73 / 102

19話 好きな人のことはなんでも知りたい!

 ーー平日 夜  皐が久し振りに佐野家へ来た。私の新刊発売に向け、色々忙しいらしい。私も久し振りの新刊発表。少し緊張するものはある。皐は気まずそうに口を開いた。 「悪い、弥生。新人がミスった。サイン会をやらなければいけない」 「サイン会?!」驚きのあまり声が大きくなる。  作家になってこの方、サイン会はやったことがない。何かの企画でサインを書くことはあっても、作家として人前に出たことは一度もない。ドラマ化されようが、表舞台には出なかった。  それぐらい徹底して、自分の詳細は表に出ないように避けてきた。だから、サイン会とか有り得ない。まぁ、バズっちゃったけどね……。 「サイン会は行わないって、約束してますよね?」指先で机をトントンと叩き、圧をかける。 「それが、新人が受けてしまったんだ」皐は目線を下げ、俯く。 「キャンセルして」皐を見つめ、強めに言う。 「……出来ない。もう既に話が進み過ぎている。開催する商業施設も決まった。整理券目的の新刊予約購入の問い合わせが殺到し過ぎて、もう後に引けない。本当にすまない。やって欲しい」皐は正座し、頭を下げた。 「発売まで1ヶ月切ってるんだから、もっと前から決まってたことでしょ。なんで早く言わないの? 突然過ぎでしょ」イライラして、机を叩く指が早くなる。 「すみません……」皐は下を向いたまま謝る。 「で、いつなの?」机に頬杖を付き、皐に訊く。 「……今週の土曜」は。 「はぁ? ふざけてるの? 発売日じゃないし」イライラしてる如月を見て、睦月が間に入る。 「如月、落ち着けって。もう仕方ないじゃん」仕方ないで済ませるな! 「……8月発売予定だったが、サイン会に合わせて前倒しで発売することになった……」はぁ? 「めちゃくちゃでしょ。何勝手に相談なく進めてさぁ。そんな大事なこと、なんでずっと黙ってたの」皐の顎を持ち、上を向かせる。 「その……私も忙しくて……部下の尻拭いと……結婚とか……」皐は目線を逸らす。 「はい、言い訳~~。もういいです~~」 「……ちなみに150人限定……」皐がボソッと呟く。 「多過ぎでしょ!! せめてあと50人減らせ!!」なんだか頭が痛い。額を触り、ため息をつく。 「これでも減らしたんだ、許してくれ」皐は悲痛な表情を浮かべる。 「如月、ストップ。ストップ」睦月は座ったまま、後ろから抱きしめ、落ち着かせる。 「……どうせ私の小説に興味ないにわかの集まりでしょ」睦月のぬくもりが感情を少しだけ和らげてくれる気がする。 「そんなことはない。弥生はちゃんと賞も取っている。名の通った作家が突然表に出てきたら、そうなる」皐は如月を見つめ、続ける。 「それに、私は知っている。新刊を出せば毎回売れている。それだけ実力がある人気作家だよ、弥生。だから、お願いします」皐は再び頭を下げた。 「んーーーー」顔が渋くなってしまう。 「もうやるしかないんだからさ。ね? 如月。どこでやるの? サイン会」睦月はなだめるように如月の頭を撫で、皐へ訊く。 「大阪」うわぁ、しかも関西。行くの面倒くさ。余計やりたくない。 「ちなみにサイン会の日、弥生だけじゃ心配だから睦月(お前)も来い」皐は睦月を見つめる。 「ぇえ?! まぁ、いいけどぉ……」何か企む顔をしている。怪しい。 「今何考えてたのかなぁ? 睦月さぁん?」後ろを振り返り、顔を近づけて訊く。 「ぇえ~~? 別にぃなんもぉ」明らかに顔が緩んでいる。まぁどうせえっちなことでしょうけど。からかってあげよう。 