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19話 好きな人のことはなんでも知りたい!
ーー平日 夜
皐が久し振りに佐野家へ来た。私の新刊発売に向け、色々忙しいらしい。私も久し振りの新刊発表。少し緊張するものはある。皐は気まずそうに口を開いた。
「悪い、弥生。新人がミスった。サイン会をやらなければいけない」
「サイン会?!」驚きのあまり声が大きくなる。
作家になってこの方、サイン会はやったことがない。何かの企画でサインを書くことはあっても、作家として人前に出たことは一度もない。ドラマ化されようが、表舞台には出なかった。
それぐらい徹底して、自分の詳細は表に出ないように避けてきた。だから、サイン会とか有り得ない。まぁ、バズっちゃったけどね……。
「サイン会は行わないって、約束してますよね?」指先で机をトントンと叩き、圧をかける。
「それが、新人が受けてしまったんだ」皐は目線を下げ、俯く。
「キャンセルして」皐を見つめ、強めに言う。
「……出来ない。もう既に話が進み過ぎている。開催する商業施設も決まった。整理券目的の新刊予約購入の問い合わせが殺到し過ぎて、もう後に引けない。本当にすまない。やって欲しい」皐は正座し、頭を下げた。
「発売まで1ヶ月切ってるんだから、もっと前から決まってたことでしょ。なんで早く言わないの? 突然過ぎでしょ」イライラして、机を叩く指が早くなる。
「すみません……」皐は下を向いたまま謝る。
「で、いつなの?」机に頬杖を付き、皐に訊く。
「……今週の土曜」は。
「はぁ? ふざけてるの? 発売日じゃないし」イライラしてる如月を見て、睦月が間に入る。
「如月、落ち着けって。もう仕方ないじゃん」仕方ないで済ませるな!
「……8月発売予定だったが、サイン会に合わせて前倒しで発売することになった……」はぁ?
「めちゃくちゃでしょ。何勝手に相談なく進めてさぁ。そんな大事なこと、なんでずっと黙ってたの」皐の顎を持ち、上を向かせる。
「その……私も忙しくて……部下の尻拭いと……結婚とか……」皐は目線を逸らす。
「はい、言い訳~~。もういいです~~」
「……ちなみに150人限定……」皐がボソッと呟く。
「多過ぎでしょ!! せめてあと50人減らせ!!」なんだか頭が痛い。額を触り、ため息をつく。
「これでも減らしたんだ、許してくれ」皐は悲痛な表情を浮かべる。
「如月、ストップ。ストップ」睦月は座ったまま、後ろから抱きしめ、落ち着かせる。
「……どうせ私の小説に興味ないにわかの集まりでしょ」睦月のぬくもりが感情を少しだけ和らげてくれる気がする。
「そんなことはない。弥生はちゃんと賞も取っている。名の通った作家が突然表に出てきたら、そうなる」皐は如月を見つめ、続ける。
「それに、私は知っている。新刊を出せば毎回売れている。それだけ実力がある人気作家だよ、弥生。だから、お願いします」皐は再び頭を下げた。
「んーーーー」顔が渋くなってしまう。
「もうやるしかないんだからさ。ね? 如月。どこでやるの? サイン会」睦月はなだめるように如月の頭を撫で、皐へ訊く。
「大阪」うわぁ、しかも関西。行くの面倒くさ。余計やりたくない。
「ちなみにサイン会の日、弥生だけじゃ心配だから睦月 も来い」皐は睦月を見つめる。
「ぇえ?! まぁ、いいけどぉ……」何か企む顔をしている。怪しい。
「今何考えてたのかなぁ? 睦月さぁん?」後ろを振り返り、顔を近づけて訊く。
「ぇえ~~? 別にぃなんもぉ」明らかに顔が緩んでいる。まぁどうせえっちなことでしょうけど。からかってあげよう。
「隠し事するなら、旭さんに来てもらおうかなぁ~~。お泊まりで色々楽しんじゃおうかなぁ~~」スマホを取り出し、メール画面を開く。
「はぁ?!?! 何それ?! 色々って何?! 絶対だめ!!! いつの間に連絡先交換してんの?!」睦月は如月のスマホを見ようとする。
「ちょっと、見ないでくださいよ~~プライバシー侵害ですぅ~~もう睦月さんとはえっちしない~~」如月は口を尖らせた。
「やだ!! やだぁ!! 如月ぃ!! ごめん!!」後ろから抱きしめる腕の力が強くなるのを感じる。かわいい。
「相変わらず仲良しなことで。遅くまで長居してすまない。詳細は早めに連絡する。本当に申し訳ない。では帰る」皐は荷物を持ち、玄関へ向かった。
「はぁい。気をつけて帰ってね、皐」皐に手を振る。
「あぁ、大丈夫だよ。弥生」皐は軽く手を振り返し、玄関を出た。
サイン会ねぇ。やだなぁ。面倒くさそうだ。大阪かぁ。今週だと、海の日があって、三連休だ。睦月さんが一緒にきてくれるなら、プチ旅行みたいな感じで計画しようかな。そう思うと、少しだけ、楽しみだ。
背中に抱きつく睦月を見る。
「な、なに?」睦月は瞬きして、訊く。かわいい。
「んーー? 卯月さんは?」部屋を見渡す。
「あぁ、先に寝たけど……」後ろからふんわり香る、睦月の甘い匂い。なんでいつもそんな甘い匂いするの? 誘ってるの?
