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第21話
バイトで時間が合わないのは仕方ない。別に雄大以外の誰かと遊ぶなと言うつもりもない。ないのだけれど、電話口から聞こえたざわついた空気と楽しそうな声に、だんだんと腹が立ってきた。
(彼氏のオレを放置して、何楽しく飲みに行ってんだ、伊織のバカ!)
伊織と飲みに行きたかったのに、と考えて、雄大は立ち止まった。くるりと方向を変えて、足早に歩きだす。伊織が飲みに出ているところまでは一駅もない。歩いても十五分くらいだ。
伊織が言ったジラフはバースペースと、二つのダンスフロアがある大箱のクラブだ。乗り込んでやると思ったはいいが、店の名前を聞いていない。キョロキョロと見回して、クラブらしき店を探した。
ジラフの周りを歩いていたら、人の列を見つけた。
(あれかな?)
歩いていって店を確認する。近づいたことでこの店が伊織の言っていた店なのだと気がついた。店の前にはでかでかと『NEW OPEN!』と書いた看板が置いてあるし、イベントのカレンダーが貼られている。
入場料を払ってドリンクのチケットを受け取る。大勢の人がひしめく廊下を抜けて、伊織の姿を探した。
居酒屋やバーならすぐに人を見つけられるだろうけれど、ここはクラブだ。ダンスフロアでは隣の人と肩がぶつかりそうなほどたくさんの人が踊っているし、ドリンクのカウンターにも人だかりができている。
しばらく店の中を歩き回って探してみたが、伊織を見つけることはできなかった。ポケットの中を探ってチケットを取り出す。
(なんか飲もう)
ドリンクカウンターまで歩いていって、スタッフに注文を伝えてチケットを手渡す。青い瓶を受け取って、雄大は歩きながら瓶に口をつけた。
約束もせずに乗り込むなんてやっぱり無茶だったのかもしれない。ましてクラブなんて人が多すぎる。壁にもたれて瓶の酒を数口飲み、ぼぉっと周りを見渡す。
(つまんない……)
一人で来ている人もいるのだろうけれど、一人はやっぱり楽しくない。酒だって誰かと飲むほうが盛り上がる。
「はぁ……、もう帰ろうかな」
ぐびぐびと炭酸を喉に流し込んで息を吐く。壁につけていた背中を離して歩き出そうとしたとき、三メートルほど先を伊織が横切るのが見えた。
「伊織!」
名前を読んでみたが、伊織は気づいていないらしい。雄大のほうを見もしないで、歩いていく。腹に響くほどの音が鳴っているのだ。雄大の声は聞こえていないのだろう。
空いた瓶を近くのスタンドテーブルに置いて、人の波をかき分ける。
「ちょ、伊織! 伊織ってば!」
伊織はダンスフロアの端をどんどん奥に進んで行く。伊織を追いかけて、雄大も店の奥へと進んだ。ダンスフロアの奥。いくつかのテーブルとソファが並ぶ席に伊織が座る。
「はぁ……、やっと追いついた。いお……」
声をかけようとして、雄大はその場で止まった。伊織の席には、雄大の知らない男がいる。隣の男とグラスを合わせて笑う伊織が、すごく遠くにいるみたいに思えた。
何か話しているのだろうけれど、雄大には聞こえない。伊織が隣の男に向かって身体を傾ける。伊織の耳に手を近づけた男が、伊織に何か耳打ちした。
(なんか、すげえヤダ……)
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