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第6章:想愛 1

実家に藍と二人で帰省した後、由利の生活は一変した。 「由利さん、すみません。ちょっと触ります」 「ん……っ」 二人の『過ち』が始まった家で想いを伝え合ってからというものの、藍は四六時中といっても過言ではないほど、由利を求めてくる。もちろん二人が付き合っているのが世間にバレたら仕事での立場も家族での立場も危うくなるので、藍が求めてくるのは家の中でだけなのだが、ふとしたときに仕事中も触れてくるようになった。 ポージングの指示を監督自ら行い、顔や手足の角度を藍が直接由利に触れて指示してくるのだ。顔は特にメイクをしているからか崩れないようにそっと触れてくるので、なんだかくすぐったくて小さく声が漏れてしまう。実際ベッドの中でも指先でそっと肌に触れられることが多いので、由利が現場でそれを思い出すようにわざとやっているのかもしれない。指先一つで顎先をくいっと上げてくる藍を、由利は思わずキッと睨みつけた。 「視線はカメラにお願いします。見下ろすような感じで」 睨みつけた由利に藍はマスク越しにふっと小さく笑って再びカメラの前に戻り、レンズ越しに由利を見つめているのが分かる。もちろん『見つめている』のは仕事だからと理解しているが、初日にも感じたように全身を舐められるように見られている感覚に、服の下に隠した体がぶるりと震えた。 「ねぇ、由利さんってあんなにセクシーだったっけ……?」 「色気ダダ漏れよね……」 「俺アルファだけど、由利さんなら抱けるかも…」 「分かる……なんか最近雰囲気変わったよな」 なんて、周りのスタッフからまたヒソヒソ言われているのが耳に入り、穴があったら入りたい気分だった。きっと藍にも聞こえているだろうに、彼は目を細めて由利を見つめているだけでただ楽しんでいるのが伝わってくる。 由利がセクシーになったのは自分のせいだと言いたげな瞳に貫かれたが、必死でポーカーフェイスを保つことに努めた。こんなところで付き合っているなんてバレたら瞬く間に世界中に広まるのは目に見えて分かっている。 業界的にはカメラマンとモデルが付き合うなんてあり得ないことではないけれど、アルファ同士の付き合いなのはスキャンダルになり得るし、それが週刊誌に載ったら確実に家族の目にも入ることになり息子たちの裏切りを知ることになるのだ。そうなったら絶対両親は二人を許さないだろうし、最悪勘当されるだろう。そう考えるとやはり自分の選択は間違っていたのかも、なんて思うのだが―― 「今日撮影の時、余計なこと考えてた?」 「え?」 由利のほうが先に帰宅しシャワーを浴びて夕食を作っていると、先日と同じようにキッチンに立っている由利を藍がぎゅっと抱きしめる。耳元で低い声に囁かれ、今日の撮影のことを思い出した。 「それは、藍がいきなり触ってきたから」 「それだけじゃないこと考えてる顔だったよ、兄さん」 「例えばどんなこと考えてたと思う?」 「うーん…ここで僕との関係がバレたら、週刊誌に載って家から勘当されるかもなぁとか」 「……藍って、俺の心が読めたりする?」 「あははっ。由利が分かりやすいだけでしょ」 楽しそうにケラケラ笑う藍から頬にキスをされ、愛おしいというように首筋に顔を埋めて甘えるように擦り寄ってきた。その様子がなんだか犬や猫みたいで愛らしく思える。身長は180センチを超えているし鍛えているのかガタイもいい。そんな彼が自分より身長も体格も一回りほど小さい由利に擦り寄って甘えているなんて、恋人らしいと言うよりは弟らしい一面かもしれない。まだ由利が藍の気持ちに気づいていなかった頃のように、ただの可愛い弟だと思っていたあの頃のような可愛さが蘇ってきた。 「………バレるの、怖い?」 「…正直、お互いもういい大人だし、付き合う相手を周りにどうこう言われる歳でもないと思う。何よりも俺たちは血が繋がってるわけじゃないし……まあ、でも、両親や世間は許してくれないだろうな」 「そうだね」 「アルファの同性カップルはそもそも少ないし、俺たちがたとえ義理でも兄弟だってバレたらバッシングはすごいと思う。だから…あんまり現場で触らないでよ、藍」 「なんで?」 「なんでって……話聞いてた?」 「ん゛っ」 由利の肩に顎を乗せている藍の鼻をぎゅっと摘むと、彼から情けない声が出る。由利の前ではマスクも帽子もしていない無防備な姿を晒しているから悪いのだ。 「バレるわけにいかないって言ってるでしょ。人前での接触を控えないと、人間に興味ない"YURI"さんの様子がおかしいって言われるって」 「人間に興味ないYURIさんってなに?」 「そうじゃないの?顔も隠してるし飲み会も参加しないから、謎に包まれてるって話だけど」 「あー…それは確かに、由利以外の人に興味がないって言えるかも」 藍は恥ずかしげもなくそう言うのだから、由利のほうが照れてしまう。「初めて出会った時から由利のことしか見てないよ」と囁かれると、彼がいかに長い間自分のことを好きでいてくれたのか分かって胸がくすぐったかった。

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