82 / 102
20話(3)
ーー週末 スパ当日
「はぁ、この日が来てしまった……」健康ランドの前で如月と一緒に旭を待つ。気持ちは鬱々としている。
「私は楽しみです。こういうところ、来たことないので」少しは旭を気にしてくれ。
「お待たせーー」
駐車場の方から旭が歩きながら手を振っている。隣にいる如月が笑みを浮かべ、手振っていて、少し、むっ。
「あれ、弥生さん。今日楽しそうね」
「だって、スパとか初めてで、楽しみなんです」両手を合わせ、嬉しそうに話している。
「俺と2人で来ればいいじゃん……」嬉しそうな如月を見て、愚痴が出る。
「え? 早く入りましょう」如月は軽い足取りで中へ入って行った。
「あんなに喜んでるんだからさぁ、今日は楽しもう? な?」旭は睦月の肩に手をかける。
「うん……」でもこのメンツは微妙だって。如月を追い、施設に入った。
靴を下足箱へ入れ、フロントへ向かう。番号の書かれたリストバンドを受け取った。如月を見る。相変わらずもたもたしている。今日は俺が面倒をみる!
「貸して」
如月のリストバンドを取り上げる。何故こうなったってくらい絡まっている。
「なんでこうなるかなぁ~~」
直らない。もう良いや。俺のをあげよう。如月の手首を掴み、リストバンド滑らせ、はめる。
「あ、ありがとうございます……」
最近すぐ頬が赤くなるね。かわいい。如月はリストバンドをはめられた手を恥ずかしそうに後ろへ隠した。
「俺にもハメて!! むっちゃん!!」旭はリストバンドを睦月に押し付ける。
「なんで俺が……自分ではめろって」
はめるが違う意味にも聞こえる。面倒くさいので、押し付けられたリストバンドを旭の手にも付ける。
「……はぁ……むっちゃんもイイ」俺を見る目がうっとりしている。
「置いて行きましょう!!」如月は睦月の手を引っ張り、入り口ゲートから館内へ足を進めた。
「……ふ。手、繋いでるし……」口元に笑みが溢れる。
今、手を繋いでることに気づいているのかな。指摘したら離されてしまいそう。何も言わず、繋がれた手を見つめる。
如月は、ハッとして、手を離し、カウンターで館内着セットを受け取った。あーあ、手、離れちゃった。はぁ。
3人でスパへ向かい、リストバンドと同じ番号のロッカーの前に立つ。今から着替えて、温泉か、飯か、読書か。
なんとなく旭の目線が気になって、着替える手が進まない。如月を見る。旭とか関係なしにシャツのボタンを外している。うーむ。
「むっちゃん着替えないの?」旭は睦月に顔を近づけた。まだ俺を?
「着替える。近い、離れて」後ろに反って距離を取る。
「そんなに警戒するなよー」旭は睦月から離れ、如月を見つめた。それはそれでダメ。
「なんですか?」見られてるのに、シャツ脱ぐな!
「べつにー。意外と無頓着だよねー」このタイミングで下も脱ぐの?!
「え? 心は結構繊細ですけど」旭は舐めるように如月の体を見つめる。あぁもうっ!!
「早く着替えて如月!!」如月の館内着を広げ、肩に掛ける。
「え? あ、はい」
「もう~~むっちゃん、邪魔すぎーー」イライラしながら、自分も高速で着替える。
スパなのに休まる気がしない。常に気を張ってないと、如月が危ない!!
着替えを済ませ、如月と旭と一緒にのれんをくぐり、温泉へ向かう。
天然温泉かぁ。良いなぁ。良いんだけど……この館内着脱ぐのかぁ……。不安。如月を見る。もう脱いでるし。無頓着……。
「先行ってま~~す」如月は髪の毛を束ねながら、にこやかに行ってしまった。
「1人で行かせて大丈夫?」旭は不安な顔で睦月に訊く。
「まぁ……大丈夫でしょ……俺たちより大人だし……たぶん」とは言え心配。急いで館内着を脱ぎ、如月を追いかける。
如月どこ……。居ないし。温泉広い。え、この短時間で見失った? ぇえ……。この人なんですぐ居なくなるの。やめてよ!!