「隠し事するなら、旭さんに来てもらおうかなぁ~~。お泊まりで色々楽しんじゃおうかなぁ~~」スマホを取り出し、メール画面を開く。 「はぁ?!?! 何それ?! 色々って何?! 絶対だめ!!! いつの間に連絡先交換してんの?!」睦月は如月のスマホを見ようとする。 「ちょっと、見ないでくださいよ~~プライバシー侵害ですぅ~~もう睦月さんとはえっちしない~~」如月は口を尖らせた。 「やだ!! やだぁ!! 如月ぃ!! ごめん!!」後ろから抱きしめる腕の力が強くなるのを感じる。かわいい。 「相変わらず仲良しなことで。遅くまで長居してすまない。詳細は早めに連絡する。本当に申し訳ない。では帰る」皐は荷物を持ち、玄関へ向かった。 「はぁい。気をつけて帰ってね、皐」皐に手を振る。 「あぁ、大丈夫だよ。弥生」皐は軽く手を振り返し、玄関を出た。  サイン会ねぇ。やだなぁ。面倒くさそうだ。大阪かぁ。今週だと、海の日があって、三連休だ。睦月さんが一緒にきてくれるなら、プチ旅行みたいな感じで計画しようかな。そう思うと、少しだけ、楽しみだ。  背中に抱きつく睦月を見る。 「な、なに?」睦月は瞬きして、訊く。かわいい。 「んーー? 卯月さんは?」部屋を見渡す。 「あぁ、先に寝たけど……」後ろからふんわり香る、睦月の甘い匂い。なんでいつもそんな甘い匂いするの? 誘ってるの? 「如月? 今自分すごいわるい顔してるよ?」睦月は回している腕をそっと離す。 「どうしたの? 睦月さん」振り返り、睦月を逃げないように抱きしめ、床へ倒す。 「ちょっとぉ~~何してんの~~」睦月の頬が少し赤く染まる。食べちゃおうかな。 「旅行(サイン会)前の味見~~ん」唇を重ね、舌を差し込む。睦月の手と自分の手を重ね、指を絡める。 「ーーーーっはぁっ……もぉ~~下当たってるから!! あぁっちょっ 当たってる!! 今日は卯月も居るしだめ!! あっ」だめって言いながら感じてて可愛い。もうちょっとだけ。 「当たってない、当たってない~~」何度も押し付けて遊ぶ。 「わざとでしょ!! あっ 当てないで!! んっ もぉ~~……きもちよくなっちゃうからぁ~~……あっ」ぷ。目がタレて可愛い。 「はいはい、ごめんね。もうおしまいにするから」睦月の頭を軽く撫でる。 「……ま……」え? 何? 「ま?」 「……前……触ってからにしてくれる……?」顔を真っ赤にして何言ってるんだか。 「もう~~しょうがないなぁ」そっと手をへその下へ這わせていく。 「あぁっ」  全く……気持ち良いこと好きなんだからぁ。しょうがないひと。仕方ないから、鋭い快感が走るまで、付き合ってあげるよ。如月は巧妙に手を動かし、睦月を絶頂まで導いた。  ーーーーーーーーーーーー  ーーーーーーーー  ーーーー  *  ーー三連休 土曜 サイン会当日 「私も来て良かったの?」卯月は如月に訊く。 「ふぁあ……置いていけないでしょ」如月は欠伸をしながら、答える。  サイン会の付き添いって何すれば良いんだろう? これといって何も聞いていない。スーツケースを引きずりながら、電車に乗る。指定された席に3人横並びで座った。 「大阪でやるんだね~~」卯月は窓から外を眺めて言う。 「新宿とかにして欲しかったよね……」如月は鞄から本を取り出し、読み始める。 「いいじゃん、2泊3日だよ? サイン会終わったら京都行こうよ」  如月が旅行のプランを考えてくれたが、まぁーーセンスがなくて却下した。結局、なんだか、うだうだして、旅先の予定を決めず今日まで来ている。