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29話(3)そんな悲しい顔するなよ。泣かないで。笑ってよ?お互いの声はもう届かないーー。

 ーー就寝  密かな野望。永津旭(ながつあさひ)、今日、少しでもむっちゃんを振り向かせる!!! 「むっちゃん何見てるの~~?」布団の上でうつ伏せになり、スマホをいじる睦月の上から覆い被さる。 「重……ネットで注文したものが配達済みなのに来てなくて」拒否はしない。結構寛容。  友達としか見られていないせい、なのかもしれない。  ジムトレーナーを仕事にしている俺から見ると、むっちゃんは少し小柄。身長差15センチ未満。ちょうど良い!! じゃなくて、少しでも俺のこと意識してもらうように頑張らないと。 「何買ったの??」いじっているスマホを覗き込むと、サッと画面を隠された。何? 「べ、べつに……大したものじゃ……」恥ずかしそうに枕に顔を埋めている。怪しい。  なんだ? 何を買ったんだ? 気になる。 むっちゃんのことはなんでも知りたい。好きな人に対する恋心。 「大したものじゃないなら見せてよー」睦月の枕に顔を乗せ、眺める。可愛いなぁ。 「やだ」ぷい。顔を逸らされた。 「みせてみせてー」スマホに手を伸ばすと、反抗しているのか、自分の下にいる睦月が脚をばたばたさせた。  弥生さんが憎い!!! こんな可愛いむっちゃんを独り占めして!!! 「お兄ちゃん、そういえば荷物届いてた」卯月は小さな段ボールを寝室へ持ち出し、ガムテープを剥がし始めた。 「待って!!! 開けちゃだめぇええぇえ!!!」慌てたように、睦月が起きあがろうとするので、仕方なく、離れる。 「え? こここここれはなななな何?!?! ナニをする道具なの?!?!」卯月ちゃんが躊躇いなく手に持っているのが恐ろしい。  顔を真っ赤にして、手に持っているピンクのおもちゃを取り上げる。 「まぁーあれだよ、ちょっと気持ちよくなる的なー」布団の下に隠す。 「あああああれで?! 一体どんな風に……!!!」興味津々のよう。 「ズッてやって、ぐちゅぐちゅ」真剣に答える。 「ちょっと!!! 妹に変なこと吹き込まないで!!!」頬を染めた睦月に口元を手で塞がれた。 「いやぁあぁあぁあ!!! お兄ちゃんの浮気もの!!!!」卯月は布団に包まり、寝転んだ。 「浮気違う!!! これは浮気をしないための神聖なものです」真顔で何言ってるんだか。  口元にある睦月の手を離す。こんな風に、警戒せず、自然に絡んでくれるようになったのは、大きな進歩ってことなのかな。 「もう~~むっちゃん、そろそろ寝よ~~」後ろから抱きしめ、一緒に寝転がる。 「なんで同じ布団!!! やだってば!! 俺は如月としか寝ない!!」中々、腕の中に収まらない。じたばた。  バカみたいに弥生さんのことしか考えていない俺の好きな人。きっと自分へ好意が向くことはない。  だけど、今日だけは少しでいいから俺を見て。 「つーかまえーたーー。おやすみ、むっちゃん」  腕の中の睦月を見つめると、大きな瞳と目が合った。頬が少し赤い。可愛い。俺のこと、見てる。  睦月は目を逸らし小さく呟いた。 「おやすみ、旭」  そっと腕を離す。  ありがと、むっちゃん。  少しだけ距離を取り、瞼を閉じた。  ーーーーーーーーーーーー  ーーーーーーーー  ーーーー  *  ーー翌日  寝苦しさで目が覚める。ぎゅう。十分な距離を取って、寝たはずなのに旭に抱きしめられている。もうなにこれ。自分より大きい旭の身体。すっぽり腕の中に収まっている。  抱きしめられるのは少し心地よい。 「起きなきゃ……」もぞもぞと移動しようとすると、グッと引き寄せられた。旭の脚が絡まる。 「どこいくの?」頭に顎が乗る。 「家事やらなきゃ」旭の鼓動が背中から伝わる。  自分だけじゃなくて、旭もドキドキしている。絡まる脚は少し、いやらしい気持ちにさせる。後ろから何か当たった。 「ちょ……旭……」少し前進し、距離を取る。 「朝だから仕方ないー」ぎゅ。引き寄せられる。当たる、というか当てられている。 「やめて……」当たりどころが悪いと感じてしまいそう。 「こんなにおっきくてさぁー困るー。あ、これ友達同士の戯れね」友達とは?! 「う、うん……? 旭?! 何して!!」ハーフパンツの中に手が入ってきた。 「むっちゃんはどれくらいおおきいのかなって」見せあったりはあるけど触るのはどうなの?! 「…はぁっ…んっ……」確かめるように触られる手に身体がビクッとする。 「むっちゃん……かわいいんだけど……」抱きしめられている腕がきつく締まる。  これ以上は……!!! 如月を悲しませたくない!!! 無理やり身体を起こし、立ち上がる。逃げるようにキッチンへ向かった。  もう。何してるんだろ。  如月は今何してるかな?  コンロに火をつけ、簡易的な朝食3人分を作る。ご飯と味噌汁。ウインナーともやしを塩コショウ、醤油で簡単に炒めたもの。今日は会社を休む。