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第20話

 はじめて試しに後ろを触ってみた日から数日。続けてやったほうがいいのだろうかと思って毎日練習しているが、特に変化は見られない。不快ではないけれど、特別気持ち良くもない、そんな感じだ。 (触り方が悪い、とか?)  左手を目の前に出し、くいくいと指を曲げて見つめていたら、後ろから声がした。 「雄大……、お前何やってんだ? さっさと動けって」 「ああ、はい! すいません」  いくつかの皿とジョッキをシンクに入れた太田に言われて、目の前の皿を洗いカゴに並べる。洗浄機の中にカゴをスライドさせて、雄大は洗浄機の蓋を下ろした。ざあざあと音をたてる洗浄機の横で、たまっていた食器を洗っていく。 「電話くらいしてこいっつーの。マジで」  もこもこと泡立つ皿をさっと水で洗い流し、次の加護に並べながら雄大は言った。  もともと毎日連絡をしてくるような人間ではない。どちらかというと、雄大が連絡をしたらそれに応じる感じではあるが、今の状況で何もアクションがないのはどういうことなのだろう。  雄大と伊織は一応付き合っているのだ。交際を解消しようとしてきた伊織とは話をしたし、伊織が雄大とセックスしたいと思っているなら、それも含めた交際にすればいい、と確かに雄大は伊織に伝えた。雄大は雄大なりに考えてオッケーしたつもりだ。  どっち側になるのかも確認したし、伊織にもわかったと伝えている。まあ、受け入れる側になったことはないが、覚悟はできているつもりだ。伊織とする気満々である。その証拠に毎日欠かさず練習をしているというのに、伊織は連絡すらしてこないのだ。 (まあ、今すぐって言われても、入んないかもだけどさ。……けど、遊びにも誘わないってどういうことだよ)  付き合ったから、毎日連絡をしなければいけないとは思わない。けれど、休みが合うときに出かけたり、家でゴロゴロしたりするくらいは普通だと思う。伊織もバイトをしているから忙しいのかもしれないが、なんというか、ほうちされている気分だ。 (したいって言ったくせに……)  泡だらけの指をくいくいと動かしていたら、真後ろから太田の笑う声がした。 「さっきから何やってんの、お前」 「あ、先輩。いや、ちょっと考えごとしてて」 「何? 欲求不満か? だとしても、その手はやめとけ」  太田の視線が左手に注がれる。「変態かよ」と言われて、雄大は「ははっ……」と笑った。 (欲求不満。……確かにそうかも)  毎日一人で練習しているが、伊織と二人でしたときのほうが気持ち良かった。だったら一緒に練習すればいいのだと気がついて、雄大は「よし」と頷いた。 「おつかれさまでーす」 「おう、おつかれー」  バイト先の店を出た雄大は、さっそく携帯を取り出し、伊織に電話をかけた。数回コールが鳴り、伊織と繋がる。 「もしもし伊織? 家行っていい?」 『今? いや、今日はまだ……』 「……伊織、飲みに出てんの? どこ?」  なんとなく周りが騒がしい。 『ジラフの近く』 「マジ? 近いじゃん。何系?」 「クラブ。新しくできたとこ」 「へえ、いいなあ。オレも……」 『いや、今日は……、すぐ行く』  飲みに出るのなら誘ってくれればいいのに、と思って言ったら、電話口から伊織を呼ぶ声がした。 『雄大、悪い。また電話する』 「え、ああ……」  ぷつりと切れた電話をポケットに押し込んで、家の方向に向かって歩き出す。 「ずるい……」

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