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27話 倦怠期は通過点でしかない!

 夏期休暇も気づけばあと1日で終わりを迎える。如月をデートに誘ったくせに、結局、俺がひどい勘違いをして、ぶち壊してしまった。  何かお揃いで買おうって話しだったのに。  この話をなかったことになんてしたくない。もう一度、デートに誘おう。一緒にお出かけしてくれるかな?  和室の襖を少し開け、中を覗く。画面と睨めっこし、唇に人差し指を当て、何かを考えている、如月。入れる雰囲気ではない。  でもでもでも……でーとしたい。じぃーー。  こちらの視線に気づいたのか、画面から目が離れた。襖の隙間から目が合う。なんとなく声をかけづらくて、目で訴えかける。 「…………(いっしょにおでかけしよ)」じぃ。 「……見てないで入ってこれば?」伝わっているのかいないのか。  襖の隙間を広げ、静かに入り、襖を閉じる。卯月は星奈の家に遊びに行っていて、居ない。お泊まりだそうで、今日帰ってくる予定はない。だから襖を閉じる必要はないのだけど、気分的に、なんとなく。  ごろん。  如月のそばで仰向けに寝転がる。畳から、い草の匂いがふわりと香った。こちらを見向きもせずに画面ばかり見つめる如月の気を引きたくて、体を捻り、如月の腿を触る。 「なぁに」まだ見てくれない。 「な、なんも……」目線の合わない相手にデートしたいなんて誘うことも出来ず黙る。  どうしよう。言い出せない。せめてこっちを見てくれれば。腿からもう少し手を伸ばして、如月の股の間に手を置く。 「睦月さん」ジロ。睨まれた。目が合ったけど、これはなんか違う。 「…………」しゅん。手を引っ込める。  んーーーーっ。言えない。無言で静かな和室の雰囲気が余計に言い出しづらい!! 普段ならズバッと誘えるのに!! でも誘わなきゃ、でーと出来ない!!! 頑張ろ!!! 「ねぇ、如月」ごろんとうつ伏せになり、顔を上げ、見つめる。 「んーー?」如月はノートパソコンを閉じ、睦月を見た。  ちゃんと俺のこと見てる。今なら言えそう。こぶしをギュッと握って口を開く。 「如月といっしょにおでかけしたい」のそのそとほふく前進し、如月に迫る。 「早く言ってくれればすぐ準備したのに。何をそんなに躊躇ってたのですか?」わしゃわしゃっと頭を撫でられた。  如月に頭撫でられるの好き。 「だってぇ~~俺のこと見てくれないし……」如月の腿に顎を乗せる。 「らしくないですね」背中からTシャツの下に如月の手が這う。 「んっ……」しなやかな指先が背中を触れる。  触れたかと思うと、手は戻っていく。如月は26話(4)(あの日)以来、全然触ってくれない。卯月が居るからえっち出来ないのは仕方ないとして、それでも、今みたいに触るのをやめる。  なんで? 何かしたっけ? 前みたいにいっぱい触って、可愛がって、ぎゅーってしてよぅ。愛情不足ですぅ。 「準備してきますね」立ち上がり、隣の洋室へ着替えに行ってしまった。 「…………」微妙な距離感があるような気がする。 「準備出来ました~~」洋室から外着に着替えた如月が出てきた。 「じゃいこ~~」体を起こし、玄関へ向かう。 「どこ行きますか?」柔らかい笑みを浮かべ、訊かれた。  ただ、触れてくれないだけで如月自体は、いつもと変わらないようにも思う。だったら俺も、こんなうじうじはダメだ!!! いつも通り……いつも通り接しないと!!! 「如月の行きたいところへ行く!!!」如月の手を引っ張り、玄関の外へ出た。 「ちょ……待っ…まだ靴きちんとはけてな…何?!」  如月の行きたいところは分かっているつもり。自分を信じ、スマホを取り出し、チケットを予約する。 「靴はけたぁ?」立ち止まって、如月を待つ。 「で、どこ行くんですか?」