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第2章:同居 3

背中に感じる体温が心地よくて、藍がいるなんて最悪だと思っていたにもかかわらず由利はすぐに眠ってしまった。今日の撮影現場で変に気を張っていたからか、目を閉じるとすぐに夢の中に誘われてしまったのだ。 そのまま朝まで目覚めなければよかったのに、タイミングがいいのか悪いのか、どうしても目が覚めてしまうのだ。 「……っふ、は…」 着ている服が汗で濡れていると感じるほどの暑さに目を覚ますと、血管が浮き出た太い片腕がぎゅっと由利抱きしめていて、後ろからは熱い吐息に混ざる小さな声が耳に届いた。そして、静寂に包まれた室内に響き渡る卑猥な水音。べろりと首筋を舐められて声を上げそうになったのを、由利はなんとか堪えた。 「ゆうり、ゆうり、ゆうり……ッ」 熱い吐息と一緒に由利の名前を呼ぶのは、言わずもがな藍だ。由利を抱きしめていない片手が『なに』をしているかなんて、部屋に響き渡る水音と熱気、そして過去の出来事からすぐに察した。彼は中学生の時も、眠っている由利を抱きしめながら『同じこと』をしていたのだから。 「由利、今日から由利の弟になる藍くんよ」 「由利くん、引っ越しが済んでなくてごめんな。しばらく藍と同じ部屋を使ってもらってもいいかな……?」 母が再婚したのは由利が高校2年生の時。新しい父になる人は物腰柔らかく、由利の母のことをとても愛おしそうに見つめていて『本当に好きなんだな』と思ったのが第一印象だ。そして、そんな新しい父の連れ子である藍は3歳年下で、中学2年生だった。中学生なのでまだ幼さが残る顔で、声変わりの最中らしく変な声だからと恥ずかしそうにしていた。 「藍くん、今日からよろしくね。部屋、俺が来て狭くなったよな」 「そ、そんなことないです!由利くんは家族だから、そんなの気にしないで……」 「ありがとう。藍くんみたいな弟ができて嬉しいよ!」 そう言うと藍は照れくさそうに笑って、大人と子供の境目の声が「兄さん」と呼んでくれた時は純粋に嬉しさを感じた。 高校2年生の由利と中学2年生の藍が同じ部屋を使うには手狭だったが、男同士だし大丈夫だと思っていた。実際、なんの不便もなかったのだ。藍とはもしかしたら気まずくなるかもと懸念していたけれど、お互いに昔から本当の兄弟のように仲良く過ごしていた。 だから広い家に引っ越した時、やっと別々の部屋が手に入ったのに「一人じゃ眠れない、兄さん……」と言ってベッドに潜り込んでくる藍を、由利は『寂しがりやの可愛い弟』と思いながら甘やかしていたのだ。 それが全ての過ちの始まりだと気がつくには、とても遅かったのだけれど。 『それ』に気がついたのは、由利が高校3年、藍が中学3年生の夏休み。 藍は中学3年生になってから急激に身長が伸びた。このまま成長したら180センチを超えるだろうなというくらい高身長になって、声変わりが終わった藍の声は低く、男らしい声になった。本当の初対面は藍が中学1年生の頃だったので、その頃はまだ子供っぽかったのにと言うと「いつまでも子供扱いしないでよ、兄さん」なんて言ってくるくせに、今でも一緒に寝たがるのだ。 身長が高くなって声が低くなっても中身はやっぱりまだまだ子供だなと思っていたのに、あの夏の夜に一変してしまった。 「……はぁ、は…っ!兄さん、兄さん……っ」 真夏の夜だったからか蒸し暑さが寝苦しくて目が覚めた由利は、後ろから抱きつくように眠っている藍が声を荒げていることに気がついた。もしかしてどこか具合が悪いのかも――!?そう思って声をかけようとしたのだが、静かな部屋にやたらと響き渡る水音に気がついて石のように硬直した。 「(藍、もしかして……)」 まだまだ子供だと思っていた弟は、どうやら自慰をしているらしい。由利のむき出しのうなじに藍の熱い息がかかって、彼がやっている行為を認識した途端、由利は自分の体温が3℃くらい上がった気がする。まさか藍が自慰をしているなんて思っていなかったし、一緒に寝ているベッドでしているというのも衝撃的だった。 「兄さん……ゆうり…っ」 『兄さん』から『由利』と呼ばれると、どくんっと心臓が跳ね上がる。 何より、由利はアルファだ。由利がアルファなのは藍も知っているだろうが、藍本人はその時点ではまだバース診断を受けていなかったので、性の対象を決めるのにバース性は関係なかったのかもしれない。アルファやベータ、オメガというのを除外して『由利自身』が藍の性的な対象だったのだ。 由利の名前を呼びながら忙しなく手を動かしているのが分かって、藍が自分を性的な対象として見ていると理解した。親の再婚でできた可愛い義弟は、いつの間にか男になっていた。 義兄のことを想いながら自慰をしていると分かれば、普通の兄なら止めたり説教したりするのだろう。でも由利がそれを止めなかったのは、両親の幸せを壊してしまうのが怖かったのと、そういう行為をしている藍に対して全く嫌悪感を抱かなかったからだ。 行為そのものは大人になるにつれ仕方のないことだし、由利だってすることなので止めるわけにはいかない。何を思ってするかのは本人の自由で、それが自分だったことにむしろ安心した。安心したというか、どちらかといえば、嬉しかったのだ。 アルファの自分が義弟の自慰のネタにされているのに嬉しいなんて頭がおかしいと思われるだろうけれど、藍が由利を特別だと思っているように、由利もまた藍を『弟』の枠を超えた特別だと思っていたから。 だから彼を止めなかったし、なんなら自分が、彼を『過ち』に誘ったのだ。

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