のんびり家事して、会いに行こう。 「むっちゃん仕事は?」旭が背後に来た。 「んーー、今日は休む。ちょっと予定があるから。あ、電話しなきゃ」また何かされるのでは? と、旭を警戒し、キッチンを離れる。  密着して、旭にドキドキしたり、少し触られて感じたり。如月に千早さんのことをもう、咎めれる立場じゃない。性的な目で見てしまうことは自然なのに、詰め寄って悪かったな、と思う。  スマホを取り出し、会社へ電話をかけた。 「すみません、具合悪くて。はいはい、すみません。すみません。はい、ありがとうございます。失礼します」ぷつ。  これで連休。ついでに如月にも連絡を入れよう。今日の夕方に会いに行きますっと。窓の外を見る。昨日から雨が降り続いている。少しはおさまればいいけど。 「どうする一緒に如月のところ行く?」卯月に訊く。 「いかなーい。いいよ、留守番してる。作り置きして~~(※卯月はまだ夏休み)」作った朝食を卯月と一緒にリビングへ運ぶ。  いつもとメンバーは違うが朝食を頂く。 「「「いただきまーす!!」」」 「朝ごはんまで作ってもらっちゃって。ありがとー。美味しいよ」優しく笑う旭を見ると、ホッとする。 「どういたしまして。食べたら帰れよ」  如月の居ない朝食は何を食べても美味しくない。ふと『美味しいです~~』と笑う如月を思い出し、笑みが溢れる。早く会いたい。 「お兄ちゃん、顔緩んでる」卯月に指摘され、顔を横に背ける。 「少し、思い出しただけ」すぐ顔に出る自分が恥ずかしい。 「はぁ~~あ、羨ましいよ、弥生さんが。ごちそうさまでした。帰ります!」旭は箸を置き、立ち上がった。 「また遊びに来てよ。今度は如月が居る時に」旭を玄関まで見送る。 「やだー。居ない時にくるー。またね、むっちゃん」  旭は軽く手を振り、帰って行った。なんか疲れた。キスされちゃったし、いっぱい抱きしめられた。友達もハグはする……。友達ってどこまでアリなの? もうわからない。  リビングへ戻り、食べ終わった食器を片付けた。  ーーーーーーーーーーーー  ーーーーーーーー  ーーーー  ーー夕方  風に煽られ、篠突く雨が降る。滝のように降り注ぐ雨の中、傘を差して歩く。駅へ入ると、隅っこで傘を振り、水を切る人や、傘を持つ乗客が目に入る。  足元は水溜まりが出来、滑りやすくなっていた。気をつけないと。駅舎内は土砂降りの外とは対照的に静かだ。それにしてもいつもより、人が多い。  改札口を通り、電車に乗った。遅延していたのか、混んでいる。電車に乗る人々は少しせわしない。窓の外から広がる雨模様を眺めた。  目的の駅に着き、電車を降りる。人の流れ通りに、改札口へ向かう。改札口で待つ、如月の姿が目に入り、笑みが溢れた。 「如月!!」改札口を出て、如月に抱きつく。会いたかった。 「仕事休んじゃダメでしょ」如月の手が頭を撫でる。  1日しか離れていないのに、随分久しぶりに会った気がする。如月が俺の持つカバンに触れた。 「持ちますよ。お土産とか色々持って、手が塞がってるみたいなので。手繋ぎましょ」手を差し出す如月は優しい。 「ううん、良いよ。ありがと。手は繋ぎたいけど、自分の荷物だから自分で持つ」にっこり笑って、如月を見つめた。  帰る時間と被ったのか、それとも雨のせいなのか、駅は人で混雑する中、人混みに紛れ、出口へ向かって歩き進む。 「混んでますね~~」如月が呟く。 「電車遅れてたし」上り下りする人が多い中、階段を降りていく。  「そうだったんですね。睦月さん前見て歩かないと危ないですよ」会えたのが嬉しくて、如月の顔ばかり見てしまう。 「だって、嬉しいんだもん。あ、今日ね、お土産に如月の好きな」  ドン。  上る人と肩がぶつかった。 「あ、すみませーー」  ぶつかった人に謝ろうと、振り返った瞬間、雨で濡れていたせいか、足が滑り、階段を踏み外した。ぐらつく身体。一瞬、宙に浮く。持っていた荷物の重さが体重に加算し、勢いよく階段から転落していく。 「睦月さぁあん!!!!」  如月が手を伸ばすのが見えた。荷物で塞がる手は伸ばすことが出来ない。掴んだところで、道連れにはしたくない。  あぁ。でも、素直に荷物半分渡して、手を繋いでおけば良かったかな。 「~~~~!!!!」  身体全身に伝わる衝撃。床と触れている部分がじんわり湿り、冷えていく。痛みだす頭。すごく、後頭部が痛い。如月が何か叫んでいるけど、聞こえない。  ただ、雨粒が道路を叩きつける音だけが耳に入り、視界には今にも泣きそうな如月の顔が映る。そんな悲しい顔するなよ。せっかく会えたのに。  なんだか、このまま寝ちゃいそうだよ、如月。なんで泣いているの? 泣かないで。笑ってよ。俺はずっと如月のそばにいるよ……?  頭がだんだんぼんやりする中、手を伸ばし、如月の頬に触れる。薄く微笑みを浮かべた。 「……きさらぎ、だいすき……」  重くなる瞼に耐えきれず、そのまま瞳を閉じた。

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