如月はしゃがみながら靴を履き、顔上げて睦月を見た。 「プラネタリウム。じゃあぁあん!! チケット取りました!! 今!!」スマホの画面を如月に見せる。 「今って……え……すごい!! 何このプラネタリウム!! おしゃれ!! 嬉しい!! 行きます!!」  立ち上がり、嬉しそうにスマホの画面へ食いつく如月の目がキラキラしていて可愛い。チケット取って良かった。如月の行きたいところ当たってた。やったね! 「上映時間があるから、行こ!!」 「はい~~っ」  でもさぁ、ここは『睦月さぁあん、ありがと~~(ぎゅ)』的な感じじゃないの? なんて思うと、心が少しモヤモヤする。如月の手を握り、歩き出した。  *  ーープラネタリウム  階段状に設置された傾斜ドーム。そこにシートが沢山並んでいる。1番前の席には三日月のデザインが施された、丸いカップルシート。睦月に手を引かれるままついていくと、三日月のシートへ案内された。  いや、待って。ここなの? 「え、このシート取ったんですか?」さりげなく睦月と距離を取る。 「だって……だってぇ……ゆっくりくつろげそうだったし……やっぱりその……隣で如月を感じたいというかぁ……」睦月は少し俯き、頬を赤らめ、シートに腰掛けた。 (……本当にこのシートなんだ)  最近、睦月さんを見ると、可愛くて、愛しくて、堪らなくて、年甲斐もなく、すぐえっちな気持ちになる。今だって、すごく可愛いこと言ってる!!! しかも頬赤くしちゃって!!! もうっ!! すぐにでも抱きしめたい!!!  そんな気持ちにさせる、睦月さんも睦月さんだ。  今日だって、ちょっと背中に触れただけで、睦月さんってば『あっ……』ってビクッて可愛らしく肩を震わせて。(如月にはそう見えた)  全身が性感帯とでもいうのかぁああぁあぁ!!! すぐこんな反応されては触ることは疎か、ハグやキスなんて出来たものではない!!! 既に頭の中は『あっあっきさらぎっ』とろけた目で喘ぐ睦月さんでいっぱいだというのに!!  余計なことは考えるな!!! 過度に近づくな!! そして触れるな!!! 距離を保て!! 如月弥生!!! いつも通り接しろ!!! 「……(ぁっあっきさらぎっ)だぁあぁあぁあぁあぁあぁっ!!!」頭上で手を振り、妄想を消す。 「何やってるの?」怪訝な表現で睦月が見てくる。 「…べ、別に!!! リ…リクライニングよりゆっくり出来て良いかもしれませんね!!」致し方なく、睦月と距離を取り、寝転がる。 「…………」座ったまま、じぃと睦月が見てくる。 「え、何?」体を起こし、睦月を見返す。 「別に」拗ねたように睦月は寝転がった。 「別にって……なんかあるでしょ」  プラネタリウムなのに横向きに寝転がる睦月の肩を掴み、仰向けにさせる。なんだか少し不貞腐れてるようにも思える。 「なんにもないってば!」え、怒ってる?  まぁ、カップルシートで距離取られたら、睦月さんなら怒るよね。シートを取ってくれた睦月さんのこと考えなきゃ。 「怒ってる。これでいい?」距離を詰めると、肩が睦月に触れた。なんだかドキドキする。 「うん……」 「……上映始まりましたよ」優しく睦月の手を握る。 「…………」睦月の口元が緩んでいるのが見えた。  頭を悩ませていたのも束の間。正面に迫る満天の星空。時々香るアロマの匂いに身も心も癒される。まるで音楽が生きているみたいに、風や波の音が美しく流れ、星空を愉しめた。少し贅沢な時間の過ごし方だ。  隣に居る睦月をみる。少しうとうとしながら星空を眺めている。すぐ寝そうになるのが、睦月さんらしくて、可愛く思う。頬を触るぐらいなら大丈夫かな。  そっと手を伸ばし、睦月の頬に触れる。手に頬を擦り寄せてきた。可愛い。キスしたい。『っん…ん…はぁ…ん…如月っ』あぁあぁあぁあ!!! なんという邪念!!! なんという衝動!!! 