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19話(2)

 ーー商業施設 サイン会 「ひ、ひひひひとがいっぱいいます!!!」如月は仕切り板の影に隠れ、怯えながら表を覗いた。 「そりゃ、そうでしょうよ……」睦月は如月の後ろでその様子を見守る。 「私、店内回ってくる~~」睦月は卯月にアイコンタクトをする。卯月はウインクを返すと、この場を離れ、どこかへ向かった。  如月って人に見られるの苦手なんだな。だからサイン会とかやって来なかったのかな。サイン書けるの? 大丈夫? 抱きしめてあげたいけど。こんなところでやってもいいのかな? 「どうしよう……人多い……無理かも……」如月はその場にしゃがみ込んだ。 「やるしかないんだからさぁ。頑張ろ? ね?」如月の隣にしゃがみ頭を撫でる。やっぱり抱きしめるのはやめとこ。 「そろそろ」皐が促す。 「如月、頑張って」如月の背中を押す。 「無理ぃ~~」如月は今にも泣きそうである。  始まりの掛け声とアナウンスが鳴り響く。如月が仕切り板の前へ出ると、大きな拍手が湧き上がった。いやぁ、人気。こんな人気の小説家と付き合ってると思わなかったぁ……。  参加者はスタッフの指示に従い、整理券を見せながら、列に並び始めた。  如月、大丈夫かな? 心配になり、仕切り板の影からブースの中を覗く。ぉお、頑張ってる!! でも感じ悪い!! ダメでしょ!! 「応援しています!!」 「はいーーありがとうございます~~」如月は無表情で握手をする。怠そうにサインを書いている。笑顔ないな! せめて両手で握手してやれよ! 「受け取ってください」花束だ! 「あぁどうも。睦月さ~ん」呼ばれた! 「え……何?」仕切り板の影から体を半分出す。 「これ、置けるとこ置いといて」俺が置くの?! 「ぇえ……」何このプレゼント量。ヤバいんですけど……。 「睦月さんの顔見たら、緊張ほぐれてきた」如月は睦月の顔を見てにっこり微笑んだ。 「それは良かったね……」ぐちゃぐちゃに置かれたプレゼントが気になり、整理整頓をする。何やってるんだろう。 「満狂のドラマから入ったタイプなんですが、本全部読みました。応援してます」ぉお! 今度はちゃんと両手で握手してる! 「ありがとうございま~す。これからもよろしくね~」笑ってる!! 変わりようすご! 「弥生さん、来ちゃった」旭!! 「わざわざ新刊買ってまで来ます?」如月は本にサインをする。 「だって、普通には会ってくれないしー」話す時間、長。早く次行けよ。 「後ろ、まだいっぱいいるから」如月は片手で旭の手を握る。 「今度デートして」旭は如月の手を引っ張り、顔を近づけた。 「ヤダ」顔近ぁあああぁぁあ!! 「はいー、これ以上作家への接近は禁止です。次の人が待ってます。早く帰れ」睦月は顔の間に手を入れる。俺って、スタッフだな。 「なにむっちゃん、きてたの?」旭はつまらなさそうな顔をする。 「来てますとも!! 早く後ろの人と代われ!!」旭の背中を押す。 「すみませんね~~次の方どうぞ~~」何やってんの、俺ぇ……。  プレゼントをもらっては、置き場所を作り、次の人を案内しながら如月のフォローしてる俺って完全にスタッフ!! 「お待たせしました~~どうぞ~~」やっと最後……。如月にも疲労感が見える。 「ごめんね、写真はNGなんです。握手で許してね」如月は最後の1人と握手をした。 「終わったぁ~~」睦月は両手を上げ、背伸びをする。このプレゼント全部持って帰るの? 無理なんだけど。 「疲れました……」如月の顔を見る。机に伏せ、げっそりしている。  あ、そうだった。  睦月は背中にあるものを隠し、如月の前に立った。 「如月」つい、口元が緩んでしまう。 「なに?」如月は睦月を見上げる。 「俺が最後のファンだよ」睦月は如月に向日葵の花束と本を渡し、満面の笑みを浮かべた。 「この花束、どうしたの?」如月は花束を受け取り、向日葵に顔をうずめた。 「注文して配送した。卯月に取りに行ってもらった」睦月は恥ずかしそうに頭を掻いた。 「ありがとう、嬉しい。向日葵なんて、睦月さんらしいね」  向日葵の花言葉。『あなたは素晴らしい』『あなただけを見つめる』今日、俺から如月へ贈るにピッタリな花。如月は知ってるかな?  如月は花束を机に置き、睦月から受け取った本の最後のページに字を書き始める。 「ねぇ、わざわざ予約したの? サインなんていつでももらえるのに?」字を書きながら、睦月に訊く。表情は穏やかだ。 「うん。お祝いしたかったから。新刊発売おめでとう、如月」如月は睦月を見て、嬉しそうに笑った。  綴られていく文字を見つめる。 『睦月さんへ』 『あなただけを見つめる』 『愛している』 『如月弥生』  嬉し。  一生大切にするね。本も、如月も。 「出来たよ。握手する?」如月は目を細め、微笑み、両手を見せる。 「する~~」手を差し出すと、如月の手にギュッと包まれた。如月は席を立ち、少し顔を近づける。 「……まだファンの人も残ってるし、こっち見てるよ。