ノープランに少し不安。  ヴーヴーヴーヴ  如月のスマホがうるさい。如月は鳴っているスマホを無視して、ずっと本を読んでいる。マナーモードとはいえ、バイブ音が気になる。 「スマホずっと鳴ってるけど……」如月の肩を軽く叩き、本の世界から呼び戻す。 「え? あぁねぇ。いいよ別に。旭さんだから」イラ。  そうだ。なんかさりげなく話流されたけど、いつの間に連絡先交換してるの? つか何をやり取りしてるの? 俺の知らない何かがあるのは嫌だ。知りたい。スマホ見たい。 「如月、スマホ見せて」手のひらを如月に向ける。 「は? ヤダ」んーー。 「恋人だから見る権利がある」如月は顔を顰めた。 「プライバシーの侵害です」む。 「やましいことしてないなら見せれるはず。俺はみられても平気」どうだ! 「見てどうするんですか。見せないからって愛してないとかじゃないですよ」如月は睦月の手のひらにスマホを置いた。  如月のスマホ。手に触れるのは初めて。裏面を見ると、バキバキに割れている。直そうよ。タップして、画面を付ける。ロック画面俺じゃん。いつ撮ったのこんなの。もぉ。 「ロックナンバーは?」如月に訊く。 「貸して」  如月はスマホを取り、顔の前へスマホを持ってくる。フェイス認証で、ロックを解除し、睦月へ渡す。解除番号は教えてはくれないと。  待ち受けも、俺じゃん!!! 紫陽花のときのやつ! こんなのいつ撮ったの!! 「……ロック画面も待ち受けも俺なんだけど……」なんか照れる。 「めっちゃ好きなんで」ばかぁ~~俺も好きぃ。  まずは写真を開く。俺の写真いっぱぁい。 何これ!! 寝姿とか恥ずかしい!! 消しちゃおう。写真にチェックを入れる。 「何してるんですか!! 消さないで!!」如月にスマホを奪われる。 「ぇえ~~だって~~」スマホを取り返し、写真をスクロールしていく。  お、なんだこれ。如月と映る謎の男発見。如月若い。男、イケメンだな。誰これ。 「この人誰?」如月は気まずそうに目線を逸らす。 「……元カレ」はぁ? まだ残してんの? 「へぇ。甘い顔系好き?」どちらかというと俺もそちら寄り。 「……まぁ…っていいでしょ!! もう!!」 「まだ大事なもの見てないからダメ」メール画面を開く。  うっわぁ~~。旭からめっちゃきてる~~。しかもメール返してる!! 俺にはいつも既読無視なのに!! ひどくね?! 何これ、何これ!! 旭のアタックやばくね!! 血の気が引いていく。 「旭、大阪くるの?!」メールをみて驚く。 「あーーなんか、新刊予約したって」何それ! 「また邪魔される~~やだぁ~~もうなにこれ~~何あいつ~~毎日好きとかメールすんな~~旭のラブやばいんだけどぉ……」俺がメール返しちゃお。こっそり旭に返信する。 「ほらぁ、スマホなんて見るもんじゃない。旭さんに何言われても、気持ちは変わらないですよ?」如月は睦月の頭を撫でる。 「別に……疑ってるとかじゃないし……如月の全てを把握したくなっただけ。ごめんね」スマホを如月に返す。  車内には、到着を知らせるアナウンスが流れ始めた。 「まぁいいけどね。それで満足するなら好きなだけみれば?」如月は降りる準備を始める。 「じゃあ、時々見よっかなぁ? 俺のスマホもいつでも見ていいよ」変なものはない! たぶん。 「後でみせてもらおうかなぁ~~あ、着いたね」 「早っ!! 2時間もかからなかったっ!!」 「卯月さん、自分の鞄持って」 「降りるよ~~」  3人は電車を降り、乗り換え、目的の商業施設へ向かった。  

ともだちにシェアしよう!