頭おかしなる!!!  サッと睦月の頬から手を離す。いつもならそのまま口付けしていたかもしれない。でも今は口付けで済むとは思えない。あぁ、もう。両手で顔を隠す。 「……如月、顔隠してたら星見えないよ」睦月の手が顔を隠す私の手に触れる。 「あ……い…や……あ……あ…」顔から手が外され、睦月と目が合う。顔が近い。  薄暗くて、私の顔はよく見えないだろう。こんな不純な気持ちで、赤く染まった頬なんて見られたくない。肩以外からもぬくもりを感じるほど、睦月が隣に寄ってきた。どうしよう。 「ここ、プラネタリウムです……」全てを拒否する禁じ手。 「軽くキスするだけだから……」顔に吐息がかかる。 「だ……ダメです………ん」少し湿った唇が重なり、鼓動は早くなる。  もっとしたい。もっともっとキスしたいし、沢山抱きしめて、身体中愛撫したい。そして、抱きたい。なんという、性的思考回路。まるで、性的欲求を満たそうとしているみたい。そんなの嫌だ。  優しく睦月を離し、星空を見上げる。 「……如月?」不満そうに見てくる。 「……折角のプラネタリウムだから、楽しまなきゃね」都合の良い言い訳だ。 「……そうだね」少し距離を取りつつ、流れる解説に耳を傾けた。  正直、解説なんて、全く耳に入って来ない。頭の中を巡る、えっちな睦月さんを消し去りたくて、無に帰ろうとしたが、その前に上映の方が先に終わってしまった。  館内を2人で見て回る。星や銀河をテーマにした雑貨屋が目に留まり、吸い寄せられるように近づく。 「少し見ていきません? 何か良いものがあるかも」  ティーセットにバスソルト、ハンドクリームにネックレス。色んなものが置いてある。どれも星や月がモチーフに作られていて、神秘的。何か睦月さんとお揃いで持てるようなものはないだろうか。  ふと、時計を手に取る。文字盤に惑星軌道がデザインされている。プラネタリウムならではの時計だ。私は良いけど、睦月さんにこの時計は似合うかな?  ネイビーとシルバーを手に取り、交互に見つめる。 「何か良いものあった?」睦月が横に来た。 「あーーえ~~っと……」それ以前に時計のお揃いってどうなのか。 「時計?? 欲しいの??」手に持っていたシルバーの時計に睦月は触れ、付け始めた。 「デザインは好みですし、欲しいと言えば欲しいですが、要らないと言えば要らないというか」ぎこちなく時計を付ける睦月を見つめる。 「何それ。どう? 似合う??」屈託のない笑顔で自慢げに時計を見せてくる睦月に似合う以外は言えない。 「似合ってますよ」睦月さんには少し大人っぽい気もするけど。  どこにいても同じ時を刻む。時が進めば関係も深まる。愛と結びつきの象徴。この先ずっと、一緒に時間を過ごしていきたいと考えている私たちには良いお揃いなのかもしれない。 「睦月さん、お揃いこれにしません?」ネイビーの腕時計を手首につけ、睦月へ見せる。 「そうしようかなぁ?」  睦月は天井に手首を上げ、腕時計を眺めた。そして、惑星軌道が描かれた文字盤を見つめ、言葉を続けた。 「せっかくプラネタリウムにきたし、思い出も形に残したい」  睦月は腕時計に手で触れ、大切そうに胸元へ当てた。 「これからたくさん残して行きましょ」    全てを大切にしようとしてくれる睦月を見て、笑みが溢れる。  あぁーー、愛し。  ちょっとだけ。そう、ちょっとだけ。頭の中が暴走しない程度に、ちょっとだけ。  ちゅ。  睦月の頭に触れ、軽く口付けし、会計へ向かった。  私も睦月さんを大切にしたい。  だから、こんな激しい性的欲求は一度忘れなれば。  ーーーーーーーーーーーー  ーーーーーーーー  ーーーー

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