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第2章:同居 4

高校3年生なので、卒業した後の進路を決めなければいけない。 由利は大学進学を機に一人暮らしをすることが決まっていて、実家で過ごすのはあと数ヶ月程度。藍が由利と一緒に寝た時にいつも自慰をしていると知ってから結局なにも言い出せなかったのだが、もうすぐ離れ離れになってしまうから一度くらい――そんな馬鹿なことを考えた自分を、タイムマシンがあるなら今すぐ乗って殴りに行きたい。 「……行かないで、由利…行かないでよ……」 家族になって一緒に過ごせたのはたった一年半。まさかこんなに早く別れが来ると思っていなかったのか、由利が家を出ると決めてから毎日のように藍は一緒に寝たいと強請った。そして縋るように抱きしめながらその行為をして、切なそうに由利の名前を呼ぶ。そんな健気な藍に、由利はもう我慢の限界を感じたのだ。 「――藍」 「…っえ、ゆ、兄さん!?」 まさか由利が起きていると思わなかったのか、藍が自慰行為をしている最中にくるりと向き直って話しかけると、切なさからか欲情からか潤んだ瞳が驚いたように見開かれた。藍は由利を想って自慰をしていたことがバレて慌てていたが、耳まで真っ赤にしている藍にそっと口付ける。涙で潤んでいた瞳が困惑に揺れて、状況がよく分かっていない藍に深く口付けた。 「ふぁ、にいさ……?」 「藍……」 もう一度軽くキスをして頬を撫でる。こつんと額が触れたのを合図に、二人は『過ち』を犯した。 正直なことを言うと、由利はアルファなので基本的に今後『抱かれる』ことはないと思い、興味本位だったのもある。抱かれる感覚はどうなのか、それを知りたかった好奇心旺盛な馬鹿だったのだ。 その過ちは由利が卒業する直前まで続き、関係が終わりを告げたのは由利の母の妊娠。新しい家族ができたと知らされた時『可愛い子供が三人になるなんて幸せだわ』と嬉しそうに笑っていた母を裏切っている自分が恐ろしくなった。こうなることは分かっていたのに藍を自ら誘って一緒に過ちを犯させて、母の望む『家族』の形を由利自身が奪っていることが今更怖くなったのだ。このまま藍といたら爛れた関係を断つことができない。大学進学は藍と離れ離れになるチャンスで、実家を出るのと同時に藍のことを避けるようになった。 今思い出してもなんて自分勝手なんだと頭を抱える。ぱっと見は高校生に見えるほど大人びていたが、藍は当時中学生だったのだ。そんな子を高校生の自分が誘った事実は藍を避けたとしても一生消えないし、忘れられない。 だからこそ由利は藍に恨まれているから、家に引っ越してきたり同じ名前で活動されたり、そういう嫌がらせをされているのだろうなと思っていた。 でも、成長した24歳の藍はあの頃と同じように息を乱しながら、眠っている由利を抱きしめている。由利の名前を呼びながら彼はその行為をしていて、もしかしたらいまだに由利のことを性的な対象として見ているのかなと思うと、ドッと心臓が跳ねた。 「――ゆうり、起きてるの分かってるよ」 「ひ……っ!?」 ふぅ、耳に熱い息を吹きかけられる。寝ているフリをしようと思っていたのに不意にそんなことをされると、素直な体は大きく跳ねた。耳元でくすくす笑われているのが分かる。藍は由利を抱きしめていた片腕を動かして、暴れ狂っている由利の心臓を服の上からなぞった。 「ん、ちょっと……!」 「"あの頃"も、由利が起きてたの分かってたよ」 「わ、分かっててずっと、あんな……!?」 「うん。でも由利が"誘って"くれるとは思ってなかったから、内心ものすごく舞い上がってた」 心臓に触れていた大きな手がするっと下腹部を撫でてくる。藍と二人で過ちを犯して以来、そこに触れた人はいない。忙しくて恋人を作る暇がなかったとか、興味がないとか、周りにはそんなことを言って適当に誤魔化しているけれど。 「もしかして今も“誘ってる“?」 「……ってない…!」 「そっか、そうだよね。由利は僕のことが嫌いだから…じゃあどうしてあの時、嫌いな弟にいいようにされたのか理由を話してよ、由利」 「藍、待って…謝る、謝るから……!」 「ううん、謝ってほしくない。僕は別に怒ってないし恨んでないって、何回言えば分かる?」 「ら、らん……」 ピリついた空気が流れて、初めて藍が怒っているのを肌で感じた。藍は由利を嫌いでもないし恨んでもいないから、謝罪をしても意味がないと三回も言われたので本当なのだろう。謝罪や復讐が目的ではないのなら、残るは―― 「もしかして、また俺と寝たい、ってこと……?」 そう言えば藍がフッと笑ったのが分かる。由利の細い顎をグッと掴まれて後を向かされると、熱い唇が押しつけられた。 「ん、んんっ!?」 恋人がいなかったのだからキスも久しぶりだ。由利はモデルであって俳優ではないので、仕事でキスシーンの撮影などはない。女性モデルと顔を近づけるような撮影はあっても触れるか触れないかの距離感を保っているので、本当に久しぶりのキスに頭がくらくらした。キスの終わりにがぶっと唇を噛まれると痛みが走ったが、噛んだ場所を癒すようにぺろりと舐める藍を見てゾクゾクしてしまったのは仕方がないだろう。 「愛してる、兄さん。一緒に追放されてくれる?」 ――アダムとイヴは、どうして追放されたんだっけ? そうだ、神様の言いつけに背いて禁断の果実を食べたからだ。食べてはいけないと言われていたのに誘惑に負け、神様の怒りを買ってしまったから。 由利たちの場合、神様は両親だろうか。仲がいい兄弟だと思っている二人を裏切って欺いて、最低な行為をしていた自分たちはきっと天国や楽園には行けないだろう。 ……いや、アルファの由利が興味本位で『抱かれてみたい』なんて思って藍を引きずり込んだので、地獄に落ちるのは由利だけかもしれない。

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