「如月ぃ~~?」呼んでみる。
反応なし。
「旭、如月が居ない」血の気が引いていく。
「いやいや、いるでしょう。入れ違ってないし」心なしか旭も少し顔が青い。
「だよね、探そう」手分けして温泉内を探す。
んーー? ???? 一周回ったような。ぇえ? 消えた……。如月が居なくなった……。誘拐? 呼び出しとかした方がいい系? どうしよう!!
「旭ぃ!! 如月が居ない!!」旭の腕を掴み揺らす。
「俺も探したけど居なかったー。館内には居るんじゃない。心配しなくても弥生さんも大人だし? 大丈夫でしょ。とりあえず温泉入らない?」ぎゅ。旭はどさくさに紛れ、睦月を抱きしめた。
「……何をしてる?」目線を上げ、旭を睨む。
「そういう場面かなって……(上目遣いだぁ、ごちそうさま)」ニヤケそうになる顔を堪えながら、睦月の頭を撫でた。
「っだぁーー!! そういう場面違う!!」両手で旭の体を押して離す。こんなとこ見られたら嫌われる!!
「もう、入るなら入ろ!!!」
なんでまた旭と温泉に入らないといけないの!! 如月はどこ?! 何してるの?! 俺をこいつと2人にしないで!! 如月!!
*
「温泉広~~い……」
いっぱいお風呂ある。でも暑いな。なんか飲んでから来れば良かった。うーーん、いや。飲んでからこよう。こんなところで倒れたら恥ずかしいし。そう言えばロッカーの近くに自販機、いっぱいあったな。買いに行こう!
「…………どこから来たっけ?」迷子。
このドア何かな? ガチャ。もわぁ。あっつーーーー!!! 死ぬ! 死ぬ!! 死ぬ!!! え? や、入らなっ……押さないで……あっ! 入っちゃった!!! ぁあああぁああぁあ!!!! あっつーーーー!!!
す、座ればいいの? とりあえず座る? 暑いんですけど!! 水分を取りに行ったはずなのに、水分をもぎ取られている!!! どうしたものか!!! 出るタイミングがわからない!!
「……あう……暑……」
汗が出る。というか汗が止まらない!! シャワー浴びたい。まだ頭も体も洗ってないのに!! 隣にいる人物に声をかけられた。
「如月先生ですか? 新刊読みました! 愛憎の三角関係が読んでいて面白かったです!」ファンに遭遇。どうも……。
「は、はぁい。ありがとうございます……ねぇ、外連れて行って?」もう、暑くて出たい。助けて。
「はい?」ファンA(?)の肩を借りてこの暑き地獄部屋から出る。
外すずしーー。
「はぁ……動けない。ねぇ、頭洗って?」ファンAの顔をみる。若いなぁ。睦月さんよりは上かな。
「え? 良いですけど……」椅子に座り、頭を洗ってもらう。体は自分で洗おう。
「はぁ~~汗流れたぁ~~」スッキリ。
「よ、良かったですね」戸惑っている。まぁ無理もない。
「ねぇ、私でも楽しめそうな場所知らない?」もう温泉はいい。出たい。
「はい?」
ファンAと温泉を出て館内着に着替える。案内されるまま、ついて行く。あ、睦月さん達……。ん~~まぁいっか。私の感覚では旭さんは私に好意寄せてるフリして、まだ睦月さんに気持ち抱いてる感ある。
私とのデートなんてきっと睦月さんとさりげなく会うための口実だろう。睦月さんはなびかない。大丈夫。スパを満喫しよう。(1人が好き派)
「先生、着きましたよ~~」
周りを見ると一面本棚。すごい量の本、本、本!! リクライニングソファ!! ウッドデッキ!! うわぁあぁあぁあ!!! 天国。ブックカフェ並み。何時間でも居座れる!!
