11 / 15

11 手紙

 そうして、完全にタイミングを逃してしまった。  いや、そんなのは言い訳で、俺はやっぱり勇気がなかったんだと思う。  それからずっと手紙を開けられなかった。  石鹸が文鎮みたいに封筒の上に置かれて、机の上にずっとあった。目立つところに置いたのはわざとだった。開けなきゃいけないとは思っていた。だけど、決心が着かなかった。  この石鹸の優しい匂いだって、いつかなくなってしまうんだろう。  そうしたら、すべてが終わってしまう気がした。  だから、開けないと。  でも、開けられない。  俺たちの野球部はその間に全国に勝ち進んで、学校には横断幕が垂れ下がって、それを見て通学して練習して、校長の前で代表で誠一郎が挨拶をして、あっという間に大会の日はもうすぐだった。  明日はもう出発だった。  着替え、寝巻きはホテルにあるから必要なし、ユニフォーム、応援道具、など。  持ち物の準備を終えてさあ寝るか、そう思ったとき、視界にあの石鹸が目に入った。  思った。  開けるなら今だ。今しかない。  今ならきっと、開けられる。  どうしてそう思ったのか、どうしてそれが今だったのかは、自分でもよくわからなかった。けれど、とにかく、もう、きっと今を逃したらない気がした。  俺は石鹸を手に取って鼻に寄せる。そこからは、まだ優しい香りが、ちゃんと漂っていた。  それに背を押されて、俺は犬のシールをそっと剥がす。           *      智志へ 久しぶり。誕生日、おめでとう。 元気ですか――って部活で顔は見てるから、多分元気だろうなとは思う。 ほとんど毎日会ってるのに、わざわざ手紙を書くなんて変だと自分でも思うけど、でも、書きます。 こんなにちゃんとした手紙を書くなんて初めてだから、わかりにくいかもしれないけど。 それに、もしかすると、この手紙を読んでくれないかもしれない。 でも俺は、智志ならちゃんと読んでくれるって信じてる。 そう思って、書いています。 返事はくれなくていいです。 読んでくれれば、それだけで。 まず謝らないといけない。 俺は、智志がずっと悩んでるのに気づいてた。 でも、俺からは何もできなかった。 たぶん、何に悩んでるのか知るのが怖かったんだと思う。 それを聞くことで、智志が余計離れてしまいそうな気がしたんだ。 智志はたぶん本当のことに気づき始めていて、俺が何か聞いたらそれを確信させてしまいそうだと思った。だから、そのままにしてしまった。 俺は、離したくなかったから。 でも、俺はちゃんと話を聞くべきだったんだ。 だって、あんなに辛そうだったんだから。 俺がするべきことなんて他になかったのに。 本当にごめん。 智志が俺と一緒にいてどういう気持ちだったのか、俺は正直わからない。 俺は智志を幸せにできていたか自信がない。 でも、智志は俺の告白をちゃんと受け止めてくれて、俺は、それだけで幸せだった。 智志は俺のことを少しも笑わなかった。 それだけで、俺は智志を好きになってよかったと思ったよ。 ここまで読んでくれて本当にありがとう。 大好きだよ

ともだちにシェアしよう!