頬が染まる。 「まぁでも、むっちゃん、少し変わったね。俺には嬉しい限りだよ」旭は後ろから睦月を抱き寄せた。 「ななななな、なにするの? どうしたの?」睦月は振り返り、旭を見る。 「前もこういうことしてたけど」旭は睦月の肩に顎を乗せた。 「えっ、そうだっけ?」全然思い出せない。  密着する肌と肌に心臓がドキドキする。前もしてた、か。俺が意識し過ぎなのかもしれない。なんだか、好きだよって言われているような気がするのは気のせいなのだろうか。  少しずつ芽生える、旭への違和感。 「むっちゃん、この後どこ行く?」旭は睦月の耳元で訊く。少しだけ、耳の外側に触れた旭の唇。かかった吐息。顔が赤く染まる。 「あっ……お、おおおおおおおれ、のぼせてきたかも!!」おかしくなりそう。ここにいることが限界。睦月は立ち上がり、颯爽と出ていく。 「ふぅん。意識してくれるんだ、俺のこと」旭はニヤリと笑い、睦月の背中を追いかけた。  いやいやいや、ぁああぁあぁあ!! 普通に答えれば良いじゃん!! 逃げてきてしまった。不自然すぎる。だって、だって……耳元でなんか言うんだもん……。もうなんなの? 友達……でしょ……? 心臓が早まる。  旭によるスキンシップで、段々、友達として見れなくなっている自分がいた。バイセクシュアル。そのせいなのか。旭を性的対象として、みてしまっている? そんなの絶対ダメ!!!! 深呼吸し、少し冷静さを取り戻す。 「はぁ。あーー、ごめん、どこ行く?」体を拭きながら、旭に訊く。 「ネカフェとかどう?」2人きりの空間かぁ……。 「……いいよ」躊躇う部分もある。  着替えを済ませ、店内を出る。近くにあるネットカフェへ向かった。ネカフェかぁ。誰にも見られない個室の空間。んーー。友達だよね? 旭。何もない、何も起こらない。そう願う。  ネットカフェへ着き、店員へ旭が声をかける。 「2名。ペアフラットシートで」え?  部屋が決まり、扉を開ける。  旭は部屋へ睦月が入るのを確認すると、鍵をかけた。 (マジかぁ……)    寝転がれる広いシート。閉められた鍵。直感的に思う。なんか、ヤバい。いや、友達だし。うん。大丈夫。  適当に漫画を取り、個室の中へ入る。お互い、寝転がり、漫画を読む。ほら、大丈夫。気にしすぎ。  ぎゅう。  え?  後ろから旭に抱きしめられた。 「旭? いや、ちょっと、これは……えっと……」これはどういう意図なのか。 「前もしてたよ?(嘘だけど)」なるほど。 「でも、恋人がいるからこういうのは……」如月の顔が思い浮かぶ。 「男同士で友達だよ? 何言ってんの?」そうだね。 「ごめん……気にしないで」気になって、漫画を読む手が止まってしまう。  密着、し過ぎでは? 旭が時々、下半身を押し付けてきてるような感じがする。指摘するか? 気のせいかもしれない。いや、でも!!! 少し時間が欲しい!!! 「ーーっ旭!! ジュースとって来る!!」起き上がり、鍵を開け、慌ただしく部屋を出る。 「はぁい」旭の顔が見れない。 「むっちゃんってば、かわいいね」旭はクスッと笑った。  後ろから抱きしめられ、ドキドキしている自分は一体、なんなのか。下半身を押し当てられ、少し反応する体。ドリンクバーでジュースをコップに注ぎ、一気に飲み干す。  はぁ。落ち着け。何も気にするな、友達だ。普通に接しろ。旭は俺のことを友達としてしか見ていない。如月(恋人)もいる。変な気を起こすな!!  コップにジュースを注ぎ、個室へ戻る。念の為、鍵は閉めない。旭が寝転がりながら手を振った。 「おかえりーー」 「ただいま」コップを机に置く。寝転がるのはやめよう。  壁にもたれかかりながら座り、距離を取る。旭がじーーっとみてくる。不自然かな。 「こっち、おいでよ」旭はシートを叩く。 「う~~ん」渋々隣に寝転がる。  もう、早く出たほうが良いのでは?!  全然漫画読んでないけどその方が安全!! 仮に旭が俺に気があるとして、こんな空間に居るよりは外にいたほうが何も起こらないでしょ!! 「旭、そろそろ出なーーっあ、ちょっ」突然、手首を掴まれ、旭に覆い被された。 「え? ど、どうしたの? 旭……?」さっきまでの優しかった目がオスの目をしている。 「本当は、何回も会って奪うつもりだったけど、むっちゃんは実はこっちの方が合ってるのかなぁって」旭は睦月のTシャツの下に手を這わせた。 「は? え? 離せって! あっーーッ」触れられる手に体が感じる。グッと声を我慢する。  絶対逃げなきゃ。女と違い、力が強くて振り解けない。如月如月如月!! どうしよう!! 誰か助けてーー。

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