「ありがとうございます!! 君、ペン持ってないの?」サインでも書いてあげよう。
「サイン書いてくれるんですか?!」ふふ、もち。
「今借りてきます!!!」
スパがこんな素晴らしいところだとは思わなかったなぁ。今日はゆっくり過ごせそうだ。
「借りてきました!!」油性ペンを受け取る。キャップを外し、ファンAの背中に大きく書いた。
「……先生、これ、館内着です。返却するやつです」
「へ? 早く言ってよ、もう書いちゃった」ファンAの目が白く濁った。
「あのさ、喉乾いたんだよね~~」如月は本を片手に笑顔でファンへ伝える。
「~~っ!! もう先生~~!! 今すぐ買ってきます!!」
如月に使用人が出来た瞬間だった。
*
「弥生さんどこ行っちゃったんだろうね」
外に併設されている温泉へ浸かりながら旭とずっと他愛のない会話をしている。如月が気になって仕方がない部分もあるが、天然温泉に癒され、まったりしてしまう。
「……如月が居ないとさびしい」折角一緒に来たのに。
「猫みたいな人なんだから、たまには自由にさせてあげないと逃げちゃうよ」旭は睦月の頭を撫でた。
「……分かってるけどぉ……好きなんだもん」お湯を両手で掬い、自分の顔にかける。はぁ。
「一生一緒に居るつもり? もっと気楽になれば?」旭は頭を掻きながら睦月を見つめた。
「…………」今1番問われたくないこと。
「なんで黙るんだよ」指の背が頬を撫でる。すぐ触る。
「旭は男が好きなんだよね?」旭の顔をみる。
「え、何急に。そうだけど……」少し引いている。
「自分の将来はどう考えてるの?」頬を撫でる指が止まる。何かを考えるかのように、目を伏せたかと思えば、こちらをジッと見つめ、口を開いた。
「俺は……自分への理解がある女性 と結婚したい。子どもを作って温かい家庭を築くことが目標」男が好きなのに……?
「その女性へ好きって気持ちはないんじゃ……」
「まぁ。でも相手を思い遣って大切にすることは出来る。俺への理解は絶対条件だけど。家庭は欲しいよね」
家庭は欲しい……か。
「むっちゃんは? 如月さんとは結婚できないよ」そんなことは分かっている。
「親、亡くなってるし。子ども作って、温かい家庭が欲しいとか思わんの?」考えたくないことをズバズバ言われている気がする。
「……分からない」
しっかり自分の考えがある旭の顔が見れなくて、目線が下がる。
「逃げるの? 自分の将来のことなのに? 向き合って考えろよ。今日会った時からずっと何か悩んでる顔をしてた。全部思ってること話したら?」
旭? 気づいてたの? 全部?
「だって……だってぇ……」
ずっと先送りにしている。向き合わなくていいなら、向き合いたくないし考えたくない。
「だっても何もないだろ。『自分がどうしていきたいか』じゃねぇの」
旭の手が肩に乗り、抱き寄せられる。でも今はそんなこと気にならない。
自分の気持ちに自信がない。今は好き。自分がこんなにも苦しくなるくらい如月が大好き。この先もこの『好き』は持続するのか? この確証が見つかれば自分の将来はおのずと見えてくる気がする。
『家庭が欲しい』『血の繋がった家族が欲しい』この気持ちが全面に出てきた時、自分と如月の関係性が壊れてしまうのではないかと思えて怖い。
そう、この問題は如月も同じことを考えている。
だから、如月は俺より一歩引いたところに居て、俺が心が変わっても良いように、いつでも準備をしている。
結局、寂しい笑みを見せるのも、如月との将来を見据えて考えない俺のせいなのかも。
「愛する気持ちが一切変わらず一生一緒に生きるって、自信もっては言えないけど。何も考えずに今の感情で突っ走ってもいいなら、一生涯ずっとそばにいたい。もう如月が大好きぃ~~」はぁ。好き過ぎてため息が出る。
「はい、将来の答え出たね。リア充爆発しろ!!」
旭はホッとしたように笑い、親指を下げた。
ともだちにシェアしよう!