「如月? 今自分すごいわるい顔してるよ?」睦月は回している腕をそっと離す。
「どうしたの? 睦月さん」振り返り、睦月を逃げないように抱きしめ、床へ倒す。
「ちょっとぉ~~何してんの~~」睦月の頬が少し赤く染まる。食べちゃおうかな。
「旅行 前の味見~~ん」唇を重ね、舌を差し込む。睦月の手と自分の手を重ね、指を絡める。
「ーーーーっはぁっ……もぉ~~下当たってるから!! あぁっちょっ 当たってる!! 今日は卯月も居るしだめ!! あっ」だめって言いながら感じてて可愛い。もうちょっとだけ。
「当たってない、当たってない~~」何度も押し付けて遊ぶ。
「わざとでしょ!! あっ 当てないで!! んっ もぉ~~……きもちよくなっちゃうからぁ~~……あっ」ぷ。目がタレて可愛い。
「はいはい、ごめんね。もうおしまいにするから」睦月の頭を軽く撫でる。
「……ま……」え? 何?
「ま?」
「……前……触ってからにしてくれる……?」顔を真っ赤にして何言ってるんだか。
「もう~~しょうがないなぁ」そっと手をへその下へ這わせていく。
「あぁっ」
全く……気持ち良いこと好きなんだからぁ。しょうがないひと。仕方ないから、鋭い快感が走るまで、付き合ってあげるよ。如月は巧妙に手を動かし、睦月を絶頂まで導いた。
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ーー三連休 土曜 サイン会当日
「私も来て良かったの?」卯月は如月に訊く。
「ふぁあ……置いていけないでしょ」如月は欠伸をしながら、答える。
サイン会の付き添いって何すれば良いんだろう? これといって何も聞いていない。スーツケースを引きずりながら、電車に乗る。指定された席に3人横並びで座った。
「大阪でやるんだね~~」卯月は窓から外を眺めて言う。
「新宿とかにして欲しかったよね……」如月は鞄から本を取り出し、読み始める。
「いいじゃん、2泊3日だよ? サイン会終わったら京都行こうよ」
如月が旅行のプランを考えてくれたが、まぁーーセンスがなくて却下した。結局、なんだか、うだうだして、旅先の予定を決めず今日まで来ている。ノープランに少し不安。
ヴーヴーヴーヴ
如月のスマホがうるさい。如月は鳴っているスマホを無視して、ずっと本を読んでいる。マナーモードとはいえ、バイブ音が気になる。
「スマホずっと鳴ってるけど……」如月の肩を軽く叩き、本の世界から呼び戻す。
「え? あぁねぇ。いいよ別に。旭さんだから」イラ。
そうだ。なんかさりげなく話流されたけど、いつの間に連絡先交換してるの? つか何をやり取りしてるの? 俺の知らない何かがあるのは嫌だ。知りたい。スマホ見たい。
「如月、スマホ見せて」手のひらを如月に向ける。
「は? ヤダ」んーー。
「恋人だから見る権利がある」如月は顔を顰めた。
「プライバシーの侵害です」む。
「やましいことしてないなら見せれるはず。俺はみられても平気」どうだ!
「見てどうするんですか。見せないからって愛してないとかじゃないですよ」如月は睦月の手のひらにスマホを置いた。
如月のスマホ。手に触れるのは初めて。裏面を見ると、バキバキに割れている。直そうよ。タップして、画面を付ける。ロック画面俺じゃん。いつ撮ったのこんなの。もぉ。
「ロックナンバーは?」如月に訊く。
「貸して」
如月はスマホを取り、顔の前へスマホを持ってくる。フェイス認証で、ロックを解除し、睦月へ渡す。解除番号は教えてはくれないと。
待ち受けも、俺じゃん!!! 紫陽花のときのやつ! こんなのいつ撮ったの!!
「……ロック画面も待ち受けも俺なんだけど……」なんか照れる。
「めっちゃ好きなんで」ばかぁ~~俺も好きぃ。
まずは写真を開く。俺の写真いっぱぁい。 何これ!! 寝姿とか恥ずかしい!! 消しちゃおう。写真にチェックを入れる。
「何してるんですか!! 消さないで!!」如月にスマホを奪われる。
「ぇえ~~だって~~」スマホを取り返し、写真をスクロールしていく。
お、なんだこれ。如月と映る謎の男発見。如月若い。男、イケメンだな。誰これ。
「この人誰?」如月は気まずそうに目線を逸らす。
「……元カレ」はぁ? まだ残してんの?
「へぇ。甘い顔系好き?」どちらかというと俺もそちら寄り。
「……まぁ…っていいでしょ!! もう!!」
「まだ大事なもの見てないからダメ」メール画面を開く。
うっわぁ~~。旭からめっちゃきてる~~。しかもメール返してる!! 俺にはいつも既読無視なのに!! ひどくね?! 何これ、何これ!! 旭のアタックやばくね!! 血の気が引いていく。
「旭、大阪くるの?!」メールをみて驚く。
「あーーなんか、新刊予約したって」何それ!
「また邪魔される~~やだぁ~~もうなにこれ~~何あいつ~~毎日好きとかメールすんな~~旭のラブやばいんだけどぉ……」俺がメール返しちゃお。こっそり旭に返信する。
「ほらぁ、スマホなんて見るもんじゃない。旭さんに何言われても、気持ちは変わらないですよ?」如月は睦月の頭を撫でる。
「別に……疑ってるとかじゃないし……如月の全てを把握したくなっただけ。ごめんね」スマホを如月に返す。
車内には、到着を知らせるアナウンスが流れ始めた。
「まぁいいけどね。それで満足するなら好きなだけみれば?」如月は降りる準備を始める。
「じゃあ、時々見よっかなぁ? 俺のスマホもいつでも見ていいよ」変なものはない! たぶん。
「後でみせてもらおうかなぁ~~あ、着いたね」
「早っ!! 2時間もかからなかったっ!!」
「卯月さん、自分の鞄持って」
「降りるよ~~」
3人は電車を降り、乗り換え、目的の商業施設へ向かった。
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