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第1話
1.
食欲がなく、情緒は不安定で、睡眠不足の状態がもう3ヶ月も続いている。ルブは固い寝台の上で、何度も寝返りを打っていた。目をつむっても、頭は冴えるばかりで、次々と嫌な想像が浮かんでくる。
いよいよ明日は、卒業試験だ。
もう召喚獣と契約することを躊躇ってはいられない。
逃げるところまで逃げてきてしまった。
昼間のやりとりを思い出す。
『お前はなんでこの学園に入学したんだよ』
『し、召喚師に憧れて』
『じゃあなんで、固定の召喚獣を持たないんだよ。お前だけだぞ、誰とも契約してないの』
『怖くて』
『なんだそりゃ』
友達のリースには、カラカラと笑われた。彼の後ろに控えていた召喚獣、ミスズが顔をしかめ、ずずいとルブに詰め寄ってきた。
『大きさが、でしょうか? 確かに上位になればなるほど、私たちの身体は大きくなりますが、こうして人型をとることもできます。それほど圧迫感は感じないかと思うのですが』
人型のミスズは薄い水色の長い髪を持つ青年だ。訓練の場で、ルブはミスズの獣型を見たことがある。青い鱗を持った美しい龍だ。小柄なリースを守るようにとぐろを巻く様子は、他と比べても圧巻の迫力だった。
ルブはその姿を思い出し、言い返すことも出来ずに後退った。
『卒業試験では、召喚と契約は必須。明日までには覚悟を決めときなよ。力の強さは学園一なんだからさ』
べろりと頬を舐められ、ルブは目を開けた。
テンだ。もう5年程前――ルブが13の頃に、罠にかかっていたところを助けた召喚獣で、大きな犬のような姿をしている。以来、ルブに懐いてくれているようで、何度となく、住まいとしているボロ小屋に遊びに来てくれている。
他にも今日は、『お客様』が多い。寝台には、テンの他にも、小型の召喚獣がもう1匹乗っているし、床にも、姿形様々な召喚獣が所狭しと身体を横たわらせている。
ルブが起き上がると、皆一斉に顔を上げ、競うようにして近づいてきた。
「ごめんね、眠れなくて」
すり寄ってくる一匹一匹を抱き、頭を撫で、頬ずりをする。睡眠を妨げてしまっている。こんなことではいけないと思っているのだが、自分以外の体温が傍にあると、幾分心も安らいだ。
ルブは、召喚獣が好きだ。大好きだ。召喚師への憧れも人一倍強い。
「明日かあ」
無理矢理また目を閉じる。もはや眠れる気はしなかったが、『お客様』の邪魔をしないために、意味のない寝返りもやめた。
明日、自分と契約してくれるような召喚獣はいるのだろうか。
***
ルブは杖を強く握りしめ、地面に書き終えた召喚陣を見つめていた。常なら、すぐに獣の飛び出してくるそこは、先ほどからしきりに発光はしているものの、静まりかえっている。
もしや、召喚すら失敗したのだろうか。
極度の緊張と不安で青ざめるルブを前に、召喚陣が一際強く光を放った。
「ギィィィ」
現れたのは、子犬だった。
テンよりも更に犬としての違和感のない、本当にただの犬のように見えた。それは、ルブの足元までよたよたと頼りない歩き方で近づき、しきりに「ギィィ」と、その愛らしい姿とは似合わないドスのきいた声で吠えた。まるで契約を急かしているかのようだった。
ルブは慌てて、獣の脇に手を入れ、それを抱き上げた。全体の毛色は明るい茶の色だったが、べろんと無防備に晒された腹は白く、そして、――雄だった。
「あ、あの、よろしくお願いします。ええと、名前は、テン……コテン。コテンで!」
そして、意を決して自分の唇を彼のそれと重ね合わせた。
「ギィ!」
元気よく尾を左右に振るコテンに、安堵の息が漏れる。
これで、召喚獣との契約は終わりだ。
「コテン、これからよろしくお願いしますね」
***
卒業試験に参加をしていた審査員達は一様に首をかしげていた。これまでのルブといえば、召喚を行う度に、「あ、この国勝ったわ」「あ、死ぬかも」「あ、魔王かな」といったレベルの召喚獣を呼び出していた。
であるのに、初めての契約である今回に限ってコレである。
「ギィ、ギィ」と不気味な声をあげながら、ルブの胸に抱かれ、喉を鳴らしている獣は、本当にただの犬のようだった。
満面の笑みを浮かべるルブに対して、彼らの表情は固く暗かった。
「なんだあれは……」
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