いいの?」如月に確認する。 「……それでもキスしたい」優しく唇が重なり合う。 「……もう公表しちゃおうかな? セクシュアルマイノリティ」如月は唇を離し、睦月に訊く。 「俺に聞かれても。それで自分が楽になるなら良いんじゃない?」睦月は如月の目を見つめる。 「ま、その方が俺は恋人として振る舞いやすくなって良いけどねっ!」睦月は屈託のない笑みを如月に向けた。 「これにサインを頼む」皐はディスプレイ用の色紙と書籍を如月の前に置く。 「まだ書かせるんですか……でも今は気分が良いからいいですよ」如月は席につき、書き始める。意外と達筆だよね。羨ましい。 「あと写真を撮る」皐はスマホを取り出し、構えた。 「え……やだ」如月は色紙で顔を隠す。 「今日の様子をアップしないと売り上げに繋がらないだろう、弥生」確かに。 「如月、撮ろう!!」睦月はサインを書いていた机の上にプレゼントを並べ、華やかにする。 「良い感じだな、ありがとう」皐は睦月に微笑んだ。 「よし、机の前で撮ろう!!」如月の手を引っ張り、机の前まで、連れてくる。 「じゃあ睦月さんも一緒に写って」俺関係なくね? 「ぇえ~~……」如月からサインされた色紙と本を受け取る。一緒に写る確定。  如月は向日葵の花束を手に取り、カメラに向かって、微笑んだ。隣に立ち、色紙と新刊を見せながら、笑う。営業スマイル。  カシャ 「撮れた。ありがとう」皐は撮った写真を見せた。いいなぁ、欲しい。 「皐、写真、送って」 「あとで送るね、弥生」皐はSNSにアップを始める。  俺と如月のツーショットってどうなの。公衆の面前でキスしちゃったけど。SNSにあげられるの、こわいんだけど。少しだけ、後悔。  如月は整理券がもらえなく、新刊を持ち、遠目で様子をみてくる人たちを見て、口を開いた。 「ふふ、今なら追加でサイン書いても良いですよ」また、机の前に列ができ始める。これはホテルに行くのは夜になるなぁ。  仕方ないなぁ。  再びスタッフとして、誘導を始める。 「2人はどういう関係なんですか?」わぉ、踏み込むね。如月と目が合う。言ってもいいの? 「「恋人で~~す」」声を合わせて言う。  如月ってば、嬉しそうな顔。多分俺も同じような顔をしてると思うけど。 「如月先生ってBL!! BL好きです!!」ん? 「いやぁ、うぅん……ちょっと違うけどまぁいいや」如月は苦笑いする。    1人1人丁寧に対応する如月の姿を後ろで眺める。人数少ないと、ちゃんと出来るのね。疲れたなぁ。早くホテルで休みたい。  ……ホテル……如月とホテル……あっーー!! 何しよう~~やだぁもぉ~~。 「お兄ちゃん、顔緩い」卯月が濁った目で話しかける。 「え? あ、花束ありがとう」卯月の頭を撫でる。 「どう致しまして。喜んでたね、如月」卯月はサインする如月を見つめた。 「うん。この後どうする? 卯月の食べたいもの食べに行こうよ」卯月にはいつも感謝している。たまには何かしてあげないとね。 「串カツ!!!」 「いいね、大阪っぽい!!」スマホでお店を検索する。  サイン会が終わったのか、如月がこちらに歩いてきた。 「終わりました。プレゼントは家へ送ってもらうことにしました。睦月さん、手続きをお願い出来ますか?」 「なんで俺が……」渋々カウンターへ如月と向かう。 「だって住所とかよく分からないですし……」どんだけ……。 「これ全部送るの?! 精査したら?! せめて半分にして!! 食べ物は悪くなるからダメ!! あと生花もやめて!! 送料高いからかさばるもの禁止!!」全部は無理。がみがみ。 「は、はい!」如月はひとつずつ中身を開け、確認していく。  中身を全て確認し終わり、手続きを終わらせる。如月は向日葵の花束を手に取った。 「これは手で持って帰ろうかな」如月は大事そうに胸に抱える。 「好きにすれば」大切にしてくれているのが、嬉しくて、如月の頬にキスをする。 「あ、ごめん」一応謝る。人前だし。 「いいよ、別に」如月は花束に顔を埋めた。 「お腹空いたよーー、串カツいこ!!」卯月はスーツケースを引っ張り、歩き出す。 「今日串カツなの?」如月が卯月に訊く。 「そうだよ? お兄ちゃんのおごり~~」え!!!! 「そうなんですか? いっぱい食べちゃおう~~」おいぃいぃいい!! 「だめだって!! 3人で食べたらいくらすると思ってるの!! 割り勘で!! 割り勘で頼みます!! 如月さん!! 旅費がキツいです!!」6月の紫陽花宿泊ダメージがまだ懐を!!(睦月が払った) 「こう見えて実は高給取り」卯月は呟く。 「既にたんまりボーナスが入ってる」如月が呟く。 「なのにすごくけち」ちょっ。 「変なところでけち」如月までっ! 「やめて!! そんなことない!! 多分!! けち違う!! 払う!! 払うからぁ~~!! 待って!! 置いてかないで!!」  スーツケースを引きながらスタスタと歩いていく2人の背中を睦月は早足に追いかけた。

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