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20話(4)
「さてと。むっちゃんも気持ちに整理がついたみたいだし弥生さんを探しに行きますか!」旭は立ち上がり背伸びをした。
「旭、ありがとう」旭が友達で良かった。そう思う。
「お礼にキスして~~」……。
「ヤダ。俺のポリシーに反する」旭に背を向けて、ロッカーへ向かう。
「じゃあ、ぎゅっでいいよ」ハグかぁ……。
友人として、ハグはするか? まぁ、しなくもないか? 気持ち的にはかなりスッキリしたけど、体でお礼するってどうなの? 旭が喜ぶなら、ハグしようかなぁ。一瞬だけ!
「ハ、ハグで」バスタオルで水滴を拭き取り、着替えを手に取る。
「今ハグしてよ」は?
「いや、着替えてから……」バスタオルを広げてなんとなく体を隠す。
「裸でよろしく!」絶対嫌だ!!!
「ハグは無しで!!!」旭を無視して急いで着替える。
「えーー! 約束は? ちょっとー!!」腕を掴まれる。
「無理!!! やっぱ無し!!!」掴まれた腕を振り解き、着替えを続ける。
背中に『如月弥生 愛執の歪み』と油性ペンで大きく書かれた人物が目に入る。え? あれは間違いなく如月の字。なんで館内着に新刊のサイン?
「旭……あれ」如月のサインを背負う男を指差す。
「本物のサインっぽいね……ついていく?」静かに頷き同意する。
男は自販機で牛乳を買い、足早にどこかへ向かう。あ~~ブックコーナーか。如月いそう。ひとつのリクライニングソファに人が集まっている。なんか、嫌な予感。
「お持ちしました!! 先生!!」先程の男が人の中へ入っていった。
「ありがとうございます。はぁ、暑い」聞き覚えのある声。
「先生をお扇ぎしろ!!!」
めっちゃ、わちゃわちゃしてるんですけど。
「旭ぃ~~如月を回収しないと~~」旭の館内着を引っ張る。
「自分の嫁は自分で回収しろ」冷たいっ!!
「ぇえ~~……あの中へ行くの~~?」
遠目で人だかりを見つめる。如月の姿は見えないが、声だけは聞こえる。
「牛乳飽きた。アイス食べたいお腹空いた睦月さんのご飯食べたい睦月さんまだぁ~~」
ふっ。俺が居ないとダメだなぁ、如月は。
もう、仕方ないなぁ~~っ。人を掻き分け、真ん中にいる如月の元へ行く。如月はこちらをみて、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「睦月さん! お風呂どうでした?」
色々ツッコミたいし、言いたいことはあるけれど、その笑みを見ると、全てが許せる。早く如月を返してもらおう。
「気持ち良かったよ。本読んでたの?」如月の持っている飲みかけの牛乳を手に取り、全て飲み干す。
「んーーゆっくり読みたかったのですが、みんなが優しくしてくれてあまり読めませんでした」
その割には大量の本が床に置いてある。
「ったく……」乱雑に置かれた本をひとつずつ拾う。
「来た時より、良い顔してますね。モヤが晴れた?」如月はソファに片肘を付き、睦月を見つめた。
「うん、旭のおかげかも~~」拾った本を抱え、如月に手を差し出す。
「なんかやきもち~~私には教えてくれなかったくせに~~」如月は睦月の手を掴み、立ち上がった。
言える訳ないでしょ。貴方との将来について悩んでますなんて。心の中で毒づく。
立ち上がった如月は掴んだ手の力を緩め、手を離そうした。させないよ。手を抜かれないようにギュッと握る。
「睦月さん……?」おどおどしながらこちらを見てくる。
「……人いっぱいいます」囲われてるくらいだ。
「やだ?」目線を如月に向ける。
「……嫌じゃないですが、まだ少しばかり抵抗が……」人目を気にしているようだ。
てことは抵抗がなくなればオーケーってこと? 手を繋ぐことより、抵抗のあること(?)を人前でしてしまえば、手を繋ぐ抵抗は下がるのか?! なるほど!!
「オッケー、任せろ!!」掴んでいた、如月の手を離す。
「ちょっ……え?」如月の肩を強めに押して、もう一度座らせる。
「えっ? なに? へ? 待っーーーーっ!!」左手は本を抱えたまま。右手で如月の顎に手を添える。顎を持ち上げて、強制的に自分の方へ向かせ、強引に口付けした。
注目の的。公開BL。きゃあ!!っと聞こえる黄色い声。
キスの方がハードモード。これで手を繋ぐ抵抗なんてなくなるはず。如月を見る。右手で顔を隠しているけど、耳まで真っ赤。どう? 顎クイだよ?
「これで手は余裕で繋げるね!!」如月に笑いかける。
「ばっ……バカなんですか?!?!」へ?
「でもこれで手を繋ぐハードルは下がったんじゃ?」睦月は首を傾げる。
「下がるかぁあぁあぁああ!!! 余計繋ぎづらいわぁあぁあぁあ!!!」如月は立ち上がり、旭の元へ行く。
「恋人がバカだと大変だね」旭は鼻で笑った。
「そうですね!!! はぁ~~暑。もう行きましょう」如月は手で熱くなった顔を扇ぎ、出口へ向かう。
「えっ? この本は? 如月が読んだんでしょ? 俺が返すの?! えっ? ちょっと待って!!! 置いて行かないでよぉ~~!!!!」
急いで本を片付けて、2人の後を追う。2人してバカバカ言ってひどい。横に並び、如月の横顔を見る。まだ頬が赤い。
あんなに真っ赤になってる如月久しぶりにみた気がする。可愛かったなぁ。手、繋いじゃダメかな? 歩きながら指先で如月の手を触る。
如月は睦月に顔を近づけ、耳元で呟いた。
「……私に公然であんなことしたんだから、同等の対価は払ってもらいますからね」
「え……」
指先が如月の手に強く握られる。同等の対価って何? 何かさせられるの? 俺。変なことは嫌なんだけど……。
「それはベッドの上で払うの……?」自分で訊いておいて、急に恥ずかしくなる。
「そうですよ~~他にどこで払うの?」如月は妖しく笑った。
あぁ~~やだぁ。アブノーマルなことさせられそう。絶対やだ!! 辱めプレイみたいなことさせられそう!!!
「うわぁあぁあぁあ!! やだぁ~~!! 普通で!! お願いだから、普通で!!!」
「普通とかわかんないしぃ~~」
「何なに? 楽しそう!! 俺も一緒にシたい!!」
館内着を着替え、カウンターへ返却しフロントを出た。施設から出ると、無事、スパデートを終えた気がして、ホッとする。
はぁ、疲れた。如月は途中で消えたし、旭とスパデートをしたのは俺じゃない? ちらっと旭の顔を見る。
如月と楽しそうに何か話している。『お礼』というワードが頭に浮かび、足が止まる。
「睦月さん?」繋いでいた手が離れた。
今なら出来る。1回だけ。1秒だけ。一瞬で一度だけ。これは友人として。それ以外、他意はない!!!!
ぎゅ。旭を後ろから軽く抱きしめた。意識すると、めっちゃ恥ずい。体温が上がる。
「うそ、むっちゃ……」旭の表情は固まり、みるみる頬が赤く染まる。
「旭、今日はありがと」よし、任務完了。すぐに旭から離れた。
「貴方のそういうところがダメだと思いますねぇ……」如月は呆れて、鞄から本を取り出し、歩きながら読み始めた。
なんか、旭が喋らなくなっちゃったけど、まぁいっか!!! もぉ~~如月、本読みながら歩くとか危ないなぁ。手を伸ばし、本を取り上げる。
「前見て歩いて。危ない」如月の顔はどこか不満気だ。
「睦月さんは私だけ見て歩けば」つん。あれ、そっけない。
「……じゃ、俺はこの辺で……弥生さん、むっちゃんまたねーー……」旭はぎこちなく笑い、手を振り、去っていった。
旭に手を振り返し、別れる。この後、いく場所はもう決まっている。なんとなく気恥ずかしくて、首の後ろを手で押し、首を鳴らす。
「家今から行く?」如月に訊く。
もうすぐ夕方。ご飯を作って仲良くするにはいい頃合い。
「……うん」
「もう1回、手、繋ぐ?」如月を見つめ、手のひらを上に向ける。
如月は口を少し拗ねたようにすぼみ、目線を下げ答えた。
「つ……つなぐ」照れてる。
手のひらの上に如月の手が重なった。家に帰るまで絶対、手離さないもんね~~っ。えへ。
指先から幸せを噛み締めた。
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如月の家に着いた。夕飯は暑いから素麺。鶏ガラスープをベースで作ったつゆでさっぱり頂く。鶏ガラスープとごま油、ニンニクチューブ、塩しか入ってないけど、王道の美味しさ。
「もう食べちゃいました~~」如月は箸を器に置いた。
「あんまり茹でなかったからね」ちょっと食べ足りない。
「卯月さんは今日はどうするって?」
なんだかんだ、お泊まりの時はいつも卯月のことを気にかけてくれる。
「今日は星奈ちゃんの家でフジョシカイをするんだって。よく分からんけどぉ~~」食べた器を重ねて、キッチンへ運ぶ。
「へぇ……腐女子会……たのしそー……」如月の目が濁った。
7月も、もう中旬。来月にある、夏季休暇の予定を今日は如月と決めたい。洗い物を終わらせ、ソファに座り、本を読む如月の隣に腰掛けた。
「お盆休みなんだけどさ」
如月は本に栞を挟み、睦月を見た。
「如月の実家、行こうと思う」
「え?」如月は目を丸くした。
「お姉さんも来いって言ってたし……付き合ってる訳だし? 挨拶も兼ねて……」今後のために。
「いいですけど……そんな良いところじゃないですよ?」如月は眉を顰めた。
「大丈夫! たぶん!」不安しかないけど。
「卯月さんはどうするんです?」
「ばぁーちゃんちに行ってもらう。挨拶が終わったら、如月も一緒にうちへ行く」
「なるほど」
こうすれば、お互い、家族公認になるはず! うちはもう行かなくても分かる。すぐ認められる。如月家に俺のことを認めてもらわなれば! 将来のために!
「……1日くらいは……その~~2人で……デートする日を作っても良いのではないでしょうかぁー……」如月は恥ずかしそうに本で顔を隠した。
「それもそうだね! お盆休み楽しみ!」
こんなに楽しみに思える夏季休暇は久しぶり! お祭りとか、花火とか、一緒に楽しみたいこともいっぱいある!
「お風呂入ってきてよ、睦月さん」
「えっ?」
先の予定に浮かれ、自分が如月に対して今日、何をして、そのせいで今の自分に何が待ち受けているのかをすっかり忘れていた。
「もう忘れちゃったんですか? 自分がしたこと」薄目で笑う如月がこわい。
「入りますけどぉ~~無理なことは無理だからね!! わかった?!」
立ち上がり、如月の顔を両手で挟み、忠告する。
「きっと、好きだと思うよ」
如月は目を細め、艶めかしい笑みを浮かべた。
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